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あの伯爵令嬢には悪魔が憑依している。前編


 私の目の前では五人の令嬢がその顔に笑みを浮かべています。私達がいるのは王都にある学園の空き教室でした。

 他に人はおらず、……誰も私を助けてくれません。

 いつものこととはいえ、本当に辛い時間……。


 私は伯爵家の長女で名前をネイミアといいます。昔から気が弱い性格で、人前だとそれが特に顕著に現れてしまうのです。

 そこをこの五人組につけこまれました……。

 私の鞄はすでにあちら側の手にあり、リーダー格の令嬢がそこから一冊の教科書を取り出します。


「不思議ね、また新品に戻っているわ」

「やめてください……、もう六冊目なんです……」


 嘆願むなしく教科書はビリリッと二つに破かれました。

 ……辛いです。すでに七冊目を用意してあるとはいえ、やっぱり辛い……。


「ごめんなさいね、いつも通り手が滑ったわ。あら、何だかあまり堪えていないわね?」


 リーダーの令嬢は面白くなさそうに私の顔を覗きこんできます。

 しまった……、七冊目がある余裕が表情に現れてしまったみたいです。もっと悲しそうな顔を作らないと。

 しかし、時すでに遅くリーダーの彼女は私に詰め寄ってきました。


「だったら、今日はあなたの大切な物を壊してあげる。その髪飾り、確かお婆様の形見と言っていたかしら?」

「……ええ、そうですけど……、まさか! こ、これは駄目です!」


 私の頭から髪飾りを奪おうとするリーダーの令嬢。この蛮行に他の四人もさすがにかなり引いています。


「形見を壊すのはやりすぎじゃない……」

「その子の家、私達より格上だし……」

「家同士の問題に発展したら困る……」

「発展したらすごく困るわ……」


 そうです、もっと言ってあげてください! 絶対に発展しますから!

 援護の効果を期待するも、逆に火に油を注ぐことになったらしいです。リーダーの令嬢は一層ムキになって髪飾りを奪いにきました。

 私は形見を守るようにしっかりと握り締めます。

 やめてー! 誰か助けてください!


(いいよ、助けてやるから私と代われ)


 その声は不意に私の頭の中に響いてきました。


 ……え、代われって?

 と疑問に思った直後、私の体は私の意思で動かせなくなりました。誰かが、おそらく私の中にいる何者かが、勝手に体を動かしています。


 素早く身をかわした私はスッと足を出してリーダーの子の足を引っかけました。彼女は床に尻もちを。

 その様子を眺める私の口にはほのかに笑みが。それから、普段の私では考えられないほどにズバッと言い放ちました。


「不様だな、性悪女にはお似合いだ」


 えー……、本当に私じゃ絶対に言わないセリフ……。すごくすっきりしました。

 もちろんリーダーの令嬢の方は怒り心頭です。顔を赤くして立つと手を振り上げました。


「ふざけてんじゃないわよ!」


 平手打ちにきたその手を私は難なく受け止めました。そのままひねり上げて体を組み伏せ、上に乗っかります。

 彼女は今度は顔を床につけることになっていました。


「はは、さらに不様になったな」


 私もさらにすっきりしましたけどこれはやりすぎでは! この私、相当強いです!

 教室の床に這いつくばりながら、リーダーの令嬢は信じられないといった目で私を見上げてきます。


「こ、これまでとまるで別人だわ……! あなた達! 中に入ってきて私を助けなさい!」


 彼女がそう呼びかけたのは、傍らで呆然と眺めている四人の仲間ではありませんでした。

 扉を開けて男女二人の騎士が教室に立ち入ってきました。どうやらリーダーの令嬢の護衛らしく、彼女は追加で指示を飛ばします。


「私を押さえつけているこの女を痛めつけて!」


 すると、聞いていた四人の令嬢が慌て出しました。


「ちょっと待って!」

「伯爵家の令嬢よ!」

「そんなことしたら問題になる!」

「間違いなく問題になるわ!」


 仲間達が制止するもリーダーの令嬢は耳を貸そうとしません。戸惑う護衛の騎士達に重ねて発破をかけました。


「いいからやって! 私だって男爵家の令嬢なんだから何とかなるわ!」

「性悪女はおめでたい頭をしている。そいつらなら私に勝てると思っているのか?」


 再び微笑みながら私が立ち上がると、解放されたリーダーの令嬢は手足をバタつかせて逃れました。

 ……まさかこの私、こんな騎士達より強いのですか? どうして自分より弱いって分かるのでしょう?


