姉弟
「エリザベート・ディ・フロイセン!貴女との婚約を破棄する!」
王太子、ウィルヘルム・ディ・ウォラノス=ヴァルセルクが貴族学院内ホールでそう言い放ったのがエレノア・ヴァルセルクの耳に入ったのは魔術塔での検査から四日後のことであった。
____遡ること四日前。
ルカ・オルテガは久々の温かい部屋でのひと時を楽しんでいた。
検査の後、エレノアが手続きを進めてくれたおかげでエレノアが出勤している最中は執務室に使っている部屋に、エレノアが帰る際はエレノアの家に滞在することが許されたのだ。
無論自由にしていいわけではない。
執務室でも家でも首輪で繋がれているし、街中を連れられる際はマズルガードをつけられる。
それでもあの寒い獣舎で過ごすよりはマシだ。
「少し残念なのはルドルフさんと話す機会が減ったことかなぁ」
この身体になって始めてのお隣さん、絶望していた時期に話し相手になってくれて愚痴を聞いてくれた恩馬。
「引っ越しの時も快く送り出してくれたし、感謝してもしきれないなぁ。」
次に会うとしたら遠出するときくらいだろうし、しばらく会えそうにない。
そう思いながら執務室の床で寝そべっていると、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる。
ルカにはその足音に聞き覚えがあった。
「エドモンドさん一体何を慌ててるんだろう。」
ドタドタと近づいてくる気配が増すたびに荒々しい息遣いが聞こえる。
そうやら相当焦っているようだ。
「エレノアさんはいますか!?」
ノックもせず勢いよくドアを開けると開口一番に言い放つ。
しかしエドモンドは床で寝そべる怪物の姿以外、何物の姿も捉えることができなかったのだ。
「オルテガちゃん!エレノアさんがどこに行ったか知ってる!?」
ひどく慌てた様子のエドモンドの問いかけにルカは首を横に振る。
実際ルカにはエレノアがどこに出かけたのか見当もつかない。
行動するときにいちいち何処に行ってくるなんてルカに言うわけがない。
「困ったな……一体どこに行ったんだろう。」
「あの、ひどく狼狽しているようですけど一体どうしたんですか?」
困りきっている様子を見るに堪えず、事情を聴きに行ってしまう。
一目で厄介ごとだとわかるのに
「エレノアさんにこの手紙を届けないといけないんだよ」
エドモンドの手には封書が見て取れる。
「でしたら私預かってますよ?しばらくしたら戻ってくると思いますし……」
「そうもいっていられないんだよ大至急、今すぐ見てもらわないと……」
ルカはいまいちピンとこず、首をかしげてしまう。
手紙であるならば届くまでに時間がかかるものなのだから、多少読む時間が遅れても何も問題ないのでは?と考えてしまうからだ。
「手紙ですよね?大丈夫ですよ、たとえ今日一日読むの遅れてもお返し返すのも誤差ですって、それに今日も一緒に帰るんですから明日に持ち越すことにもならないですよ」
ルカは懇切丁寧に説明する。
しかしエドモンドからの返答は驚愕するものであった。
「それがただの手紙ならね……」
エドモンドの顔色に焦りが増していく
「この書状はね、王城からの召還命令なんだよ!」
「えぇぇぇええっ!」
ルカ・オルテガは驚きすぎて立ち上がってしまう。
王城からの呼び出しとあらば早く準備して出向かねば不敬に当たってしまう。
「いっ……いつまでなんですか!いつまで行けばいいんですかソレ!」
「早馬で知らせに来た王城の方が警備隊庁舎前で待ってる!」
「すごい急ぎじゃないですかソレ!」
「だからそうだって言ってるでしょ!?」
二人してアワアワと慌て始める。
こういう時に限って上司とはいないものである。
「そ、そうだ!私がエレノアさんの匂いを嗅いで見つけ出すのはどうでしょう!」
「ば……!勝手にキミを連れ出せるわけにはいかないでしょう!?」
他者が管理している怪物を勝手に持ち出すのは重罪だ、窃盗面からしても安全面からしても。
「大丈夫ですって!私書類見ましたけど厳密には城塞都市警備隊所属エレノア・ヴァルセルク付き使役獣なので警備隊の所属でもあるはずですし、エレノアさんには見つけてから許可とればいいんですよ!それより打てる行為があったのに何もせずに王様を待たせたらそれこそ問題でしょ!」
エドモンドは渋い表情をしてうなり始める。
実際、入隊して日の浅いエドモンドにはかなりの難題であるのだ。
「わ……わかりました!お願いしますよ!必ず隊長を見つけてくださいね!」
「任せてください!ほら、もたもたしてる暇ないですよ!」
ルカのリードをつかむと一人と一匹は勢いよく走り出した。
城塞都市魔術省にエレノア・ヴァルセルクの姿があった。
ルカ・オルテガの血液検査の結果が出たとのことで受取に来たのだ。
「早かったな。」
エレノアは結果を受け取りながらロジーニに軽口をたたく。
「勿論さ、この僕を誰だと思っているんだい?」
軽口を軽口で返すロジーニ、そのままの口で検査の結果を説明する。
「とても目を見張る結果だったよ、魔力の異様なブレだけどね僕は最初魔力を持たない一般の人が無理やり後付けの魔力媒体である怪物をくっつけられたことによる淀みかなと思っていたんだが違うようなんだよ。これはまさに薄氷の上に成り立った奇跡としか言いようがないね!」
ロジーニはひどく興奮している様子だ。
この人物は魔術の発展と自身の知識欲が満たされていくとこのように話が終わるまで止まらなくなる。
「バランスだよ!バランス!これは縫い合わせた怪物の種類と部位がいい仕事をしたとしか言いようがないね!少しでも均衡が崩れていたら報告に会ったほかの被験者たちと同じように知性など持ち合わせてなかっただろう!こればかりはトライアンドエラーの賜物だね!ねぇ!次こそはアレを解剖しても構わないかな!?」
いうなればルカは偶然の産物だということだろう、余計にあの日あの時彼女を囮に使ったことが悔やまれてしまう。
「いいわけがないだろう馬鹿が、さっさと仕事に戻ったらどうだ?」
そういい残してエレノアは魔術省をあとにする。
馬鹿がは少し言い過ぎたろうか。
そう思いながら帰路についていると、眼前から怒涛の勢いで走ってくる二つの影が見える。
エドモンド・ルマノとルカ・オルテガだ。
「どうした二人とも」
「ど……どした……も…こしたも…これ……しょじょ………」
二人はともにゼーゼーと息を切らしている。
走ってくる様を見ても相当焦ってきたのであろうことが容易に想像できる。
(急ぎの書状か……)
エレノアは嫌な予感を覚える。
こういう差出物にはいい思い出がない、それはあそこにいた時から変わらない。
「……っ!あの馬鹿!」
エレノアは思わず口に出していた。
ロジーニにしてもアイツにしてもやはりあの手の奴にはきっぱり口に出さないと伝わらない。
「ルカ、走るぞ!急いで王城に向かわねば!」
「ちょ……ちょとまって……少し…休ませて………」
『走ってついてこい!』
「ひぃぃぃぃっ!」
ルカの棒になった四肢が再び稼働を開始する。
それは悲鳴を上げようとも停止することはなく、警備隊庁舎に着くころには全身がガクガクに震えていた。




