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花のお江戸に乙女が降臨

雲のたなびく青い空。

風に舞う、うす桃色のはなびら。

そう、春である。




「おもてをあげーい!」


ここは日本。

桜舞う風流なお江戸のお奉行所にて声が響く。


真っ白な小石を敷き詰めたお白洲(しらす)にはいかにも悪人でーすと言わんばかりの罪人が7人もクソみたいな顔して座っていた。なぜか全身ボロボロである。


彼らの正面には公事場(くじば)と呼ばれる座敷があった。地面より一段高く作られている木のステージは罪人たちを見下ろすように作られていて、役人たちがさも神妙そうに座っている。


その中央、この場でいっとう偉いお奉行様が声を張り上げた。


「……よって、裁きを申し渡す! 此度の日本橋は大店(おおだな)の夜間窃盗について、お前たちには」

「死罪!」

「死罪よね!」

「うむ、100両もの窃盗ゆえ死罪を……待て待て今のは誰の声だ?」


クソみたいな罪人たちと神妙な役人たち。彼らが声の出どころを探してキョロキョロ辺りを見回すと、公事場の屋根の上に2人の人影が。


窃盗団の首領が立ち上がる。


「あ! お前たちはあの時の!」

「とうっ!」

「やだわ、置いてかないでよ金貨ちゃん」


金貨と呼ばれた1人の女子高生が、お奉行様と罪人たちの間に降り立った。


江戸時代に女子高生がいるわけねーだろふざけんなと思うだろうが、マジで女子高生としか言いようのない乙女がそこにいる。赤く染めた髪にセーラー服。金色のスカジャンがギラついて、腰には一本の刀をさしている。


全員に緊張が走り、お奉行様が問う。


「ええい珍妙な乙女よ、貴様! 何者だ!」


「あたしの名前は赤金可憐(あかがねかれん)! 通称、金貨さまだ! そんで屋根の上にいるのが銀貨!」


それを聞いて役人たちも、なんだなんだとお白洲に降りてきて屋根を見上げる。


銀貨と呼ばれた乙女はくるんとカールした黒髪で、白のフリルとレースでフリフリに飾られたスミレ色のドレスをまとっていた。


これまたフリフリレースの日傘をさして「眩しいこと」と空を見上げて独りごちてから、下々(しもじも)の者たちに向き直り、


「私の名前は銀乃薫子(ぎんのかおるこ)、銀貨というのよ。ねえ、どなたかおろしてくださらない?」


とほほえんだ。


バカがよお前、花のお江戸にロリータガールがいるわけねえだろと思うだろうが、いるのだここに。


お奉行様たちはポカンとしたが、反比例するように窃盗団は殺気だった。


「くそ! こんのわけのわからねえ女ども! お前らのせいで捕まっちまったじゃねえか!」


そう、実は彼らを捕まえたのはこの女子高生2人組だった。


正確には、盗みがうまくいってホクホクしてアジトの廃寺に戻ったら、2人が待ち構えていたのだ。

そんで散々ボッコボコにされて転がってたところを、遅れてやってきた役人たちが捕まえたというわけ。

2人は役人と顔を合わせる前にスタコラサッサと退散したのだが、なぜかこうしてまた参上したのだった。


金貨がいやーな笑みを浮かべて言う。


「よう大将、いいざまだな。死罪だとよ、あんたこのまま首跳ねられてもいいのかい?」

「てめえ何が言いてえ……?」

「うはは」


その瞬間、カチャリ、と冷たい響きがしたかと思えば、瞬く間に金貨が刀を抜いて1歩、2歩、3歩、と歩きながら罪人たちの縄を切った。居合! 神業である。


「このまま死んで満足か!? 剣を取れ! あがいてあがいてあがいて死ね! おい銀貨!」


言われた銀貨は「嫌だわ私に命令だなんて」と全然気にしてない顔で言いながら、用意していたいくつもの刀を下々へ投げてやった。


これには流石に首領も戸惑いをかくせない。


「……てめえら、バカなのか?」

「バカにきまってんだろ! バカじゃなかったらこんなことしねえ! 大将、あんたはどうなんだ? バカだからバカやってここにいるんじゃねえのか? このまま死んで満足か? ……なあ!」

「上等だ!」


悪党らしく迷いなく剣を抜き斬りかかるが金貨のほうが早い!

音無き音がしたあとに、ごんっと首領の首が落ちる。


血は流れず血の代わりに舞うは真っ赤な桜。

ここはお江戸、粋と人情の街だから血よりも桜が似合うのだ。


血桜の花吹雪に手下どもの心も狂気に酔う。


「おかしら!」

「ちくしょお!」

「やっちまえ!」


叫びと共に罪人たちが剣を抜いて飛びかかり、裁きを下す清き奉行所は戦場と化した。


キンと刀が鳴る音に、男たちの叫び声、舞うは乙女の殺気なり。


役人たちはようやく事態を飲み込むが、目の前の火の如き人間たちは止まらず燃え盛る。


「大変だー!」


遠くから下っぱ役人が駆け寄ってきてお奉行様に報告する。


「不信な男が罪人どもの牢の鍵を開けやがったんです!」

「なんだと!?」

「異人風でっ! 肌が浅黒くてっ! ……あっ、逃げた奴らがこちらに来ます!」


なんとまあ、厳重に閉じ込めておいたはずの罪人どもが武装して駆けてくるではないか。

これにはお奉行様も身震いしたが、街の治安を守るのが己の役目だ。ビビって芋を引いてる奴にお奉行なんざ務まらねえ!