「ん、だって魔力の量が段違いだろ。こいつらなぜか丸腰だけど、武器を持っていても敵じゃない」


 本当の私が思ったことに対してもう一人の私が返答していました。

 やっぱり、私の考えていることはあっちにも伝わるのですね。あ、丸腰なのは学園は武器の持ちこみが禁止されてるからです。


「ふーん、あまり意味がない気がするけどな。それなりの使い手になれば武器なんかより魔力の方がよっぽど危険だし。あんた達なら分かるだろ?」


 私から視線を投げかけられた護衛の二人はたじろぎました。

 先ほどから彼らが戸惑って見えたのは、私が伯爵家の令嬢だからではなく、この私の魔力を感じていたからなのですね。私にはよく分かりませんが、戦いに身を置く者は魔力というものを自在に操り、他者のそれも感知できるそうです。


「そう、普通なら実力差があれば読み合いだけで決着がつく。けど、今日は実力行使だ、あっちも痛めつけるって言ってるし」


 そう言った私の掌がバチバチと放電を開始。その状態でリーダーの令嬢と護衛達に向かって手をかざしました。


「用心棒なんだから少しは魔法が使えるんだろ? ちゃんと防壁出せよ、まあ出してもたぶん貫通すると思うけど」


 ちょ、ちょっと待ってください! 何だか大変なことになるのでは!

 私の止める声は間に合いませんでした。


 バリバリバリバリバリッ!


 教室の中を眩い稲妻が走ったのはほんの一瞬のこと。気付けばリーダーの令嬢と二人の護衛は床に倒れていました。ピクリとも動く気配がありません。


 明らかにやりすぎです! 私は学友を殺してしまいました!


「殺してないって、しっかり手加減したから。特に性悪女の方はもうありえないくらい手加減した」


 一つため息をついた私は視線を四人の令嬢に向けました。


「あんた達は一応止めようとしていたから対象除外してやったけど、もしまたこの子に、というか私に嫌がらせするようなら……、言わなくても分かるよな?」


 令嬢達は互いに顔を見合わせるとすぐに頷き合いました。


「「「「二度と嫌がらせはしません」」」」


 ……やたらと喧嘩が強くて雷まで発射するこの私がいつ出てくるかと思うと、怖くてもう近寄ってもこないのではないでしょうか。


 私の地獄の日々がこんなに簡単に終わるなんて……。ああ、本当によかった。

 …………、……本当に、よかったのですかね?


 自問していると、電撃を受けて気絶していた令嬢が目を覚ましました。確かにすごく手加減してもらったみたいです。

 彼女は私を見るなり先ほど同様に這うように教室の出口へ。

 ちなみに、教室の外には騒ぎを聞きつけて大勢の生徒や教師が集まってきていました。

 そちらに助けを求めるように這っていったリーダーの令嬢は、私を指差しながら恐怖にひきつった表情で。


「あの伯爵令嬢には、悪魔が取り憑いているわ……!」


 騒然となる学園関係者達の視線が一斉に私に集まりました。

 全員がこちらを驚愕の目で見てきます。

 これに私は面倒そうに頭をかきかき。その手に再び雷を発生させました。


「うるさい奴らだな……、まとめて気絶させるか」


 この言動に凍りつく空気。

 いえいえいえ! 絶対に駄目ですよ! そんなことをしたら自分が悪魔だと認めるようなものです!

 ……あれ、あなたって実際に悪魔なのですか?


「知らない、とりあえず助けてやったからもう代わるぞ」


 え、こんな状況で代わられても……!

 慌てて抗議するものの強制的に体の主導権は私に戻されました。

 皆からの突き刺すような視線に私は思わず一歩後ずさり。


「ち、違うんです……、今のは私ではなくて、私の中にいる別の誰かでして……」


 ああ! これでは自分が悪魔に取り憑かれていると認めるようなものです!


 ――――。



 悪魔に憑依された令嬢など学園もどうすればいいか分からなかったようで、私は即刻自宅である伯爵家の屋敷に帰されることになりました。


 私に何が起こったのかありのままをお父様に話したところ、頭を抱えたまましばらく停止。心配をかけたくなくて他の令嬢達からいじめられていることも秘密にしていたので、余計に衝撃が大きかったようです。

 結局、お父様もどうすればいいか分からなかったようで、私は自分の部屋から決して出ないように言われました。


 というわけで、私は自室で一人、ぽつんとベッドに腰かけています。

 いえ、一人ではなく内側にもう一人いるのでした。あなたはいったい何者なのですか?


(だから分からないって。全然覚えてないんだ)


 この人が言うには、気付けば形見の髪飾りを守ろうとしていた私の中にいたそうです。自分が誰なのか、それまでの記憶は一切ないのだとか。

 けれど、なぜか戦闘に関する知識はしっかり覚えているみたいです。


(戦いは私の一部なんだよ、きっと)


 ……この人、やっぱり悪魔なのではないでしょうか。


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