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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第215話 マイクハウリング

 革が擦れる音が、周囲の雑踏のノイズに飲み込まれる。

 レオニスが天幕の分厚い布を押し上げ、外の通路へ足を踏み出した。

 私もその背中に続く。

 広場へ続く裏道には、機材搬入用のレールが敷かれ、その上を何本もの黒いケーブルが束になって這っている。


 「配線の束が剥き出しになっている箇所があるわ」

 私は足元のケーブルを跨ぎながら口を開いた。

 「漏電して機材が燃えでもしたら、損害賠償の請求先が消えてしまう。宰相の隠し口座を完全に凍結する手続きを急がないと」

 レオニスは前を歩きながら、ケーブルの束を靴の側面で壁際へ寄せる。

 「口座の暗証番号を吐かせるまでは、心臓を止めさせない」


 通路の突き当たりから、広場の正面が見える。

 演壇の木製の階段を、皇女が上っていく。

 ドレスの裾が階段の角を擦る音が、マイクを通して微かに拾われている。

 広場を埋め尽くす群衆のざわめきが、彼女の姿を見て歓声へと変わる。

 その歓声の波の向こう、一段高い位置に設けられた貴賓席のバルコニーに、宰相の姿があった。

 彼は首筋に手を当てている。レオニスが先ほど圧迫した箇所だ。

 宰相の指が、襟元の布を強く握り込んでいる。


 マイクを通して、皇女の息継ぎの音がスピーカーから響く。

 彼女は手元の紙の束を広げた。

 『建国の記念すべき日に、帝国の真の姿を共有します』

 皇女の言葉が広場に響き渡る。

 続いて読み上げられたのは、祝辞の言葉ではない。

 他国への武器の調達ルート、裏金の動き、そして南の海都での不正な取引の記録。


 貴賓席の宰相が、身を乗り出して手すりに両手を叩きつける。

 木製の手すりが軋む音が、私の耳に届く。

 宰相が背後の兵士たちへ向かって手を振り下ろした。

 兵士たちが一斉に動き出し、演壇の裏手、私たちが立つ配電盤のある通路へ向かって駆け出してくる。


 軍靴がコンクリートの床を蹴る音が近づく。

 通路の角から、複数の兵士が姿を現した。

 手には抜かれた剣と、銃が握られている。

 レオニスがケーブルの束の前に立つ。

 先頭の兵士が剣を振り上げる。

 レオニスは身を屈めて剣の軌道を避け、兵士の肘の関節を下から突き上げる。

 骨が擦れる鈍い音。

 兵士の手から剣が落ちる前に、レオニスはその腕を引っ張り込み、後続の兵士の足元へ投げ飛ばした。

 金属の鎧同士がぶつかり、兵士たちが床に倒れ込む。


 私はレオニスの背後で、配電盤の横に設置された調整用の予備マイクを引き寄せる。

 目を閉じ、耳を澄ます。

 群衆の怒号と兵士の足音の層をかき分け、貴賓席にいる宰相の音を拾う。


 宰相の口が微かに動いている。

 近くの側近へ向けた指示の音。

 『港の船を出せ。南洋の口座へ資金を移す。名義は偽装している。暗証は……』


 私は予備マイクの金属のスイッチを押し込んだ。

 カチリと鳴る音。

 演壇の皇女が息継ぎをした空白の瞬間に、私はマイクへ向かって口を開く。

 「港の船を出航させる指示が出ているわ。南洋の口座への資金移動。口座名義と暗証番号は……」

 宰相の口から漏れた言葉を、そのままマイクへ乗せる。

 私の声が、広場を取り囲む巨大なスピーカーから出力される。


 演壇のマイクと予備マイクの音声が干渉する。

 キィィィンという甲高いハウリング音が、広場の巨大なスピーカーから発生し、鼓膜を強く圧迫した。

 群衆が顔をしかめ、手で耳を塞ぐ。

 貴賓席の宰相が、スピーカーを見上げて口を半開きにしている。


 ハウリングの音が鳴り止まない中、通路の奥から新たな兵士が銃を構えて飛び出してくる。

 レオニスが兵士の銃身を素手で掴み、天井方向へ逸らす。

 発砲音。

 弾丸が天井の配管に当たり、火花が散る。

 私はマイクのスイッチを握ったまま、宰相の次の音を待つ。

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