第204話 毒見の費用
鉛筆の芯を離す。
手帳の表紙を閉じ、コートのポケットに押し込んだ。
私は立ち上がり、壁際に用意された衣装掛けへ向かう。
そこには、ホテルの従業員が運び込んだドレスの構成部品が並んでいる。
厚手の綿が重なった下着と、金属のワイヤーが組まれたスカートの骨組みだ。
ワイヤーの接続部が擦れ、鈍い音を立てる。
私はコートを脱ぎ、椅子の上に放った。
「恋敵の品定めのために、こんな窮屈な装備を身に着けろというの」
私はコルセットの紐を引っ張る。
背中の布が締まり、肋骨が内側へ圧迫される。
肺に入る空気の量が制限され、呼吸が浅くなる。
「防刃の性能は高そうだけれど、動きにくさは最悪ね」
「貴族の女たちが身を守るための防具だ」
レオニスがテーブルの上の銃の部品を布で拭きながら言う。
「後宮は外部の男の立ち入りを禁じている。俺は扉の内側へは入れない。物理的な防御力は高いに越したことはない」
紐の端を固く結び、ワイヤーの骨組みを腰に固定する。
布の重みが肩と腰にのしかかる。
私はドレスの裾を捲り上げ、太ももに革のベルトを巻き付けた。
ベルトの隙間に、刃を隠した鞘付きの短剣を差し込む。
革と金属が擦れる音が部屋に響く。
レオニスが立ち上がり、私の足元へ近づく。
彼は短剣の柄を握り、上下に揺さぶって固定の強度を確認する。
「歩行時に布と擦れる音はしない」
彼は手を離し、私の顔を見る。
「だが、刃を抜くにはスカートの布を大きく引き上げる必要がある。即座の対応には向かない」
「正面から刃物を振り回すつもりはないわ。これはあくまで最終手段の交渉道具よ」
私はドレスの裾を下ろし、布のひだを整える。
「招待状を出してきた時点で、これはお茶会を装った査問よ。皇女が私を呼び出した理由が単なる牽制にせよ、それ以外の実力行使にせよ、発生する損害は全て請求対象に乗せるわ。拘束された時間分の出演料に、精神的苦痛への慰謝料。出される茶や菓子の毒見代もね」
レオニスは自分のコートをハンガーから取り出し、腕を通す。
ボタンを留め、手袋の指先を引っ張って馴染ませる。
「室内で物理的な脅威に直面したら、周囲の窓ガラスを割れ」
彼は窓の方向へ顎をしゃくる。
「俺は外壁の下で待機する。ガラスの割れる音が聞こえたら、直ちに突入する」
「窓の修理代は私の報酬から引かないでよね」
私は扇子を手に取り、手首を動かして開閉の動作を確認する。
木製の骨が重なる乾いた音が鳴る。
扇子を折りたたみ、鞄に滑り込ませた。
レオニスが扉のノブに手をかける。
ラッチが外れる音が鳴り、廊下の冷たい空気が足元に流れ込んできた。
私たちは部屋を出て、長い廊下を歩き出す。
重いドレスの裾が絨毯を擦る音が、レオニスの革靴の足音に混ざって響いていた。




