第211話 時計塔の狙撃手
箱の金具に指をかける。
硬い抵抗のあと、短い金属音が鳴って蓋のロックが外れた。
蓋を持ち上げる。箱の底には、麻布の袋と革表紙の束が収まっていた。
袋の口を解き、中を覗く。鈍い光を反射する硬貨が詰まっている。
袋ごと自分のコートの深いポケットに滑り込ませた。布越しに硬い重みが太ももに当たる。
革表紙の束を手に取る。ページの端は擦り切れ、手垢で変色している。
紙をめくる。乾燥した音が店内に響く。
取引の記録が列挙されている。顔料の染みが文字の形を作っている。
ページの間から、折り畳まれた厚手の紙片が落ちた。
床に落ちる前に手を伸ばし、空中で掴む。
紙片を開く。表面には、交差した剣と盾の紋章が型押しされている。
帝国の宰相府が使う公式の印だ。
「皇女の命の値段にしては安上がりね。宰相の懐に入る予算に比べれば」
私は紙片をレオニスに見える位置へ持ち上げた。
レオニスは店主の背中を押さえつけていた力を僅かに緩める。
店主が息を吸い込む音が聞こえた直後、レオニスが男の腕の関節を逆方向に捻り上げた。
男の口から声にならない悲鳴が漏れ、カウンターの天板に額が打ち付けられる。
「連絡係の名前は」
レオニスの低い声が、店主の耳元で響く。
店主の歯が噛み合わさる音がして、次に震える声が言葉の形を作る。
「……塔だ。時計塔の管理人が、受け渡しをやっている」
レオニスは店主の腕を解放し、コートの襟を直した。
私は革表紙の束と紋章の紙片を別のポケットにねじ込む。
「用は済んだわ。残業になる前に戻るわよ」
店主が床に崩れ落ちる音を背に、私たちは木の扉を引いて外へ出た。
雨の勢いが増している。
未舗装の路面は泥の沼に変わり、靴底が地面から離れるたびに粘り気のある音が鳴る。
私たちは軒下を伝いながら、大通りへ向かって歩幅を広げた。
泥水がコートの裾に跳ね、布地の重さが増していく。
宿泊しているホテルの部屋に戻る。
鍵を回してドアを開けると、乾燥した暖かい空気が顔に当たる。
絨毯の敷かれた床を歩き、重いコートを脱いで椅子の背もたれに掛けた。
部屋の中央にある丸テーブルの上に、見慣れない白い封筒が置かれている。
封筒の口は赤い蝋で閉じられ、そこに先ほどの帳簿に挟まっていたのと同じ交差した剣と盾の紋章が押されていた。
レオニスが封筒を手に取り、蝋を指で割る。
中から薄い便箋を引き出し、視線を走らせた。
「宰相からの非公式な招待状だ」
彼は便箋をテーブルに放り投げた。
「昼時、時計塔の展望室。誤解を解くための場を設けたいそうだ」
「誤解を解くのに、わざわざ狙撃に適した高所を選ぶのね」
私はポケットから手帳と鉛筆を取り出した。
芯を紙に押し当て、新たな項目を書き加える。
鉛筆が擦れる音が部屋に響く。
「出張費の追加。それから、致死率割増の危険手当。この請求書、宰相の個人口座から直接引き落とせるように手配しなきゃ」
レオニスは鞄の留め具を外し、中から自分の銃を取り出した。
シリンダーを振り出し、部品を分解していく。
金属の部品がテーブルの上に並べられ、油の匂いが空気に混ざる。
彼は乾いた布で部品の表面を拭き上げながら、別のポケットから細いワイヤーの巻かれたスプールを取り出した。
ワイヤーの端を両手で強く引っ張り、強度を確かめる。
金属糸がピンと張り詰め、微かな振動音を立てた。
私は手帳のページを閉じ、コートのポケットから先ほどの麻布の袋を取り出した。
テーブルの上に袋を傾け、中身の硬貨を滑り出させる。
硬貨同士がぶつかり合う高い音が、銃の部品を組み立てる金属音と重なる。
私は硬貨を端から指で弾き、テーブルの端で揃えていく。




