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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第217話 個室の寝台

 車輪が鉄のレールを擦る規則的な音が、床の絨毯を通して足の裏に伝わってくる。

 通路から扉を引き開け、個室の寝台に足を踏み入れる。

 木材のパネルで囲まれた空間には、向かい合わせの長椅子と、折り畳み式のテーブルが備え付けられている。

 窓ガラスの向こう側を、灰色の建物と雪の残る平野が後方へと流れ去っていく。


 レオニスが革張りのトランクを長椅子の上に置き、金属の留め金を外す。

 蓋を持ち上げると、紙幣の束が隙間なく並んでいる。

 私は反対側の長椅子に腰を下ろし、コートのポケットから手帳と鉛筆を取り出した。

 テーブルの上に手帳を開き、トランクの中の紙幣の束をいくつか引き寄せる。

 紙幣の端を指の腹で弾き、擦れる音を確認する。


 「食費の未払い分、労働の対価、精神的苦痛への慰謝料」

 私は鉛筆の芯を紙の表面に押し当て、項目を書き連ねていく。

 芯が削れる音が、車輪の走行音に混ざる。

 「長年放置された複利を計算すれば、この水上都市の相場でも、金庫室を金貨で満たせる額になるわね」


 レオニスは長椅子の端に座り、自分の鞄から銃を取り出した。

 シリンダーを開き、布で金属の表面を拭き上げる。

 部品同士が擦れ合う硬い音が鳴る。

 「親を破産させる娘は聞いたことがない」

 彼は銃身に布を滑らせながら、視線を落としたまま口を開く。

 「破産じゃないわ、正当な債権回収よ」

 私は手帳のページをめくり、新しい行に鉛筆を走らせる。

 「それに、私の手元にはあの女が帝国から騙し取った研究資金の契約書がある。これを見せれば、相手の逃げ道を物理的に塞げるわ」


 レオニスがシリンダーをフレームに戻し、手首のスナップで振り入れる。

 カチャリと高い金属音が鳴り、回転が固定される。

 彼は銃をホルスターに収め、窓枠に腕を乗せた。

 「回収する相手は、この列車の終点にある水上都市の奥にいる。入島管理を抜けるための交渉材料は、そのトランクの中身だ」

 「わかっているわ」

 私は紙幣の束をトランクに戻し、手帳を閉じた。

 「投資の回収には手間がかかる。でも、回収の見込みが確実なら、経費を出し惜しむつもりはないわ」


第EX34話 食堂車のステーキと海の匂い


 窓の外の景色から雪が消え、土の色が濃くなっていく。

 列車の進行方向が変わり、車体が大きく傾く。

 車輪の擦れる音が一段高くなり、連結部から金属の軋みが響いた。


 「食堂車に向かうぞ」

 レオニスが立ち上がり、個室の扉を開ける。

 私はトランクの鍵を閉め、長椅子の下に押し込んだ。

 通路に出ると、他の客室の扉が並び、足元が小刻みに揺れている。

 車両の連結部を越え、両開きのガラス扉を押し開ける。


 食堂車の中は、白い布が掛けられたテーブルが並んでいる。

 天井のランプが揺れ、ガラスの笠が金属の枠に当たる音がする。

 私たちは窓際の空いた席に向かい、向かい合わせに座った。

 白い服を着た給仕が近づき、無言で水の入ったグラスを置く。

 グラスの底がテーブルの上の皿に触れ、高い音が鳴った。


 「一番高い肉料理を頼むわ」

 私は給仕に声をかける。

 「それから、炭酸の入った水も」

 レオニスはメニューを開かず、同じものを手で示す。


 窓の隙間から、それまでとは違う湿った空気が入り込んでくる。

 塩の混ざった匂いが鼻腔を突く。

 外の景色が開け、灰色の陸地が途切れた。

 広大な水面が太陽の光を反射し、水しぶきが列車の側面を打つ。

 海沿いの線路に入ったのだ。


 給仕が金属のカバーを被せた皿を運んでくる。

 カバーが外されると、焼けた肉の表面から油が弾ける音が響く。

 私はナイフとフォークを手に取り、肉の端に刃を当てる。

 刃先が皿の底に触れる音が鳴り、断面から肉汁が流れ出す。

 フォークで肉を口に運び、咀嚼する。

 柔らかい肉の繊維が崩れ、強い塩味が舌に広がる。


 「この肉代も、あいつのツケに上乗せしておくわ」

 私は炭酸の入ったグラスを持ち上げ、喉に流し込む。

 気泡が喉を刺激し、小さな破裂音を立てる。


 レオニスは自分の皿の肉をナイフで均等に切り分けていた。

 彼のフォークが肉の塊を突き刺す。

 彼はそれを自分の口へ運ばず、テーブル越しに私の皿の端へ置いた。

 肉の塊が皿に落ち、油が小さく跳ねる。

 私が顔を上げると、彼は再び自分の皿の肉を切り始めている。

 「残業のためのカロリー補給だ」

 彼のナイフの刃が皿を擦る音が続く。

 「水上都市のゲートを越えれば、休息の時間は確保できない」


 私はフォークでその肉の塊を刺し、口に運んだ。

 窓の外では、波が防波堤にぶつかり、白く弾ける音が連続して聞こえている。

 列車の車輪は速度を落とさず、海の上を走る軌道へと進んでいく。

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