第3章_潮の囁き
藍海での戦いと欠片の入手から二日後、こはるたちは海沿いの浜辺で野営をしていた。日が沈むと、海は茜色から群青色に変わり、波打ち際で月光が反射して小さな光の粒が踊っていた。
こはるは焚き火のそばで欠片を両手に包み込むように持ち、その感触を確かめた。表面は滑らかで冷たいはずなのに、心臓の鼓動のような微かな脈動が指先に伝わってくる。
(この欠片、本当に生きているみたい……)
火を見つめていた海人が口を開いた。
「こはる、眠れないのか?」
「うん、なんだか落ち着かなくて」
海人は微笑んだ。「わかるよ。俺も初めて任務で命を賭けたときは、夜眠れなかった」
「そのとき、どうしたの?」
「ただ、目の前の誰かの役に立ちたいって思っただけだ。怖さより、その方が強かった」
その言葉はこはるの胸に温かく響いた。彼女は火に照らされた海人の横顔を見つめる。頼りがいがあるのに、どこか少しだけ無防備な表情をしている。
「海人って……どうしてそんなに人を助けたいの?」
海人は少し間を置いて答えた。「昔、助けてもらったことがあるんだ。だから今度は、俺が誰かを助ける番だって思ってる」
タイはその会話を聞いているようで聞いていないように、無言で剣を磨いていた。火の光が刃に反射し、彼の顔を一瞬だけ照らす。その瞳は遠い過去を見ているようで、声をかけづらい雰囲気を放っていた。
こはるは欠片を胸に抱き、決意を固めた。
(私はこの世界で何も覚えていないけど……役に立ちたい。この欠片を集めて、潮枯れを止める。それが私の存在理由になるはず)
その夜、波の音はいつもよりも優しく聞こえた。欠片の鼓動と、海の囁きが重なって、こはるはようやく眠りについた。
翌朝、彼らは紅海に向けて出発する準備を整えた。青い空と穏やかな波が広がり、しかし遠くの水平線には黒い筋のような不穏な潮が見えた。タイはその方向を鋭く見つめ、低くつぶやく。
「……見覚えがある」
こはると海人は顔を見合わせたが、今は問いただすことはせず、ただ新しい旅路に向けて歩みを進めた。