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その者の名は、玉川学

――このお話は、金貨と銀貨、2人の乙女がすべてをめちゃくちゃにする物語である。


時は令和。東京都M市にある、有名私立高等学校。

白亜の学び舎は、未来を担う若人(わこうど)たちを清く正しく育てる場所。大人たちの願望と金でキラキラと輝いている。


そんな大人たちの期待をそのまま体現するような乙女が1人いた。


その名は金貨と銀貨……ではなく、玉川学(たまがわまなぶ)という女子生徒だった。

彼女は秀才であり、生徒会長をしている。学年は2年。クラスは特待生ばかりが集う特進クラス2年A組で、もちろん学年トップ。まさに才女と呼ぶにふさわしかった。


玉川は勉強の邪魔になるからと、髪を前髪ごと中心から左右に分けて、2つのおさげにしていた。もちろんスカート丈はひざ下。逆三角形の赤いフレーム眼鏡をしていて、本当に典型的な昔っからのザ・ガリ勉ちゃんだった。

令和の世でこれは逆に保護すべき貴重な人物かもしれない。


そんな彼女は外見がキッチリしているだけでなく、中身ももちろんキッチリだ。己が正しいという考えに染まり切っているので、自分に対して厳しいだけでなく他人にも厳しかった。


だって、みんな適当なのだ! 勉強も掃除も何もかも手を抜いているように見える。それが彼女には我慢ならない。誰だって得手不得手があるのはわかる。でも、できないならできないなりに、せめて努力する姿勢を見せるべきだ。


彼女は古典的なガリ勉タイプで運動は点でダメだが、苦手な運動ももちろん一生懸命だった。空回ろうが笑われようが、鬼気迫る迫力でグラウンドを走り、体育館ではボールを追う。

あまりに一生懸命すぎて、すでに3回眼鏡を壊しているからもう少しリラックスしたほうがいいが、そんな甘い考えは母親の子宮に置いてきた。


つまり、玉川学という女は一生懸命で真面目で毎日ヤバいくらい全力で生きていた。


今日も全力な彼女のおでこと眼鏡が、蛍光灯の光を受けてキラリと光る。

掃除の時間の会長は、勉強をする時と同じくらいキレッキレだ。


「はい佐藤くん、掃除道具持ってね。ブツブツ言わないで。手が空いてるなら働こう」


そう言って彼女は佐藤と呼んだ男子生徒に箒を手渡す。


「鈴木さんは黒板ね、ちゃんと隅から隅まで綺麗に拭くこと。チョーク入れもきちんと拭き掃除して、黒板消しも綺麗に叩いて……どうして不満そうなの? 役目はきちんとこなすべきでしょ? 大人になって困るのは自分なんだから」


そう言って彼女は鈴木と呼んだ女子生徒に雑巾とバケツを手渡す。


佐藤、鈴木、田中とありとあらゆる生徒からうんざりされても気にしない。そんくらいでメンタルやられるようなら初めから指示してないし、生徒会長などやらん。


だが、だがだ。


彼女は同じクラスの銀乃薫子(ぎんのかおるこ)……通称・銀貨という乙女のことが、(はらわた)が煮えくりかえるほど気に入らなかった。


見ろ。銀貨はクソ真面目会長の存在など目に入らぬかのように、「ねえちょっと」と近くにいる生徒たちに声をかける。


「ねえ、掃除当番だけど。ええそう、あなたがたよ。私、ドレスを汚したくないのよ、代わりに綺麗にしてもらえないかしら。……まあ、ありがとう! とっても嬉しいわ」


銀貨はなぜかセーラー服をモチーフにしたフリル盛りだくさんのロリータドレスを着ていた。黒くてカールした髪は天使のように愛らしく、フリフリのヘッドドレスまでしている。


とても可愛らしいが、どう考えても学校に着てくるものではない。校門の警備員が止めないのが不思議なくらいだ、ちゃんと仕事をしているのだろうか? 見逃す代わりに大金でも渡されたのだろうか?


玉川は眼鏡をクイッと人差し指で直しつつ、迷わず声をかける。

清く正しい乙女として、こんな行為は見過ごせない!


「ちょっと銀貨さん、みんなが掃除をしてるのよ。あなたもやらなきゃダメよ」

「あら、でも彼も彼女も嬉しそうだわ」

「ダメ! ダメよ、嫌なことも自分でやんなきゃ人間ダメになる!」

「やっているわよ、ちゃんとまっすぐに見つめてお願いしているわ」


玉川は「何言ってんだコイツ?」という態度を隠しもせずに、呆れた様子で声を荒げた。


「私そんなこと言ってんじゃないの! 自分でお掃除なさいと言ってるの! それを自分の都合で人に押し付けるなんて、あなたズルくて最低よ! 卑怯だわ!」

「ズル? 最低? 卑怯? 影でこそこそ人をあやつるでもない、ましてやいじめるでもない、ただただ可愛い私が可愛くお願いしているだけよ」


銀貨があまりに純真無垢なキラキラとした瞳で見つめてくるから、玉川は自分が間違っているのだろうかと一瞬悩む。


が、すぐに相手のめちゃくちゃな発言に気づいて、わなわなと体が震え始めた。


「可愛いって……! あなた自分で言ってて恥ずかしくないの!?」


何言ってんだよコイツ! そう玉川は思い、読者も思ったことだろう。


しかし、銀貨のメンタルの強さは玉川のはるか上! そう、雲よりも高く、月を超えてなお高く、地球を飛び出して金星をまたぎ、水星はスキップしてとうとう太陽すら飛び超えて――果ては銀河系を脱してなお誇り高いのだ!


