水路での任務:1
警備隊本部に戻ると、さっそく対策本部がたてられた。
水路に出現したヒル型魔物の討伐隊を組む必要があるからだ。
「幸い、場所は水路でしたので空気を使用した白魔術で探知を行うことができました。」
そう話すのは副隊長のボンド・レリス。
白魔術とは神の実りである自然物を利用した魔術である。
今回は蝙蝠などがもつとされる能力、<音の反射で周囲の状況を把握する>するというものを白魔術で再現した。
他にも炎と水を利用して巨大な構造物を動かすなどすることができる。
今や、その白魔術が都市のインフラを支えていると言っていい。
「探知の結果、あの奥に潜んでる怪物の数は47……どういう条件であれだけの数が発生したのかは把握できませんでした。」
ボンド・レリスはやれやれと言った様子で首を横に振る。
「怪物が突如大量発生したということは黒魔術によるものでしょうか?」
そう意見するのは、本来昼の警邏をする当番だったエドモンド・ルマノ。
彼はまだ入隊して日が浅く、都市の警邏が主な仕事だ。
彼のいう黒魔術は悪魔との契約や取引によって超常的な現象を起こす手法である。
例えば、白魔術で爆裂魔術を行うのであれば、炎の粉などの儀式に使う道具を揃えるところから始める。
しかし、黒魔術は悪魔の招来に儀式を行うものの、契約を契ってしまえば、瞬時に爆裂魔術を使うチカラを持つことができる。
勿論、そのようなチカラを授かるのだ、受け取るチカラの大きさだけ契約も大掛かりなものになるし、その際の代償も大きくなる。
「そうは考えにくい。」
そう意見したのは現場を実際に見てきたドラド・リドル。
現場検証や偵察が得意な警備隊員だ、都市に来る前はレンジャーをしていたという。
「今回、隊長のおかげで発見できただけで、前々から少数が入り込み、増殖していった可能性の方が高い、なんたって水路だ………エドモンドも水路まで入って警邏していたわけじゃないだろ?」
エドモンドは頷く。
「そうですね……いえ、大量発生という言葉だけで考えてしまいました。」
「無理もないよエドモンド、急に都市内に怪物が自然発生していたなんて聞いたら、誰だって何者かの仕業だと思うだろうさ……彼女の件の時みたいにね。」
そう言いながらボンドは壁際の床で大人しく座っている今回の功労者に目を向ける。
「ほんと、よく臭いで見つけられたよね、感服だ。」
ボンドの賞賛を得て、その怪物は照れくさそうな顔をする。
「いやぁ、その、とんでもないです…えへへ。」
まるで獣にそのまま人間の顔を貼り付けたかのような不気味な造形をした元少女。
先日起きた【神隠し事件】の唯一の生存者だ。
「確かに驚きですよねー、警邏に活用できたらものすごく便利だ。」
エドモンドも嫌味なく評価する。
実際、日頃から警邏にあたっている者達にしたらその実用性は推して知るものなのだろう。
「その話は後でいい、今問題なのは、47体はいるあの怪物達をどう処理するかだ。」
話が脱線しかけたのを戻したのは勿論警備隊隊長エレノア・ヴァルセルク。
「あの狭い通路と滑りやすい不安定な足場……あれで天井や壁を自在に動き回るような怪物と対峙するのはかなり骨だぞ……?」
ドラドもその意見に賛同する。
「奴ら、あの見た目で結構素早かった…本気で動いたら犬並みの速さは出せるんじゃないか?」
想像して気持ち悪くなったであろうルカが顔を顰める。
ドラドは何か勘違いしたのか
「おっと、すまないね…お仲間を悪く言うつもりはなくてよ。」
と無頓着なことを言ってきた。
「なっ………!?馬鹿にしないでください!私は怪物なんかじゃ………!」
声を荒らげるルカ・オルテガ。
普通の人からすれば【ルカ】も【他の怪物】も一緒くたに【怪物】であろう。
自分だってこんな身になるまではそうだった。
怪物は人間を好んで襲ってくる人類の敵だ。
敵意か、恐怖しか向けなかった。
でも、だからこそ許せない言葉であった。
しかし、ドラドは面食らった顔をしただけである。
エドモンドも同じだ。
彼らは【神隠し事件】の突入隊にいたわけではない。
この場であの場にいたのはエレノアと…
