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異形の檻  作者: koenig
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有用性:2

二人は暗闇の中を進んでいく……


「ルカ、なんで立って歩いているんだ。」


マンホールのなかに降りてからいつの間にかルカ・オルテガは二足歩行に戻っていた。


「だってここ四足で歩いたら顔に水ついちゃうじゃないですか!ここ生活用水も流れてるんですよね!?」


そうだった。

探知犬はこういう場面でも気にせずにいるが、ルカ・オルテガの精神は人間……普通に嫌だろう。

自分だってこの水に顔を近づけるのはごめん被る。


「いまだって素足からくるこのぬちゃぬちゃした感触を我慢してるのにぃ」


「これは失念していたな…謝る、しかしここから先は水流でさらに足場が悪いぞ?大丈夫なのか?」


ここは外で見た河と直結している。

足を奪われたら最後、全身がずぶぬれになってしまうが……


「か……壁を伝いながら歩きます……」


ルカの表情は青ざめている。


(これはまた時間がかかりそうだな……)


エレノアはため息をつきながら歩を進める。


「ま…待ってください!エレノアさんが歩くとバランスが……わぷっ」


バシャりと大きな音がこだまする。

どうやら濡れる心配はもういらなそうだ。



「うぅ……私の服……もうこれしかないのに………」


ルカはずっと泣き言を言っている。この水路を歩き始めてからずっとだ………


「毛にもいっぱい染み込んじゃってるし………これ臭いおちるかな…………足とかずっとつけっぱなしだし……」


まぁ、こんな時あの全身毛むくじゃらの身体が哀れに思わないこともない。

実際、哀れだ。


「そう気を落とすな、帰ったら真っ先に体を洗わせてやる。」


気休めのつもりでそう答えたが……


「身体を洗わせてやるってあの冷たい水しか出ない外の水道ですよね!?うぅ……シャワーぐらい浴びたい………」


現在、ルカ・オルテガは使役した怪物扱いのため、馬などを繋いでいる獣舍の一角に繋いでいる。

そのため、洗身もその近くの水道で済まさせている。


「あそこ普通に人くるから気が気じゃなくて嫌なんですよ……どうにかなりませんか………?」


「だから私も一緒に居てやっているだろう、無茶言わないでくれ。」


気持ちはわかる。

理不尽だとも思う。

だが、すでにルカを助けるために無茶な打診をしているのだ。

今は命が助かっているだけでも良しとしてもらいたい……。


「そら、別れ道だぞ…どっちからその鉄くさい臭いがするんだ?」


しばらく歩いていると左右に分かれた場所に出る。

今は仕事に集中してもらおう。

働いていれば余計なことは考えずに済むだろう。


「それが……この水の臭いのせいで鼻が馬鹿になってて……」


「な………それじゃどっちかわからんというのか??」


ここまできて何もありませんでしたでは流石にまずいだろう。


「いや、その……わからないわけではないですけど……自信がないというか……かなり曖昧になってしまうと言いますか………………多分右だと思います……。」


本当に大丈夫なのだろうか?心配になるが、今はルカの鼻を信じるしかない。

そう思いながらルカの言った通りに水路を進む。

水路を進む間、静寂が周りを支配する。

足を踏み出す時の水音以外なにも聞こえない。


「そういえばお前は生まれは何処なんだ?」


エレノアはなんとなしに話題をする。

被害者登録をしようとルカ・オルテガを住民票で調べてみたが、ごく最近この城塞都市ウォーラデミントンに越してきたことしかわからなかった。


「え………あ…私、片田舎の小さな村から先週引っ越してきたばかりなんですよ、10人程度の小さな村で………」


ルカがぽつりぽつりと話しだす。


「そうか、田舎暮らしが嫌で都市に出てきたのか?」


実際、そういう夢を膨らませて上京してくる若者たちは多い。


「いえ、都会の暮らしに憧れがなかったなんて言ったら嘘になりますけど、故郷での暮らしも好きでした。」


ルカの言葉に偽りはないように思えた。


「では何故だ?」


そう、なぜ好きな故郷を離れたしまったのか…身も蓋もない話しだが、城塞都市にこなければあんな事件には巻き込まれなかったかもしれない。


「私の家、まだ小さな弟妹がいるんですよ…だから少しでもいいお仕事について父さんの助けになればと思って………公務員試験を受けて…………やっと……………うがっだ………のにぃ…………」


