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99/104

99・魔竜と魔王の戦いとなります

 ヴォルドレッドがミアを攫い、一週間ほど経った頃――

 フェンゼルには、少しずつ混乱が這い寄っていた。

 ミアの力で瘴気の発生源は全て浄化され、もうこの国において、魔獣の凶暴化はおさまったはずだった。


 なのにここ数日、各地で魔獣が暴れ回っているとの報告が相次いでいる。魔獣討伐騎士団が民に被害を出さぬよう食い止めているが、激しい戦闘により騎士達は消耗していた。王宮に保管されていたミア特製の回復薬で死傷者は出ていないものの、今後どうなるかはわからない。


「保管されていたミア様の回復薬を、各地の騎士団に回すように。それから、回復士達に、早急に回復薬を量産するよう通達せよ。魔術師団は魔法施設に待機し、援護が必要な地域にすぐ転移できるよう備えておいてくれ」


 フェンゼル王宮にて、リースゼルグは可能なかぎり民に被害を出さぬよう、対応を急いでいた。


 臣下に命令を下し、国王の執務室にて、各地から次々に送られてくる報告書を読んでいると――窓の外から、コンコンとノックのような音がした。視線をやれば、そこには小さな魔竜であるリューの姿が。


「魔竜さん、どうしました」

「この国の王であるお前には、一応報告しておいてやろうと思ってな。ミアは、遠い地で騎士と幸せに暮らしていたぞ」

「そうですか。突然いなくなられたので、また何か事件に巻き込まれたのかと御身を案じておりましたが。幸せそうなのであれば何よりです」


 穏やかな表情を変えぬリースゼルグに、リューは首を傾げる。


「聖女に泣きつかないのか。助けてくれ、と」

「ミア様の身が危険なら助けに参りますが、そうではないなら、泣きつくなどという真似はいたしませんよ」

「あの聖女は芯は強いが、結局は優しい女だ。泣いて縋れば、助けに来てくれるかもしれないぞ」

「ミア様がいらっしゃらなくても民を守るのが、私の役目です」


 かつてこの国には絶望が蔓延していた。希望を捨ててはならないと自分を律していても、明るい未来を想像することは難しかった。国は瘴気に蝕まれ、各地で魔獣が暴れ、人々は魔獣被害による怪我や呪いで、常に苦しみを抱えていた。


(この国に蔓延する闇を打ち破ってくださったのは、聖女――ミア様だ)


 彼女がフェンゼルに召喚されてから、この国は見違えるほど良くなった。


 治らない呪いに苦しんでいた人々が治癒され、健やかになった。

 瘴気で淀んでいた森が浄化され、緑豊かな美しい森となった。

 暴虐の王に支配されていた人々が解放され、笑顔が溢れた。


 絶望が蔓延していたあのフェンゼルがここまで変わったなど、夢のようだと思う。もう支配に怯えず自由に過ごせる人々の笑顔を見るたび、今でも胸が震え、涙が込み上げそうになる。


 だが――この国は、これからも「聖女様の力」に縋り続けてゆくのだろうか?

 ――そんなことには、させない。


 ミア様が、自分の意思で行うのはいい。だが、周りがそれを当然のことと思ってはならない。


「どれだけすごい力をお持ちであっても、ミア様も人の子なのです。……私は、誰より優しいあの御方に、聖女ではなく一人の人間として、幸せであってほしいと願っています」


 そう告げると、魔竜がにやりと口元を歪める。


「フェンゼルの王よ。お前はミアのことが好きなのか?」

「ええ、好きですよ」


 さらりと答えると、魔竜はつまらなさそうに息を落とした。


「もう少し慌てろ。可愛げのない奴め」

「はは。一国の王に可愛げなど不要ですから」


 そもそも、「好きなのか?」という質問は、友愛や親愛としてだって受け取れる。焦るような問いではない。


(もっとも――恋愛としての意味でも、間違いではないけれど)


