第205話 鳥籠の茶会
重いドレスの裾が絨毯を擦る音が、レオニスの革靴の足音に混ざって響く。
私たちはホテルの回転扉を抜け、外で待機していた馬車に乗り込んだ。
車体のバネが軋み、座席が沈み込む。
車輪が雪を押し潰す音が連続し、窓の外を帝都の灰色の建物が後方へ流れていく。
車体の揺れに合わせて、コルセットのワイヤーが肋骨を圧迫する。
呼吸のたびに布地が張り詰め、肺の膨張を物理的に制限していた。
私は座席の背もたれに体を固定し、無用な体力の消費を抑える。
レオニスは対面の席で腕を組み、窓枠の隙間から外の通りを観察している。
馬車が減速し、ブレーキの金属音が鳴る。
窓の向こうに、高い防壁がそびえ立っていた。
車体が完全に停止し、レオニスが扉のノブを引く。
外の冷気が車内に流れ込んできた。
私はドレスの裾を持ち上げ、ステップから地面へ降りる。
正面に鉄格子の門があり、両脇に長柄の武器を持った衛兵が直立している。
レオニスが馬車の横に立ち止まった。
「ここから先は単独だ」
彼は私のドレスの装飾へ視線を落とす。
「防壁の南側に張り付く。何かあれば音を立てろ」
彼は踵を返し、雪を踏みしめながら防壁の影へ向かって歩き出した。
鉄格子の門が内側へ開く。
長い衣服を身に纏った女官が現れ、頭を下げる。
女官の先導で、防壁の内側へ足を踏み入れる。
長い回廊が続いている。
床は磨き上げられた木材で構成されており、歩くたびに私の靴のヒールが硬い音を立てる。
進むにつれて、周囲の空気の温度が徐々に上がり始める。
回廊の突き当たりに、巨大なガラス張りの建物が接続されていた。
女官がガラスの扉を手前へ引く。
内部から、高い湿度を含んだ空気と、湿った土、そして強烈な花の香料の匂いが押し寄せてきた。
温室の中央に、白い円卓と椅子が配置されている。
豪奢なドレスを着た皇女と、複数の貴婦人たちが円卓を囲んで座っていた。
私が円卓に近づくと、彼女たちの手元で扇子が動く音が重なる。
レースの布が擦れ合い、微かな風が起きる。
皇女が顎を上げ、空いた椅子を視線で示す。
私はドレスの裾を整え、指定された席に腰を下ろした。
椅子のクッションが沈み、背中のワイヤーが椅子の背もたれに当たる。
テーブルの上には、銀のティーポットと陶器のカップが並んでいる。
貴婦人たちの視線が、私のドレスの装飾から髪の結い上げ方までをなぞる。
対面に座る貴婦人が、扇子を口元に当てた。
「南洋の気候は随分と過酷だと聞いております。肌を保護するのも大仕事でしょう」
私はカップの持ち手に指をかけた。
「日差しが強い分、質の良い保湿剤が安価で手に入ります。そちらの乾燥した空気への対策には、ずいぶんと費用がかさむようですね」
皇女が手元のベルを手に取り、振る。
金属の高い音が、温室のガラスの壁に反響する。
奥の扉が開き、銀の盆を持った女官が歩み寄ってくる。
盆の上には、色のついた丸い焼き菓子が積まれた皿が載っている。
女官がテーブルに近づくにつれて、私の耳の奥にある音が届き始める。
女官の胸の奥から響く心音。
通常のリズムを大きく逸脱し、異常に速く、強い鼓動が繰り返されている。
彼女の指先が微かに震え、銀の盆と皿の高台が接触して細かな金属音を立てていた。
女官が皇女の前に皿を置く。
皇女は指先でその皿の縁を押し、私の前へ滑らせた。
皿の底がテーブルのクロスを擦る音が鳴る。
「帝国の菓子職人が焼いたものです。南洋では味わえない品でしょう。お召し上がりなさい」
私は皿の上の焼き菓子を見る。
表面を覆う砂糖の層。
私の聴覚は、その菓子の内部から生じる微細な音を拾い上げていた。
菓子の表面の糖衣のすぐ下。
ごく僅かな空気の振動に合わせて、細かい粒子同士が擦れ合う音。
砂糖の結晶が崩れる音ではない。
硬く、鋭い、金属の粉末が摩擦する高い音。
私は扇子を閉じ、膝の上に置いた。
右手を伸ばし、皿の縁に指先を触れさせる。