「あら、私が可愛いのは本当のことでしょ? 可愛くて何が悪いのかしら。――カワイイは正義、"kawaii"は世界語、私は私! そう、私はここに立っている! 全て事実、この世のことわりよ! さあみんなお掃除よ、うんと綺麗にしてちょうだいな!」


銀貨がフリフリの扇子をバッと勢いよく掲げると、その声を聴き気高き姿を目にしたクラス中の生徒たちが叫んだ。


「「「「もちろんです! 銀貨様!!」」」」


何がもちろんなの? とわけのわからない玉川がぽかんとしていると、


「会長、じゃまですよ」


とさっき箒を手渡した佐藤に言われる。彼は熱心に掃き掃除をしていて、その様子はクラスどころかご町内まで清掃に行きそうな勢いだ。


なんで? 私が言った時は全然やる気なさそうだったのに!


思わず玉川がよろけると、後ろにいた1人の女子生徒にぶつかる。


「あっ、会長あぶないですよ。このバケツ水入ってるんだから。さあ~お掃除おそうじ!」


そう言ったのは、さっき雑巾とバケツを手渡した鈴木だ。黒板どころか日本中を雑巾一つでピッカピカに磨き上げそうな勢いだ。


どして? 私が指示した時はため息ついてたじゃない!


会長玉川にはわからない。いったいこのクラスはどうしてしまったのだ!?


そこでハッとして、玉川はクラスを飛び出した。目指すは2年D組。銀貨と一番仲のいい乙女、赤金可憐(あかがねかれん)こと通称・金貨がいるクラスである!




「はあ? 生徒会長の玉川だっけ? お前何言ってんだ?」


銀貨も相当だったが、金貨も相当だった。

髪の毛は真っ赤でセーラー服に金のスカジャンを着ているし、スカートの下にはスポーツ用レギンスを着用。そして、なぜか机の横には黒い筒型の製図ケースが立てかけてある。

ここで金貨が「私は次世代アーティストだ! 絵を描く場所は問わねえ!」とでも言えば「確かにそういう雰囲気があるわね……」と玉川もうなずくところだが、その割に創作活動に取り組む様子は見せない。


そもそもこの学校は制服がブレザーなのでセーラー服は違反だ。銀貨といい金貨といい、なんて身勝手なのだろうか?


そんな金貨が掃除もせずにボケーッと自分の席で頬杖ついてくつろいでいる。彼女の席は窓側の一番前で、掃除の時間なら本当は机も椅子も後ろに下げなきゃいけないのだが、彼女は何も知りませんやりませんと、ただただ座っていた。


玉川が銀貨の身勝手さを嘆いても「あいつらしいな」と相手にしない。


「ちょっと委員長」と、玉川は窓ガラスを拭いていたDクラス委員長の女子に声をかける。


「あなたクラス委員長でしょ? ちゃんと彼女を注意しなきゃ」


「無理ですよぉ、だって金貨さん怖いしヤクザみたいだし、怖いしマフィアみたいなんですよぉ? 生徒会長がなんとかしてくださいよぉ~」


このおたんこナス! そう会長はなんか可愛く心の中で毒づくと、金貨に向き直った。


「金貨さん、あなた掃除のじゃまよ! ちゃんとお掃除しなさい、みんなやってるのに悪いと思わないの?」


「思ってたらとっくにやってる」と、金貨はあくびをしながら返す。


「本当になんとも思わないっての? 銀貨さんといい勝負だわ。なんて身勝手な人たち! あなた学生としての本分を全うしなさい! 自由も結構だけどルールや常識もかけがえのないものなのよ?」


「うるせえなぁ……ん? くくっ」


金貨は眠そうに目をこすっていたくせに、玉川の必死の説得に感じ入ったというのだろうか? 急に席を立つと、玉川の前にまっすぐ仁王立ちする。


金貨はデカい。靴底の厚み込みで180cm近くあるだろう。対して会長は女子の平均身長で、金貨を見上げる形になる。

玉川は内心ちょっとビビってたが、それでも怖さより己の矜持と誇りのほうが強かった。


「な、何よ? やるっての? 暴力に訴えるつもり? さ、最低なんだから!」


意地で睨む会長の隣、窓側にはクラス委員長が立っていて、チワワみたいにプルプル震えている。


「会長さんよぉ、お前って……勉強できんのにバカなんだな」


「……はぁッ!?」


「人間は紀元前からずうっと殺して壊して殺して壊してを繰り返してんだろ。母星に核まで落として環境ぶっ壊して自分たちの首しめてんじゃねえか。つまり暴力的で短絡的でどうしようもないのが人間なんだよ。つまり私は人間らしい人間てこった。 だからつまり――あたしが1番人間ってことだ! ギャハハハハ!!」


そう言い切るや否や、金貨は例の製図ケースに素早く手を伸ばしたかと思うと、なんとそこから絵ではなく刀を取り出した!


