03 打ち切り少女漫画のヒロイン登場!の巻
打ち切りになった昭和の少女漫画のヒロインの一人称。
【ご注意】この物語は、まともな人間が少ないです。
ハイ!アタシ、リリィ。今日はお城の舞踏会。リリィは舞がとっても上手だから、伯爵様に頼まれて王様のお城で精霊の舞を踊りに来たのよ。
お城はとっで大きくて立派なの、用意された舞の衣装も見たことのない美しいものでビックリしたわ。本物の精霊姫になった気分。もうすぐ、本番よ!ワクワクするわ。
でも、変なの。いつものように、精霊姫を踊ったら、リリィはダンスホールから連れ出されて、部屋で待つよう言われたの。
そう言えば、舞を踊ってる時、招待客の貴族様達は口々に言ってたわ。
「信じられない、なんと美しい」
「まさしく精霊姫だ」
「奇跡を見ているようだ」
「間違いなくフェアリン一の舞手だ」
もしかしたら、リリィは特別にご褒美が貰えるのかも。だったら、少しは我慢しないとね。本当は舞が終わった後の夜会も楽しみにしてたの、素敵な男の人がいっぱいいたし。実は予感してるんだ。胸がキュンとするような恋が待っているんじゃないかって。
「このバカ娘が!」
「キャア!」
ところがよ、パパがやって来たと思ったら、いきなりリリィのホッペを叩いたの!
「申し訳御座いません!何卒、何卒、ご慈悲を!」
そして、一緒に来た伯爵様の前に跪いて必死で謝ってる。訳が分からないわ。それに、いつもリリィには優しい領主様の伯爵様もとっても怖い顔をしてる。
「その娘を王宮での“精霊の舞”に推薦した私の顔に泥を塗るつもりだったのか」
ですって。泥なんて付いてないのに。
それから、なぜ精霊姫を踊ったかって聞かれたから答えたの。
「どうしてって?いつもリリィが精霊姫を踊っていたもの」
変なこと聞くのねって思ってたらパパは「なんて、愚かな……バカ娘が、バカ娘が」とか言うのよ。信じられない!
だけどね、この後、とんでもないことが起きたの!
リリィがパパや伯爵様に怒られていると、キラキラした金髪の、とってもカッコいい男の人が部屋に現れたの。こんなに素敵な人に出会ったのは初めて。
その人は言ったの、騒いでいないで、すぐにリリィを「しょけー」にしなさいって。「しょけー」って何だか、分からないけど、パパ達に責められてるリリィを助けに来てくれたんだわ。
胸がトゥクトゥクして、苦しくて。
気が付いたの。
これが恋なんだって。
パパも伯爵様も、その人のことを「エリックでんか」って言ってる。
なんてこと……リリィの王子様は、本物の王子様よ!
でも、ヒドイのよ。後から偉そうなオジサンがやって来て「しょけー」はダメだって。そのオジサンは王子様のパパで、王様なんですって、だから誰も逆らえないみたい。
その後、王様と伯爵様が話し合って、リリィとパパやママはお家を出て行くことになっちゃったの、本当にヒドイ王様だわ!
「王都、並びに王家直轄地、伯爵領への立ち入りは禁ずる。しかし、フェアリン内で慎ましく暮らすことは許そう。我が娘も厳しい沙汰は望んでおらぬ」
「ありがとうございます、ありがとうございます。ご慈悲に感謝致します」
せっかくリリィが踊ってあげたのに、言い掛かりを付けて、家を追い出すなんて、とんでもないわ。パパはもっと言い返せばいいのに。
でも、結局、リリィ達は怖い兵隊さん達に連れられて、お家に戻ることになったの。
「財産の持ち出しは許された。リリィ、帰ったら直ぐに荷物をまとめるんだ」
「やっぱり、こんなこと間違ってるわ!悪いことなんてしてないのに!」
「お前はまだ反省していないのか!」
パパを説得しようとしたけどダメだった。馬車からはお城の明かりが見える。胸がチクチクするわ。
ああ、リリィの王子様……
もしかして、もう会えないの?
