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無愛想な旦那様は、私の『耳』を溺愛しているようです 〜機密情報を囁くだけで、甘いお菓子と安全なベッドが手に入りました〜  作者: 河合ゆうじ


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第19話 水柱

 私の思考が「逃げろ」と命令を出すより早く、隣の影が動いた。

 レオニスの右足が振り抜かれる。

 革のブーツが黒い塊の側面を捉え、硬い打撃音が響いた。

 火花を散らす束は、放物線を描いて欄干の隙間から闇夜へ飛び出した。

 落ちてきたハシゴの方向、つまり犯人たちの頭上へ向かって。


 「伏せろ!」


 レオニスが私の肩を掴み、鉄板の上へ押し倒した。

 冷たい床に頬が潰れる。

 直後、腹の底を突き上げるような衝撃が走った。

 

 ドォン。

 

 遅れて、鼓膜を圧迫する重低音。

 橋全体が巨大な鐘になったかのように振動する。

 欄干の外から、大量の川水が壁のようにせり上がり、橋の上に降り注いだ。

 冷たい飛沫がコートを叩き、私の髪を濡らす。


 私はレオニスの腕の下で、目を開けたまま固まっていた。

 耳がキーンと鳴って、何も聞こえない。

 脳内ラジオも、爆音に驚いて沈黙してしまったらしい。


 レオニスがゆっくりと体を起こした。

 彼の軍服も濡れて黒く変色している。帽子はどこかへ飛んでいた。

 彼は髪から滴る水を手の甲で払い、欄干から下を覗き込んだ。


 「……自爆か。手間が省けた」


 私もふらつく足で立ち上がり、隣に並んだ。

 眼下の川面には、砕け散った小舟の残骸が漂っていた。

 木の板や、布切れが渦を巻いて流れていく。

 人の姿は見えない。あの水流と爆発では、浮かんでくることさえ難しいだろう。


 「全滅?」

 私の声は、自分の耳には遠くから聞こえてくるようだった。

 「ああ。水中での至近距離爆発だ。内臓が破裂している」

 レオニスは冷淡に告げ、ホルスターに銃を戻した。


 工兵たちが恐る恐る顔を出し始めた。

 投光器のいくつかは割れていたが、残った明かりが濡れた鉄骨を照らしている。


 「状況終了だ」

 レオニスが工兵長に声をかけた。

 「作業に戻れ。夜明けまでに終わらせるぞ」

 「は、はい! ですが、今の爆発で橋脚に影響が……」

 「ない。水面での爆発だ。衝撃は上に逃げた。点検を続けろ」


 彼は何事もなかったかのように指示を飛ばし始めた。

 私は欄干に背中を預け、へたりと座り込んだ。

 ポケットの中を探る。

 握りしめていたキャラメルの箱は、川水でふやけてグズグズになっていた。


 「……最悪」

 私は濡れた紙箱を投げ捨てた。

 「私の非常食が全滅よ。これも経費で請求できる?」


 レオニスが私を見下ろした。

 逆光で表情は見えないが、彼の濡れた前髪が額に張り付いているのが見えた。

 彼は無言で内ポケットに手を入れ、何かを取り出した。

 小さな銀色の缶だ。

 

 「湿気てはいないはずだ」

 彼はそれを私に放った。

 

 缶をキャッチする。

 蓋を開けると、色とりどりのドロップが入っていた。

 果物の香料の匂いがする。


 「ありがとう。ボス」

 私は赤い飴を一粒取り出し、口に含んだ。

 人工的なイチゴの味が広がる。

 さっきの川水の生臭さが消えていく。


 「怪我はないか」

 「耳が少し痛いけど、部品は全部ついてるわ」

 私は自分の手足を確かめた。

 「でも、犯人たちは粉々ね。尋問もできない」


 「いや、残骸から拾えるものがある」

 レオニスは欄干の支柱に目を向けた。

 爆発の余波で吹き上げられたのだろう。千切れた黒い布切れが、ボルトに引っかかって揺れていた。

 彼はそれをむしり取った。

 ニット帽の一部らしい。裏側にタグがついている。


 「……これを見ろ」

 彼が布切れを投光器の光にかざす。

 そこには、メーカーのロゴではなく、手書きで縫い付けられた記号があった。

 

 絡み合う二匹の蛇。

 

 「また蛇ね」

 私は飴を右の頬へ移動させた。

 「しかも、今度は安っぽい刺繍じゃない。軍用のしっかりした糸で縫われてる」


 「古参兵の私物か、あるいは組織的な装備品か」

 レオニスは布切れを絞って水を切り、ポケットにしまった。

 「死体は喋らないが、遺留品は嘘をつかない。これで十分だ」


 彼は私に手を差し出した。

 「立てるか。風邪を引く前に着替えさせる」

 「着替え? 予備なんて持ってきてないわよ」

 「外交官用の予備服がある。サイズは合わんが、濡れた雑巾を着ているよりマシだ」


 私は彼の手を掴み、立ち上がった。

 革手袋は冷たかったが、その下の掌には確かな熱があった。

 

 「ねえ、レオニス」

 「なんだ」

 「さっき、爆発する瞬間に私を庇ったでしょ」

 「探知機が壊れると困るからな」

 「そう。じゃあ、修理代として飴をもう一つちょうだい」


 彼は呆れたように鼻を鳴らしたが、缶を取り上げることはしなかった。

 私たちは濡れた足跡を残しながら、橋のたもとのテントへと歩き出した。

 川の下流では、まだ白い水泡が消えずに漂っていた。

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