表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/230

第220話 カジノ船の喧騒

 入国審査のエリアを抜け、都市の内部へと続く長い通路へ足を踏み入れた。

 天井の格子状の照明から落ちる光が、継ぎ目のないコンクリートの壁を均等に照らしている。

 換気ダクトから吹き出す乾燥した風が、コートの襟を微かに揺らした。

 靴底が硬い床面を叩く音が、壁にぶつかって幾重にも反響する。


 前方から歩いてくる人々の群れとすれ違う。

 装飾の多い明るい色の布地を纏う者、首や手首に重そうな金属の鎖を下げている者。

 彼らの衣服が擦れる音や、靴の金具が鳴る音が通路に充満している。

 私はフードを被らず、むき出しの耳で周囲の音の層を分解していく。


 すれ違った男たちの会話の断片が、鼓膜に届いた。

 『今日も上の船の貸切区画で、金貨の山を築いているらしい』

 『南から来た派手な女だろ。都市のボスの資金が後ろにあるって話だ』


 私は歩幅を変えずに、隣を歩くレオニスに視線を向けた。

 「目的地の特定にかける手間が省けたわ」

 「案内標識の指示に従うぞ」

 レオニスは壁面に取り付けられた金属の看板を顎で示す。

 矢印の先には、船の形を図案化した記号が描かれていた。


 通路を抜け、昇降機を乗り継いで上層へ向かう。

 空気の温度が上がり、人々の体温と酒の匂いが混ざり合った熱気が顔に当たる。

 床の材質が絨毯に変わり、足音が柔らかく吸収された。

 巨大な両開きの扉の前に、揃いの黒い服を着た男たちが立っている。

 レオニスがコートのポケットから金色のカードを取り出し、男たちの目の前に提示する。

 男たちが無言で頭を下げ、重い扉の取っ手を引き開けた。


 扉の隙間から、圧倒的な騒音が押し寄せてくる。

 硬貨がぶつかり合う音、木製の車輪が回転する音、グラスがテーブルに置かれる音。

 視界の先には、無数のテーブルが並び、その周囲を群衆が取り囲んでいた。

 天井からは多面体のガラスが組み合わされた巨大なランプが吊るされ、強い光を乱反射させている。


 「元手を増やす作業に入るわよ」

 私はコートのポケットに手を入れ、レオニスの背中を促す。

 彼は交換所の窓口へ向かい、トランクの中の紙幣の一部を、カジノ専用の金属製の板に替えた。

 板が積み重なる高い音が鳴る。


 私たちは回転盤のあるテーブルの前に立つ。

 すり鉢状の盤面を、象牙色の球が転がっている。

 球が木製の仕切りに当たり、不規則に跳ねる音が続く。

 私は目を閉じ、音の輪郭を絞り込んだ。


 球が盤面の特定の溝に触れる瞬間、他の溝とは異なる微かに鈍い反響音が混ざる。

 溝の底の木材の密度が、僅かに異なっている。

 球がその位置で速度を落とす周期を耳で計る。

 私は目を開け、盤面の特定の区画を示す布地の上に、手元の金属板の束を滑らせた。

 回転が止まり、球が指定した区画の溝に落ち込んで停止する。

 テーブルを取り囲む客たちの間から、低いどよめきが漏れた。

 進行役の男が金属板の山を私の手元へ押し出す。


 テーブルを移動し、次は紙の札を使うゲームの席に座る。

 向かい側に座る男の指先が、山積みにされた札の表面に触れる。

 親指の腹が紙を擦る音が鳴る。

 札の表面に塗られた塗料の層の厚みが、指の皮膚と擦れ合う摩擦音に微細な違いを生み出している。

 複雑な絵柄が描かれた札が引き抜かれる際の、重く粘り気のある音。

 

 「金属板を追加するわ」

 私はレオニスに視線を送る。

 彼は無言で、持ち運んでいた箱から金属板を掴み出し、テーブルの中央へ積み上げた。

 向かいに座る男の呼吸の周期が短くなり、浅い息の音が聞こえる。

 額に浮かんだ汗が光を反射している。

 男が手元の札をテーブルに表向きに投げる。

 私が自身の札を開くと、周囲の客からさらに大きな声が上がった。

 男が言葉を発することなく、テーブルの下で強く拳を握りしめる音がした。


 私の手元に積み上げられた金属板の山が、対面の視界を遮るほどの高さに達する。

 レオニスが空になった箱に金属板を詰め込み直す作業を続けている。

 金属同士が擦れ合う音が絶え間なく鳴る。


 背後の絨毯を踏む足音が、私の椅子に近づいて停止した。

 振り返ると、入り口に立っていたのと同じ黒い服を着た男が立っている。

 男は腰を折り、私の耳元に顔を近づけた。

 「当施設の責任者より、上階の特別室へご案内するよう申し付かっております」

 男の右腕が上がり、フロアの奥にある螺旋状の階段の方向を示した。


 私は椅子の背もたれから背中を離し、立ち上がる。

 レオニスが金属板の詰まった箱を持ち上げ、私の隣に並んだ。

 男が階段の方向へ歩き出し、私たちはその後を追って絨毯の上を進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