「ちょちょっとそれ――」ホンモノ!? と、玉川が言い終わる前に、金貨は素早く刀を抜くと、彼女を狙う……ことはなく、玉川の隣にいたクラス委員長の首を右から左へ横一線にはねる。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


玉川の悲鳴がクラスに響き渡り、首を斬られたクラス委員長からは血の代わりに赤白黄色の菊の花びらが舞う。


会長は混乱のあまり、目をつぶることも動くこともできない。


ウソウソなんで!? どうして殺すの? 次は私? ああ可哀そうなクラス委員長! 私の左腕を掴んでチワワみたいにプルプル震えてただけだってのに! そう今も、プルプルプルプル……ん?


己の左隣を見ると、死んだクラス委員長の体が倒れるでもなくプルプル震えている。しかも、玉川の左腕をつかむ両腕がなおもがっしりと食い込んで、離すまいと必死だ。親指がいっそうギリリと食い込み、さらに人差し指が艶めかしく動いて……


「イヤーーーーー!? どうして? 動いてる!」


しかもしかも、死んだばかりというのに体がみるみるうちに青白く変色していくではないか。死後硬直だの腐敗だのに至るにはあまりに早くないか?


パニックで動けない玉川の胸元を金貨が左腕でぐいとつかみ、自分に引き寄せる。そして、右足で首をはねたクラス委員長の胴体をこれでもかと遠くに蹴り飛ばした。


どさっと音がして、倒れた死体はジタバタと駄々をこねるガキンチョのように動いていたが、1分もせずにパタリと動かなくなる。


「よお会長、危なかったな」


金貨に抱きしめられるように支えられた玉川はちょっとキュンとする……わけはなく、相変わらずパニクリながらも「どういうことなの!?」と金貨に問うた。


「何ってゾンビだよ、ゾ・ン・ビ! いやー、助かった。てっきり今回は学園青春恋愛マンガの世界かと思ってたんだよなー。くそまじめ生徒会長を垢抜けさせて、学園1のイケメンであるサッカー部のエースと交際させるとか、そういう話かと考えてたんだよ。いわゆる学園モノのお約束ってやつ? いやほんとゾンビ映画の世界でよかったー! これなら暴力でなんとかなるもんなーワハハ!」


玉川には金貨の言っていることが何一つわからない。まるで、物語の世界に迷い込んできた主人公みたいな言いぐさじゃないか。

しかも、恋愛マンガかと思ったらゾンビ映画でラッキーとかぬかしやがる。どう考えても迷い込むなら恋愛マンガのほうがいいだろ! ゾンビのはびこる世界なんてひとつ間違えば死ぬんだぞ? 死ぞ!?


「あなた正気なの……?」


「バカ言え、狂ってるに決まってるだろ。ほら会長見てみろ。クラスの奴らもどんどんゾンビ化してるぞ」


ようやくパニックが落ち着いてきた玉川が周囲を見渡せば、クラスにいた生徒たちがワーギャー泣きわめいている。いつの間にかあっちもこっちも生徒たちがゾンビ化しているではないか! 生き残った生徒たちも箒を振り回したり恐怖でうずくまったりしている。ゾンビ化した生徒に嚙まれて、さらにゾンビが増える一方だ。阿鼻叫喚の地獄絵図。


「うそ……嘘でしょ?」


「ゾンビになりたいならここにいろ。あたしは銀貨のいるAクラスに行く!」


そういって金貨が走り出し、ドア前をふさいでいるゾンビを一撃で切り捨てる。そのゾンビに襲われかかっていた男子生徒が「ありがとう」と感謝すると、金貨は「礼はいらねー!」とかカッコイイことを言いながら勢いよく廊下に飛び出した。


玉川には何もわからない。金貨と銀貨という、ずっとこの学校に在籍していた……わけではなく、今日転校してきたばかりの彼女たちが異質な存在であることと、ここに突っ立っていたらもれなく死ぬということしかわからない。


「私が勉強していたのは死ぬためじゃない! 理想の大人になりたくて努力していたんだ!」


赤白黄色の花びらがまるでパーティーの紙吹雪のように舞う中で、玉川は腹の底から叫んだ。


「みんな! Aクラスに行くわよ!」


そうクラスの生き残りに声をかけると、生徒会長・玉川学は「Aクラスへ!」と何度も叫びながら廊下を走る。

生き残るには金貨と銀貨が鍵だ! そう確信めいたものを抱えてあとを追いかける。


金貨が走ったあとには斬り倒されたゾンビたちが転がり、菊の花びらが湧き出ている。

玉川が走ることで花の絨毯は舞い上がり、彼女を祝福するかのようだ。その中をがむしゃらに走りつつ、玉川は頭のどこかで思う。

――お誕生日会みたい。


少し笑った。




つづく

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