「皆の者! 戦じゃあぁぁぁ!」


そう叫んで先陣切って敵に向かう。


こうして窃盗団たちに加えて、体長3メートルはあろうかという1人称「おで」の大男やら、駿馬(しゅんめ)に乗った朱塗りの立派な鎧武者やら、謎の忍者軍団も現れた。


当然現場は大混乱。


「ぎゃーははは、バカが増えやがった!」と金貨は大喜び。

お役人たちは、いったいどういうことなの? これは現実? と嘆きつつも大立ち回りを繰り広げるのだった。


あっちもこっちもザクザクと、切った張ったで桜が咲いては散る。

お奉行所の血の花見は見ごろを迎えるのだった。




「うーん、壮観だねえ。マウント・フジも相まって、まさに日本のワビサビだ」

「あら、来てたのニャル様」


相変わらず屋根の上にいた銀貨は、なぜか1人の忍者にお茶くみをさせながらのんびりお花見だんごをモグモグしている。


「やあ銀貨、隣失礼するよ」


そう言って当たり前のように腰を下ろしたのは、アラブ風の優雅な衣装に身を包み、肌は艶やかに浅黒くて髪は宇宙のようにきらめく漆黒。


老若男女国籍宗教問わず魅了する邪神、這い寄る混沌ニャルラトホテプだった。もちろんどちゃくそイケメンだ、そうと相場が決まっている。


なげーのでニャル様呼びされてる邪神は、お盆に天ぷら、徳利(とっくり)、おちょこを乗せていて、彼もまたお花見を決め込むつもりらしい。


海老天をサクサク食べながら、


「金貨はしぶといねえ、あっちにこっちにいろんな世界に飛ばしてるけど、まっこと死にやしない、ごっくん」


そして、おちょこをクイッと傾けた。


「あら今頃気が付いたの? 金貨ちゃんはしぶといのよ。もちろん私もね」


2人の視線の先では丁度、金貨が1人称「おで」の大男の心臓を見事に貫いたところだ。


「ずいぶんとご趣味のよろしいこと。あの敵たちはあなたの差し金?」

「おや酷いな、せっかくいろんなところから()()()()()武装させたのに。お姫様はお気に召さなかったかい?」


銀貨がニャル様を見つめてほほえみ、ニャル様も銀貨を見つめてほほえむ。


「モグモグ……おほほ」

「サクサク……うふふ」


一瞬バチッと火花が散ったのを忍者は見逃さなかったが、口に出したら殺されそうなので言わない。


「やあ忍者くん、私にもお酌をしてもらえるかい?」


そう蠱惑的な笑みを向けられれば断れる者などいないので、「はいヨロコンデー!」と忍者は酒をついだ。




こうして、ロリータガールと邪神に見守られて花見はますます盛りを迎えた。

金属のぶつかる音に罵詈雑言に、悲鳴があがって、あがって、あがって……段々と静かになってきて、


南無(なむ)さんッ!」


という乙女の声を最後に、とうとうお奉行所は静かになった。


桜は散り吹雪はやみ、役人たちと、そして金貨が背中を向けてまっすぐに立っている。

金貨はくるりと振り返り、ニャル様をまっすぐに見つめた。


「派手なもてなしありがとさん、満足したかよ神さんよ?」

「やあ素晴らしいダンスだったよ金貨! でも私はまだまだ満足できないんだ。まだまだまだまだ――死ぬまで踊ってくれるね?」


ニャルラトホテプが指をパチンとはじくと、金貨と銀貨の体が内から輝くように発光する。


「金貨ちゃん!」

「銀貨!」


銀貨は迷わず屋根から飛び降りて、走り寄ってきた金貨ががっしり抱きとめる。


そうして辺りが猛烈な閃光に包まれたかと思うと――


「……珍妙な乙女たちはどこへ行った?」


お奉行様があまりの眩しさに目をつむり、次にまぶたを開いた時には、そこにはもう、2人の乙女も暗黒の邪神もいなかった。




――このお話は、金貨と銀貨、2人の乙女がすべてをめちゃくちゃにする物語である。




つづく


初めまして、お読みいただきありがとうございます。


仕事や勉強でクタクタになった金曜の夜に、ビールやコーラを飲みながら頭空っぽにして読める話を書きたいと思い執筆しました。


応援をいただけると大変はげみになります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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