 ……最初は、感謝だった。まるで呪縛のようにこの身に刻まれていた傷痕を消し、ノアウィールの森を浄化してくださった彼女に、忠誠を誓った。爵位剥奪された自分が、騎士などを名乗るのはおこがましい。だが、たとえ使用人でも召使いでもなんでもいい。少しでもミア様のお役に立ち、恩をお返ししたい、と思っていたのだ。


 まさか王になるよう提案されるなど予想外だったが、彼女から、この国の王に相応しいと思ってもらえたのは、これ以上なく栄誉なことだった。フェンゼルの王を王座から引きずり下して新たな王になるなど、夢物語のようだとは思ったものの――ミア様がいれば、可能な気がした。それほど、彼女という存在は希望の光だったのだ。


 ミア様が前国王に一人で立ち向かい、王を捕らえるというお考えを聞いたときは、なんて無茶なと思った。同行を願い出たが拒まれ、御身を案じていたが……彼女はやり遂げた。前王を捕らえ、国民達の前に引きずり出し、民達の投票によって私は本当にこの国の王となった。……ミア様がいなければ、このような奇跡は起きなかっただろう。


 自分の進みたい道へとまっすぐ駆け抜けてゆく彼女は、どこまでも清々しい。

 だけど彼女は、自分のやりたいことをやりながらも、周りを犠牲にするようなことはない。とても、心優しい人だ。

 気付けば、そんな彼女から目が離せなくなっていた。

 ミア様が「やりたいこと」に向かって突き進んでゆく姿を、お傍で眺めていたいと思った。……叶うことならその隣を並んで歩きたい、と思ったことが、一度もないとは言わない。


 自分は元公爵として、女性達に秋波を送られたこともあるし、過去には婚約者もいた。自分が爵位剥奪されたとき掌を返すようにして捨てられたが、当然のことだと思うので別に恨んでいない。追放される自分についてきてくれなどと言うつもりはなかったし、そもそも婚約は家同士が決めたことであり、お互いに恋愛感情はなかった。あのときはあのときで、自分にできるせいいっぱいのことをしたのだ。後悔はない。


 ……いずれにせよ。ミア様は、今まで出会ってきたどんな女性とも違った。

 彼女は自分に、あらゆるものをもたらしてくれた。

 では、自分は彼女に何かできているだろうか?


 メイ様の件で、真相水晶を届けたりしたことはある。それでも、彼女が自分やこの国のためにしてくれたことと比べたら、取るに足りぬものだ。


 ――ミア様とヴォルドレッドが、何故突然姿を消したのか、詳細まではわからない。

 だが、わかることもある。

 フェンゼルの民は、「聖女様」という存在を神格化し、彼女が人間であるという意識が薄れているように感じる。


 聖女様なら、どんな問題が起きてもどうにかしてくれる。いつだって我々を良き方向へ導いてくださる――そんな期待は、彼女にとっては重荷でしかないだろうに。


(ミア様。私は、あなたの幸福や平穏を崩したくない。たとえこの国が危機に陥ろうとも、あなたに望まぬ力を使わせはしない)


 そんなことを考えていると、外から扉がノックされた。入室許可の返事をすると、書類の束を抱えた文官が二人ほど入ってくる。


「陛下、また魔獣被害の報告書が届きました」

「そうか、置いておいてくれ」

「ここ最近の被害は、一体どうしたというのでしょう。こんなときに、聖女様がいてくださったら……」


 嘆息する文官に、鋭い視線を向ける。


「そうやって、常に聖女様のお力ばかりに縋って、彼女の厚意に寄生するように生きてゆくつもりか?」


 私の言葉によって、文官はピシリと背筋を伸ばす。


「い、いえ……そのようなことは」

「聖女様は、我々の望みをなんでも叶えてくださる魔法の道具ではない。今は我々にできることに力を尽くし、民を守ることを考えるべきだ」

「はい……おっしゃる通りでございます。申し訳ございません」

「お待ちください、陛下」


 そこで、もう一人の文官が口を開いた。


「民を守ることを考えればこそ、一刻も早く聖女様を探し出すべきです。聖女様のお力の代わりになるものなど、ないのですから。陛下は聖女様に肩入れしすぎではありませんか」


