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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第207話 女官の標価札

 革のベルトに扇子を差し込んだ指先を離す。

 皇女がテーブルの縁を両手で掴み、立ち上がった。

 背後の椅子が後方へ倒れ、木材が床の化粧板を叩く。

 

 「衛兵。温室の扉を塞ぎなさい」

 皇女の声が裏返り、ガラスの壁面に反響した。

 扉の外に立っていた甲冑姿の男たちが長槍を交差させ、出口を物理的に封鎖する。

 壁際の貴婦人たちが互いのドレスの袖を掴み合い、顔を伏せている。


 私は手帳のページをめくり、鉛筆の芯を新しい行に当てた。

 「犯人探しをご希望かしら」

 私は手帳を皇女の視線の先に向けた。

 「外部の警察組織を入れるわけにはいかないでしょう。私が臨時で調査を引き受けてもいいわよ。ただし、拘束時間に応じた特別料金と、危険手当を上乗せさせてもらうわ」

 皇女は変色したスプーンから目を離し、私を睨む。

 「……いくらでも払いなさい。私の命を狙った者を、今すぐ引きずり出しなさい」

 「交渉成立ね」

 私は手帳に時給の単価を書き込み、鉛筆をポケットに滑り込ませた。


 温室の扉の前に整列している女官たちの列へ向かって歩き出す。

 重いドレスの裾が床を擦り、布が連続して波打つ音を立てる。

 女官たちは全員、床に視線を落とし、両手を前で組んで直立している。


 私は列の端から順に、彼女たちの前をゆっくりと通り過ぎる。

 口は開かない。

 尋問の言葉を発する必要はない。

 私の意識は、彼女たちの衣服の下で鳴る物理的な音に集中している。


 列の左側に立つ女の前に差し掛かる。

 彼女の呼吸は浅いが、心拍の乱れはない。

 だが、腰の横に下げたエプロンの隠しポケットから、重い金属同士がぶつかる音が鳴っていた。

 硬貨の音だ。

 普段の持ち歩き用ではない、純度の高い金貨が布越しに重なり合って摩擦する高い音。


 私は立ち止まらず、そのまま列の中央を過ぎる。

 右側に立つ別の女の前に来る。

 彼女の心拍は異常な速さで跳ね回っている。

 それに加えて、胸元の布の裏側から、硬い紙が擦れる音が聞こえた。

 呼吸のたびにコルセットと肌の間に挟まれた紙が歪む音。

 上質な便箋ではない。粗悪なパルプに乱暴な筆圧で書かれた、高利貸しの催促状特有の硬い繊維の音だ。


 私は列の端まで歩き切り、踵を返して女官たちと対面する位置に立った。

 「左の方にいる、エプロンのポケットが重そうに垂れ下がっているあなた」

 私は指を差す。

 「それから、右側に立つ、胸元に硬い紙を隠し持っているあなた」


 指を向けられた女官たちの肩が跳ね上がる。


 「前へ出なさい。持っているものを全部床に出すのよ」

 女官たちは動かない。

 皇女が顎をしゃくり、衛兵が長槍を下げて彼女たちの腕を掴んだ。

 布が引っ張られる音が鳴り、二人が列の前に引きずり出される。


 「ポケットの中には、後宮の給与体系では到底見合わない重さの金貨が入っているわ」

 私はエプロンを押さえる女の顔を見る。

 「もう一人の胸元には、多額の借金の催促状が隠されている。あなたたちの雇い主は、随分と安上がりな方法で皇女殿下の命を買おうとしたのね」

 衛兵が女のポケットに手を入れ、布の袋を引きずり出した。

 袋の口が開き、輝く金貨が床に転がり落ちて高い音を立てる。

 もう一人の胸元からは、折り畳まれた汚い紙切れが抜き取られた。


 「皇女殿下」

 私は床に転がる金貨を靴の爪先で軽く蹴った。

 金属が木材の上を滑る。

 「この後宮の警備は、底に穴の開いたボロ船よりも安く買えるみたいね」

 皇女の顔の筋肉が硬直していく。

 私はポケットから再び手帳を取り出し、白紙のページを指で弾いた。

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