98・あなただけを、想っています(ヴォルドレッド視点)
ミア様に救われてから、何もかもが変わった。
ミア様と出会った日――私が生死の境を彷徨っていた、あの日。長い間従属の呪いによって支配されていた私を、ミア様が解放してくださった。もはや人生を諦めていたというのに、彼女によって自由と希望を与えられたのだ。
闇の底にいた私に、光が射し込むように。
あの日から私の世界は変わり、彼女のおかげで私は、愛しさという感情を知った。
ミア様のおかげで、私は本当に幸せで溢れ――
……だけど。他者を憎悪することは、増えた。
それまで私にとって殺すという行為は、王族に命令を下されて行うことだった。主に魔獣の退治であり、稀に暗殺でもあった。
横暴で残酷な命令ばかり下し、自分を縛りつけるフェンゼルの前王や王女を殺してしまいたいと思ったことは、何度もあった。……だけどそれは、ミア様に解放された瞬間、どうでもいいことへと成り下がった。王族達への復讐よりも、ミア様との時間を過ごすことの方が、私にとって大切だったからだ。
過去への嘆きは消え去り、この胸はミア様への想いで満たされた。
だがミア様を愛しく思えば思うほど、周囲への憎悪が増してゆき、斬り捨ててしまいたいと思う。
彼女に危害をくわえる人間が許せない。
彼女を悲しませる人間が許せない。
――それだけであればまだ、彼女を守ろうとする行動として、理解を得られたかもしれない。だが、それだけではない。
彼女に愛される人間が許せない。
彼女に近付く人間が許せない。
彼女の瞳に映る人間が許せない。
ミア様のお傍にいるのも、瞳に映るのも、私だけでいい。
私からミア様を奪おうとする者がいれば、消し去ってしまいたい。もし実際にそういった輩を殺害したとして、私は何も感じないだろう。ミア様の元恋人のことなど、今でも、あのとき葬っておけばよかったと思っている。
ミア様に愛されて、私は確かに幸福なのに。それでもこんな考えばかりを抱いてしまう自分は、人として欠落しているのだろう。
それでも――
「……ヴォルドレッド? どうしたの。なんだかさっきから、ずっとこっちを見ているけど」
先日のことだ。二人で暮らしている館での、朝食の最中。ミア様がそう言った。
ちなみにこの日の朝食は、パンケーキにミア様のお好きな苺のジャムを添え、飲み物は紅茶を用意した。美味しそうにパンケーキを食べるミア様はとても可愛らしい。
「あなたのことが愛しくて仕方がないので、眺めずにはいられないだけです」
「まったく。あなたはまた、そういう激重発言を……」
ミア様は呆れたように言いながらも、小さくクスクスと笑っている。
いつも愛を示しているので、ミア様にも私の想い自体は、届いているはずだが。
それでも、この気持ちは百分の一ほども伝わっていないと思う。
私は、あなたが想像しているよりも更にずっと、いつだってあなただけを見て、あなただけのことを考えている。他の物事など、何も入る余地もないほどに。
「…………」
じっと見つめていると、ミア様もこちらに視線を向けてくださる。
その目元は、微かに赤くなっていた。
「ミア様?」
「あー……その。私、あんまり上手く、言葉では伝えられないけど」
ごにょごにょと小さな声で、それでも彼女は、言葉を贈ってくれる。
「私も……あなたのこと、好きだからね」
「――――」
胸が温かい。いや、熱い。身体が脈打ち、自分に血が通っていることを実感する。
彼女と出会うまで、こんなふうに命を自覚することなどなかった。
生きている実感も、生きる喜びも、全て、彼女がくれたものだ。
「ちょ、ちょっと。いつも恥ずかしいことばかり口走るのに、こんなときだけ無言にならないでよ。……ふ、普段あまりこういうこと言えないから、思いきって言ってみたのに……っ」
「……失礼しました。あまりにも……嬉しくて」
「な……」
「本当に……ありがとうございます。ミア様」
私はミア様以外の人間が傷つこうが命を散らそうが、何の感情も湧かない。
それでも、ミア様が怒っていれば私も怒りが湧くし、ミア様が笑っていてくだされば、私も嬉しくなる。
長い間従属の呪いに支配され、凍り付いていた心も。
ミア様といるときだけは、人の心を取り戻せる気がした。
(失いたくない。……あなたの命も、あなたの笑顔も)
――人々に「聖女」として求められ、見捨てることができず応じ続けて、使い潰されてゆくあなたを見たくない。そんなことには、絶対にさせない。
魔王と戦うなんていう危険なことを、何故、彼女が背負わされなければならないのか。
本来はフェンゼルの国王や魔竜と戦うことだって、彼女がやらなければならないことではなかった。この世界の人間の問題だったのだから。
これ以上、危険や脅威に巻き込まれないでほしい。……あなたがただ穏やかに暮らせるよう、このままずっと隠してしまいたい。
確かに私は、「聖女」であるあなたに救われたけれど。
私が愛したのは「聖女」ではなく、誰より優しく、強いのに脆い、「ミア」という一人の人間なのだ。
私の想いは決して綺麗なものでも、純粋なものでもないだろう。
それでも、誰よりあなたを愛している。
世界の平和などよりも、民の笑顔などよりも。
私はただ、あなたのことだけが大切なのだ。
読んでくださってありがとうございます!
明日の更新ではフェンゼルに魔王が襲来します!
この物語はハッピーエンドですので、引き続きよろしくお願いいたしますー!