ルカは途端に泣き始めてしまった。

しきりに「ごめんなさい」という言葉を呟いている。

やっと親孝行ができる。

そう思った矢先に事件に巻き込まれ、人権を失い、今や給与どころか自分の身も危うい状況………。


(なんで聞いてしまったんだろうな……)


ますますエレノアは罪悪感を募らせる……。

エレノアには所謂親という者がいない。

まだ子供だった頃に袂を分けてしまった。

不謹慎な話しだが、そんなに慕える親がいるというのも羨ましく思う。


「そうか………悪かった……………だが今はまず仕事を終わらせて、警備隊に置いておけるということを示さなければな……」


身勝手な話しだがそれしかこの子に道はない。

おそらくこの先、もっと辛い目に遭うだろう。

迫害や差別も多いだろう。

実際、使役した怪物に難色を示す人物達は数多くいる。前に例を挙げた商隊護衛のゴブリン達も腹いせの八つ当たりをうけることは珍しくない。

だが、本人が生きたいというのだ。

今はそれを手助けしてやることがエレノアのできる唯一の償いかもしれない。


「ずびばぜん………わだじば大丈夫でずがら……」


顔面をぐちゃぐちゃにしながら言われても些か説得力に欠けるが、座り込まれるよりマシだろう。


「とっとと終わらせてしまおう。」


またしばらく歩くと少し広い場所に出た。

するとそこには目を疑うような光景が広がっていた。

通路の先にいる数多くの蠢く影………。

目を凝らして見てみると、それは人間大の大きなヒルの怪物たちだった………。

挿絵(By みてみん)

「うええぇぇぇ!!??何なんですかあれっっ!!!」


ルカが我慢できずに声を漏らす。


「しっ!静かにっ!いまは一旦下がるぞ!」


一人と一匹は静かに元来た道へと下がっていく。

しばらく戻ったあたりでエレノアが呟く。


「ここまでくれば大丈夫だろう、幸い…目も耳も悪そうな奴らだった………」


しかし城塞都市の内部にあれだけの量の怪物がいるとは由々しき事態だ………もしこのことに気付かずにいたらと思うとゾッとする………


「お手柄だったぞルカ、これなら貢献度としては申し分ない」


ルカがいれば目に見えなかった脅威を見つけやすくなる。

それだけでもいい使役理由になるだろう。

しかし、ルカは顔を上げない。


「ルカ?どうした?」


エレノアは心配になるが……


「すみません……あの………腰が抜けちゃって………歩けません………」


半べそになったルカが青ざめた顔で苦笑いしながらへたり込む……。


「はぁ……ルカ、歩け。』


エレノアが操者の水晶(そうしゃのすいしょう)を使って命ずる。

すると、途端にルカの身体は起き上がり………


「わっ……すみません………」


四つ足の状態で歩き始めた。


「ちょっ!いや!待ってください!!わぷっ!顔に水がっ!!!」


どうやらこの身体はこの姿勢が普通らしいと改めて実感する。


『ルカ、二足歩行しろ』


そういうと、やっとルカは二本の足で立ち上がった。


「うぅ………ありがとうございます……。」


もう顔面はびしょびしょだから今更な感じがするが……

とはいえ、早くこのことを持ち帰り、討伐計画を立てなければ………

ふと、エレノアは嫌なことを思いついてしまった。


「ルカ………」


「はい?」


「お前、あの怪物をくっつけられなくてよかったな………」


ルカはゾワワと身震いした。


「そ………そんなこと言わないでくださいよ!!!想像しちゃったじゃないですか!!!」


ルカはまた泣きべそをかきながらエレノアに抗議する。


(悪いなルカ………私もその想像は自分の中だけで消化できそうになかったんだ……)

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