 前国王の時代であれば、文官が国王にこのような口出しをすれば、不敬だと処罰されていただろう。だが自分は、臣下に自由な発言を認めている。国のための意見であれば、異なる意見でも積極的に交わすべきだからだ。


「ミア様の自由とフェンゼルの民を天秤にかけること自体が無意味なことだ。どちらも尊重すべきことであり、どちらも犠牲にしてはならない。……それにどの道、聖女様お一人に頼るようなことを続けていれば、この国は長く存続することはできない」

「それは……その通りですね。失礼いたしました、陛下」

「いや、私への発言自体は自由だ。意見が否定されたからといって、恐縮して口をつぐむことを望んでいるわけではない。……実際、ミア様のお力は大きい。縋りたくなってしまう気持ちは、仕方のないことなのかもしれない。――だが、忘れてはならないのだ。彼女は一人の人間であるにもかかわらず、今まで善意でこの国を支えてくださった。いつまでも彼女に頼りきり、全て任せるようなことをしてはならない」

「……はい。それは胸に刻んでおきます」


 書類を置いて、文官達が出てゆく。

 それを見送った後、あらためて魔竜と向き合った。


「それで、魔竜さん」

「なんだ?」

「あなたが本来の力を取り戻すには、何が必要ですか?」

「ほう……驚いた。魔王軍を撃退するために、我の力を欲するか?」

「あなたは、ユーガルディアで恐れられてきた伝説の魔竜でしょう。今はそのように可愛らしいお姿ですが、本来の力を取り戻せば、魔王軍にも対抗できるのでは?」

「ふむ。確かに魔王軍との対決というのは、非常に愉しそうではあるが……」


 黄金の瞳が、ぎらりと光る。今は小さな身体でも、自分より何百倍も長い間を生きている魔竜なのだと、あらためて教えられるようで……その迫力に息が震えそうになる。


 だが、目を逸らすことはしないし、逃げ出すこともしない。ミア様は、この魔竜が本来の力を持ち、巨大な姿をしている状態で、魔竜と戦ったのだ。……彼女だって、少しも怖くなかったわけではないだろうに。


「フェンゼルの王よ。お前は、我が本来の力を取り戻すことが恐ろしくないのか? 魔王軍との対決に異論はないが、我がフェンゼルの民に牙を剥かないと信じられるのか?」


 魔竜はこちらに顔を近付けたまま、試すように私に問う。


 ミア様は前フェンゼル国王と戦い、この国を変えてくださった。

 ミア様は魔竜を戦い、隣国の人々を守ってくださった。

 ミア様にとっては国を守ることが目的ではなかったのだとしても。結果的に、自分含め大勢の人々が彼女に救われたのは、紛れもない事実で。


 ――だからこそ自分も、彼女のように自分の意志を貫きたい。

 私の「やりたいこと」は、ミア様も、この国の民達も守ることだ。


(……この魔竜のことを、「信じる」と口にするだけなら簡単だが)


 魔竜は上辺だけの嘘など、見透かしてしまうのだろうと思った。

 だからこそ、あえて本音を口にすることにした。


「魔竜さん。私は、あなたをを信じるとは言えません」

「ほう」

「ですが、あなたの主であるミア様のことは信じています」

「……ふむ」

「あなたはミア様に、もう罪のない人々に危害をくわえないと誓ったのでしょう。あなたがその誓いを破るとは思えません」

「なるほど……な」


 にこり、と。こんな状況だからこそ、笑みを浮かべる。恐れや怯えなど、王が顔に出していいものではないから。


「私達は、ミア様をお慕いする、同志ではありませんか。信じ合うことはできなくても、手を組むことはできると思いますが?」


 ミア様のことが好きだ。

 だが、この想いは一生明かさない。明かす必要がないからだ。

 想いを秘め、胸の中で燃やしながら、この国を守る力とする。

 それが、私が王として彼女のためにできることなのだ。


「なかなかいい目をするではないか、フェンゼルの王よ。……面白い、魔王軍と戦ってやろうではないか。お前のためではなく、フェンゼルの民のためでもなく、ミアのためだがな」


