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第2章_傭兵タイとの衝突

 出発から三日目の朝。こはると海人は王国東部に広がる荒野へと足を踏み入れていた。藍海と呼ばれる地域は深い青の海が印象的だが、沿岸部は乾いた風が吹き抜ける荒涼とした大地が広がっている。

 「このあたりは海賊が多いと聞いてる。気を引き締めろよ」海人は短剣の位置を確認しながら言った。

  こはるは頷き、背負った荷を持ち直す。「わかってる。……でも、思ったよりも静かね」

 「静かすぎるんだ」

  その時、乾いた風に混じって重い足音が響いた。荒野の向こうから一人の男が歩いてくる。背丈は高く、肩幅も広い。鋭い目つきで無駄のない動きをするその男は、腰に長剣を差し、無精髭を生やしていた。

 「誰だ?」海人が問いかけると、男は足を止め、無愛想に答えた。

 「傭兵だ。王太子から護衛を頼まれた。名前はタイ」

  こはるは驚きつつも頭を下げた。「よろしくお願いします」

  しかしタイは返事をせず、視線を海の方へ向けたまま歩き出した。

  海人がこはるに囁く。「……無口なやつだな」

 「でも、頼りになりそう」

 「そうだといいが」

  三人で進む道中、タイは必要最低限の言葉しか発しなかった。こはるが道を尋ねても無言で頷くだけで、海人が冗談を言っても無反応。空気は次第にぎこちなくなっていった。

  昼頃、海沿いの崖道に差しかかったとき、突如として鋭い笛の音が響く。次の瞬間、茂みから複数の影が飛び出した。粗末な鎧を着た海賊たちだ。

 「来たか!」海人が短剣を抜き、こはるを庇う。

  タイは一歩も退かず、抜剣すると一直線に敵陣へ飛び込んだ。

  彼の剣は鋭く、海賊たちは次々に倒されていく。しかし無茶な突撃は仲間の連携を乱す。海人は叫んだ。

 「タイ、後ろを頼む!」

  だがタイは聞いていないかのように前進し続ける。こはるは薬草袋を開き、負傷した海人の腕に即席の包帯を巻きつけた。

 「ありがとう、こはる。……でも危ない、下がってろ!」

  戦いは短時間で終わった。海賊たちは逃げ散り、崖道には血と砂だけが残った。タイは剣を拭い、無言で歩き出す。

 「おい、少しは話し合おうぜ!」海人が追いかけて声を荒げる。

  タイは振り返らずに言った。「報酬分の仕事をしただけだ」

  こはるは二人の間に立ち、深呼吸をしてから口を開いた。

 「……私たちは仲間でしょ? 一緒に進むなら、ちゃんと話をしてほしい」

  タイは足を止め、しばし沈黙したあと短く答えた。「……考えておく」

  その夜、野営の焚き火の前で三人は無言のまま座っていた。火のはぜる音だけが静かな夜に響く。こはるはそっと海人に視線を向けると、彼は小さく肩をすくめた。

 「まあ、あいつなりのやり方があるんだろうな」

  こはるはうなずき、握った欠片の袋を見つめた。(仲間って、簡単には一つにならないのね。でも、少しずつでいいから……)

 翌朝、夜明け前の薄明かりの中でタイは黙って剣の手入れをしていた。火を落とした焚き火からはまだかすかな煙が立ちのぼっている。

  こはるは目を覚まし、その姿をじっと見つめた。彼の動作には無駄がなく、長年積み重ねた技の重みを感じさせたが、どこか孤独な影が漂っていた。

 「おはよう」

  タイは手を止めず、低く返す。「……おはよう」

  海人も起き出し、軽く伸びをしながら周囲を確認した。「今日中に藍海の蒼き洞窟に入れるはずだ」

 「蒼き洞窟?」こはるが首を傾げる。

 「海を癒やす真珠の第一の欠片が眠っている場所だって伝承にある。危険だけど、やるしかない」

  三人は支度を整えて出発した。海沿いの道を抜けると、波音が次第に反響し、洞窟の入り口が見えてきた。青白い光が微かに漏れ出している。

 「不思議な色……」こはるは息を呑んだ。

  タイは剣を肩に担ぎ、無言で先に入る。

  洞窟内はひんやりと湿っており、壁面の鉱石が青い光を放っていた。足元は滑りやすく、注意しなければすぐに転びそうだ。

  その時、こはるの足が岩に取られ、バランスを崩した。

 「きゃっ――」

  落ちそうになった瞬間、タイが無言で腕を伸ばし、彼女を引き寄せた。

 「ありがとう……」こはるは少し驚きながら微笑んだ。

  タイは短く「気をつけろ」とだけ言い、先に進んだ。

  洞窟の最奥には、透明な水を湛える小さな泉があった。水面は静かに青白く光り、底には真珠のようなものが沈んでいる。

 「これが……第一の欠片?」こはるは息を呑んだ。

  しかし泉の中央に、巨大な影が揺れる。次の瞬間、海蛇のような幻影が水面から躍り出た。

  タイは即座に剣を抜き、海人はこはるを庇った。

 「こはる、下がって!」海人の声が洞窟に響く。

  タイは素早い動きで海蛇の尾を切り裂き、海人はその動きを援護するように攻撃を仕掛けた。こはるは荷からケイトリンが用意してくれた薬品瓶を取り出し、蛇の目に向けて投げつける。瓶が割れ、白煙が広がった。

  海蛇は悲鳴のような音を上げて消え、泉は静寂を取り戻した。

  泉の底で光る欠片がふわりと浮かび上がり、こはるの手の中へ吸い込まれるように収まった。

 「……脈打ってる。まるで心臓みたい」こはるは驚きに目を見開いた。

  海人が微笑んだ。「よくやったな」

  タイは何も言わなかったが、その視線はどこか柔らかかった。

  洞窟を出た三人は海岸で一息ついた。焚火を囲み、こはるは欠片を胸に抱くように握った。

 「潮枯れを止める鍵……これが本当にそうなら、絶対に失くせない」

  海人はうなずき、火の向こうのタイを見た。「お前も協力してくれるよな?」

  タイはしばらく黙っていたが、やがて短く答えた。「……俺の目的も、まだ終わっていない」

  こはるはその言葉を聞き、タイの過去に何か重いものがあると感じた。しかし今は問い詰めることをやめ、欠片を見つめながら小さく誓った。

 (みんなで……必ず、五つ集める)


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