「おかえりなさい、あなた、リリィ」
お家に着くと、普段通りママが抱きしめてくれたわ。何だがホッとしちゃった。
「ふふ、ママの可愛いリリィ。舞踏会はどうだった?今朝、ご近所の奥さん達とリリィは器量良しだから、お貴族様に見染められてしまうんじゃないのって話していたのよ」
「聞いて、ママ。素敵な人に出逢ったの!」
「そんな事より早く荷造りをするんだ」
せっかくママにリリィの王子様の話をしようと思ったのに、パパに止められてしまう。
「なぁに?まさか、本当に見染められてしまったの?もう、お嫁入りの準備?キャア、大変っ」
「そんなお気楽な話ではない」
パパが説明するとママは気絶しちゃった。
それからはアッとい間に過ぎていったわ。パパは運ぶことの出来ない家財道具や服は売ってしまって、持っていける荷物はほんの少し。ママはずっと泣いてるし。ご近所の人達はリリィを見てヒソヒソ話していて嫌な感じ。お友達もリリィを避けて、お別れのパーティーさえ開いてくれない。
「さ、行くぞ」
ずっと育ってきた町を離れる日がきた。
商売をしている親戚のオジサンのお世話になるんですって。伯爵領の騎士団長をしていたパパは行商の護衛をするということで受け入れてもらったって。でもママやリリィもお店の手伝いをしなきゃいけない。
「パパ、お店屋さんって何をするの?リリィにもできるかしら」
「伯爵様のお屋敷でメイドしていたんだ。問題ないだろう」
ずっと一緒に働いていたメイド仲間も幼馴染も見送りにさえ来てくれない。寂しくって、惨めで、涙がこぼれそうになる。
古い荷馬車は寂しく出発した。
その夜は森で野宿することになったの。この森はまだ伯爵領で魔獣は少なくて、出て来ても小さくて弱いから野宿しても大丈夫なんだって。
パパもママも焚き火を見つめながら何も話さない。リリィ達家族はとっで仲良しで、お食事の時は楽しくおしゃべりしていたのに。
ああ、王子様……逢いたい。
やっぱり、リリィは王子様が好き。
決心したわ。王子様に会いに行く。そして二人で一緒に王様に言うのよ、こんなことは、おかしいって!
パパとママが寝ているのを確認して、そっと抜け出した。二人はきっと反対すると思うから。
こうしてリリィは森の中を駆け抜けたの。一生懸命に走ったから、あっという間に故郷の街に戻れたわ。
段々、空が明るくなって、夜明けが近づいてくる。伯爵様のお屋敷の近くに行くと、幼馴染のジミーの姿を見つけたの。ジミーも伯爵家の騎士をしていて、とっても頼りになるのよ。
「ジミー!」
「リリィ!?」
声を掛けるとジミーは驚いた顔をしている。イタズラが成功したみたいで、ちょっと気分がいいわ。
「お前、出て行ったんじゃないのかよ!」
「ふふ、戻ってきたのよ」
「戻ってきただあ?見つかったら処罰されるぞ!」
「そんな事より、お願いよ。今すぐリリィを王都のお城まで連れてって!」
「はあ?」
ジミーに説明したの。エリック様は優しくて、カッコよくて素敵な王子様だってこと。本当はリリィのことを助けようと「しょけー」にしてくれようとしてくれたこと。エリック様に逢って、2人で王様にヒドイことしないでって説得するつもりだということ。
「お前は何を言ってるんだよ、無理に決まってるだろ!」
だけどジミーはダメだって。ジミーはリリィのお願いなら何でもきいてくれていたのに。1番のお友達だと思ってたのに。
「無理じゃないわ、エリック様とリリィの2人ならできるはずよ!」
「それにエリック殿下はお前を“処刑”にしろって言ったんだぞ。“処刑”って分かってるのか?」
「知らないわ」
「死刑ってことだよ、殺すってことだ!」
「エリック様がそんなヒドいこと言うはずないわ!ジミーの分からず屋!もう絶交よ!」
ジミーはヤキモチを妬いているんだわ。でも、エリック様に失礼なことを言うなんて許せない。
ジミー置いて馬小屋へと走ると、ジミーの馬のジョニーがいたわ。いつも、2人乗りさせてもらっているから、きっと大丈夫。
「ジョニー、リリィを王都のお城まで連れてってちょうだい」
そう言って跨ると、リリィの言葉を分かっているようでジョニーは勢いよく走り出したわ。
さあ、行くのよ!
「あの方の元へ……!」