 魔竜はバサリと翼を広げ、今の小さな姿には似つかわしくない、低い声で告げる。


「魔王の生贄になるはずだった娘……フローザを呼んでくるがいい。なに、別にとって食おうというわけではないさ。我の力を少しでも取り戻すため、あの娘の魔力を使うだけだ」


 そう言って、魔竜はにっと口の端を上げた。


「今の我では、さすがに魔王を倒すことはできないが……時間稼ぎくらいはしてやろう」



 ◇ ◇ ◇



●リューSIDE


 空は、よく晴れている。嵐の前の静けさ、という言葉が相応しいほどに穏やかさだ。

 平穏が崩れるのは一瞬である、と思い知らせるように。青く静かな空に、不穏な「点」が生じる。


 黒い点は瞬く間に広がり、巨大な黒い穴と化していった。

 そこから姿を現したのは――燃え盛る炎のような赤髪の男だ。

 我は、奴に語りかける。


「退いた方がいいぞ、魔王よ」

「貴様は、魔竜か……その様子だと、本来の力は失っているようだが?」

「そうだな。多少は回復したが、これでもまた、完全体であるとは到底言えん」


 フローザの魔力を使うことで、普段のミニドラゴンではない、巨大な魔竜としての姿を取り戻すことはできた。だが、使える魔力には限度がある。本来は使えるはずのブレスなども、今は使用が限られてしまう。


「魔王よ、おとなしく魔界へ帰れ。人間に迷惑をかけるな」

「……どの口が言っている? 貴様がそんなことを言ったところで、何の説得力もない」

「はは、まったくその通りだ! 我が言うような台詞ではないが、それでも我は言うぞ!」


 笑いながらも、目で相手を威圧する。


「――退くがいい、魔王よ。我は不死だ。たとえ今ここで倒したところで、数百年もすれば、今度こそ本来の力を取り戻す。そのとき我は、魔族どもを滅ぼすかもしれんぞ。だがお前が人間達に手出ししないと誓うのであれば、我も魔族に手出しはしないと誓ってやろう」

「……魔竜。貴様は、人間の味方につくような者ではないと思っていたがな」

「なに、運命の女と出会ってしまっただけさ。もっとも、その女の心は騎士のものだから、我の片思いだがな」

「運命の女だと? ……戯言を」

「戯言などではないさ。我は、あの聖女を気に入ったのだ」


 その言葉を、魔王は鼻で笑った。


「人間を気に入ったなど、笑わせる。魔竜としての矜持はないのか」

「我も以前は、人間など我の玩具でしかないと思っていた。だが、あの聖女と共にいて、思った。人間というのは、存外面白いものだ」

「愚かな竜だ。いずれにせよ、貴様の言うことを聞く気はない」

「そうか。退く気がないのであれば、仕方がないな。……戦うとするか、この世界の命運をかけて」


 戦闘の合図のように、バサリと翼を広げる。

 しかし魔王は、鼻で笑うだけで、戦闘態勢には入らなかった。

 その代わり、魔王の背後の黒い渦……魔界の(ゲート)から、幾千もの魔獣が舞い降りて――


「今の貴様など、俺様の手を下す価値もない。俺様の手下ども――魔王軍の魔獣兵どもが相手をする。……さて、今の状態の貴様がどのくらい持つかな、魔竜よ」

読んでくださってありがとうございます!

明日の更新ではミアが動き出します!

そしてそして、明日は書籍の発売日です!

書き下ろしなども頑張りましたので、何卒よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
王様いい男だなー
国王も魔竜も聖女を攫ったあの犯人とちがい、同担拒否の類でなくて助かったぜ。。
フローザも結局自力じゃなんにもしてないし、魔竜だって主人公ありきだし、これで主人公が動き出すんでしょ?今回のことが終わっても消耗品(主人公)使い切ったらこの国も終わりだね
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