「やめてくれ、ドラド…彼女は元々人間なんだ。」
こう発言したボンドだけだ。
「え!?そうなんですか???!人が怪物に!?そんなことがあり得るんですか!??」
エドモンドが驚愕する。
人間が怪物になるなど【神隠し事件】以外聞いたことがない。
そのことを考えるとあの事件の犯人はとんでもない新魔術を組み上げたことになるのだろう。
狂人と天才は紙一重ということだ。
「世の中には黒魔術で悪魔と契約し、触れたもの全てを金に変えた者もいたという、最もそいつは最後に自身も金になってしまったがな。」
だから人間が別の何かになってしまうこと自体の前例はあるとエレノアは言いたいのだろうが、ルカの場合は〈金になった状態でありながら意識や視界がはっきりしている〉と言うことに他ならないのである。
ドラドはゾッとしながら謝罪する。
「悪いな……俺はてっきりただ珍しい怪物が発見されただけだとばかり……」
「いえ、ごめんなさい…私もカッとなってしまいました……。」
すっかり気まずい雰囲気になってしまった対策本部でボンドだけが表情を変えた。
「お仲間………そうか、お仲間か…………!」
エドモンドが慌てて遮る。
「ちょっと、やめなさいって言ったの副隊長じゃないですか!」
しかし、ボンドは思いついたことを皆に伝える。
「怪物は好んで人間を襲うけど、動物は捕食する際にしか襲わない……ましてや同じ怪物なら見た目に差異があっても互いに殺し合ったり、喰らいあったりしていない!」
そう、この世界に跋扈する怪物達は別種のように見えても互いに争わない。
キラーラビットとワーウルフが同じ縄張り内に生息していたりする。
これも、怪物は皆怪物という考えを定着させている要因だったりする。
「つまり、彼女にあのヒル型の怪物達の中枢まで行ってもらい、放電魔術の元を設置してもらえば………あの濡れた身体だ、一網打尽にできますよ!」
ボンドはそう言い放つ。
「なるほど、我々は電気を通さない装備を着用、もしくは地上からルカが戻ってくるのを待ち、設置したのを確認したならば魔術を発動させればいいわけか。」
エレノアもいい案だと頷く。
ドラドもエドモンドもその手があったか!というような表情をしていた。
ただ一匹を除いて………
「まっ………まま待って!!それってその……私があの中を一人で歩かなきゃいけないってことですよね………!?」
ルカが青ざめた顔でおずおずと質問する。
「勿論だ、我々が近づいたらあの密集状態がとけかねない……そうなると一網打尽にはできないからな。」
エレノアが肯定する。
ルカはあのブヨブヨグロネチョ生物の中を自分が歩いていくところを想像し、血の気が引いた。
「無理……無理無理無理!!あの中を進むなんてっ!怪物なら他にも使役した怪物とかいたりするんですよね!?それこそあの水路でゴブリンを使役してる商隊もいるって話してたじゃないですか!」
その言葉に意を唱えたのはボンドだった。
「ゴブリンを使役している商隊というのは確かにいますが……無理ですね、たしかにゴブリンは怪物の中では知能の高いほうでしょう、しかし今回のような魔道具を設置するような複雑な命令を理解できるほどではありません……知っての通り、怪物たちは総じて知能が高くはないのです……人並みの知能がある怪物というのはあなた以外例がありません。」
だからこそ【人並みの知能を持った怪物を作って生物兵器に転用する】といった目的を持ったあの狂人が出来上がったと言えるだろう。
ボンドの言葉にエレノアも続く。
「わかってくれルカ、その分今回やり遂げればお前を警備隊に置くという私の意見に反対する者はいなくなるだろう、確実に処分されなくて済む。」
「うう………でも………」
なおしぶるルカに剛を煮やしたのか
「それに本来使役した怪物は命令に背けないんだぞルカ、やれと言われたらやれ。」
ときっぱり言い放った。
「うう………わかりましたよ……………」
ルカは渋々承諾するしかなくなった。
魔術系のことでは簡単にいうと化学反応などの恩恵を白魔術と捉えています。
その他よくあるファンタジーでの魔術を黒魔術と捉えてもらえればわかりやすいです。