95・新展開へのフラグとなります
ジュリアさんのことを信用していないわけではないが、彼女は今まで私と関係のなかった他人だし、一方の証言だけを鵜呑みにするのは危険だ。そのため男爵家のことは、王宮の文官さん達にちゃんと調べてもらった。すると、過去に他の使用人も、理不尽な理由で何人も解雇されていたことが発覚した。
「男爵、そして夫人。あなたは、使用人のジュリアさんに無理矢理男女の関係を迫り、彼女に産ませた子を、自分と夫人の子だと偽ろうとしていた。それをジュリアさんに断られたら解雇した。更には社交界に彼女の悪い噂を流し、再就職の道を塞いだ。……彼女のことだけではありません。あなたが今まで様々な悪事を働いてきたことを、私は知っています」
他の貴族達は、書類に目を通してザワザワしている。
だが、驚きは少ないようだった。むしろ「やっぱりな」という納得感が滲んでいる。
それだけのことをしてきた人達なのだ。外面だけよくしていたって、日常生活のどこかで、素行の悪さなどのボロは出るものである。
「お言葉ですが、聖女様。使用人など、貴族の道具です。使い捨てて何が悪いというのでしょう」
「前提から間違っています。使用人は道具ではなく、同じ人間です。彼女の意思を無視して尊厳を傷つけようとしたことも、彼女が再就職できないよう嘘の噂を流したことも、非常に悪質です」
「だからって、こんな私の名誉を傷つけるような真似をすることはないでしょう!? あなたは陰湿です!」
「あなただって、ジュリアさんの名誉を傷つけたでしょう。別に私が善人だなんて言うつもりはないけれど、あなたは人のことをどうこう言えるような人間かしら?」
「そ、そんな……!」
男爵と夫人がどれだけ「自分は悪くない」と言い訳しようとしても、周囲には多くの貴族達がおり、彼らが男爵達に向ける目は冷たい。逃げ道などないと悟った男爵と夫人は、がっくりと項垂れた。
そうして、ザワースト男爵は爵位剥奪となり……。彼には、真来にかけた呪いに似た、「妻以外の人間とそういうコトが一切できなくなる呪い」の制裁を与えたのだった――
◇ ◇ ◇
「聖女様は、本当にすごい」
フローザの件と、ジュリアさんの件は、その場にいた生徒達や貴族達を通して、瞬く間に市井に噂がひろまってしまった。
聖女様は悪に染まってしまった者に制裁を与え、善良な者に優しく寄り添う……そんなストーリーになっているらしい。
(別に、そんないいものではないと思うけど……)
学園にいた頃の、ヴォルドレッドの「認識阻害」の魔道具を用いて、今日は彼と二人、聖女とバレない状態で街を見て回っていた。
すると、街のあちこちから、「聖女様」に関する噂話が聞こえてくる。
「聖女様は本当にすごいなあ、数々の問題を、バンバン解決してくださって! 聖女様がいてくださるかぎり、フェンゼルは安泰だな!」
「しかし……そんな呑気に構えていていいのか? 近いうちに、魔王が現れる予兆があるとの話だが」
「はは、きっと大丈夫さ。聖女様なら、魔王だってなんとかしてくださるだろう!」
「それもそうか。なんたって、聖女様は本当にすごいお力を持ちだしな」
「そうだ、何があっても、きっと聖女様が解決してくださるさ!」
そんな中、隣を歩くヴォルドレッドの瞳には、どことなく光がない気がした。
「…………」
「ヴォルドレッド、どうかした?」
「……いいえ、なんでもありません」
(そうは言っても、様子がおかしい気がする。疲れているのかしら?)
彼になんて声をかけるべきか、考えていたところで――
(あ……!)
前方で、女の子が店の立て看板を倒してしまい、怪我をしてしまったのを見つける。
今日は休暇であり、ヴォルドレッドとのんびり街を見て回る予定で、聖女としての力を使う気はなかったのだけど……。
(あんな小さな子が痛い思いをしているのを見過ごすのは、嫌だわ)
私は認識阻害の魔道具を外し、その子に近付く。
わざわざ魔道具を外したのは、子どもと接するなら、素性を明らかにしたほうがいいと思ったからだ。まだ幼い子に、「知らない人に声をかけられて、いい思いをさせてもらう」という成功体験を与えるのは、危険な一面もあるし。
「大丈夫よ。今、治すからね」
「せいじょさま……!」
聖女の力を使うと、怪我は一瞬で治った。泣いていた子どもは、ぱあっと笑顔になる。
「ありがとーございます!」
「どういたしまして。もう、危ないことしちゃ駄目よ」
「うん!」
すると、認識阻害の効果がなくなったため、周囲の人々が私の存在に気付き、わっと押し寄せる。
「ミア様だ! ミア様がいらっしゃったぞ!」
「ミア様! ご相談があるのですが……横暴な貴族がいて、皆困り果てているのです。どうしたらいいものかと……」
「私はどうしたら店が繁盛するのか、是非、ミア様の斬新なアイディアをいただきたいと……。いえ、アイディアなどなくとも、ミア様に宣伝していただければ、人気店になること間違いなしだと思うのですが」
「え……ええと」
皆が一斉に、私に解決してほしい悩みを話し出すが、私は万能お悩み解決箱ではない。それに、矢継ぎ早に皆から話されても混乱してしまう。特に知り合いというわけではない人々だし……。
「貴様ら」
そこでヴォルドレッドが、私の周囲に寄ってきた人々に殺気を向ける。
「ミア様に気安く近付くな」
「も、申し訳ございません!」
人々は途端に青ざめ、すーっと退いてゆく。
「ミア様は本日休暇中だ。普段貴様らのような民のために力を尽くしてくださっているからこそ、本日はゆっくり羽根を伸ばしていただく。ミア様の大切なお時間を邪魔する者は、私が許さない」
「ええと……そういうわけで、今日は行きますね。それでは」
ヴォルドレッドの気迫に押されてか、皆さんは食い下がることなく、頭を下げていた。
正直、複雑な気持ちだ。気さくに接してもらえるのはともかく、行き過ぎると困ってしまうし、塩梅が難しい。
「それにしても、ヴォルドレッド。学園生活にも付き合ってくれて、今日もこうして守ってくれて……いろいろとありがとう」
「私が、自ら望んで行っていることです。……ミア様が自分のやりたいことを貫いているように、私も私のしたいことをしています。あなたの傍で、あなたの力になりたい、ということを」
「ええ。そう言ってもらえるのが、嬉しいわ」
押し付けのような好意であれば疲れてしまうけれど、ヴォルドレッドはなんだかんだいって、私のことを考えてくれている。だから一緒にいて心地いいのだ。
「でもここのところ、本当にいろいろあって、疲れることも多かったし。少し二人でゆっくりするのもいいかもね」
「それは……とても素敵ですね。是非、そうしたいものです」
(休暇をとって、旅行に行ったりとか……たまにはそういうのもいいかもね。隣国のユーガルディアに行ったことはあるけど、あれは休暇ではなかったし……)
この世界に来てから、聖女として働いたり、魔竜を倒したり、今回は学園の問題ごとを解決したり……。なんだかんだいって、いつも結構忙しい。たまにはのんびりしたってバチは当たるまい。
「ヴォルドレッド、あなたにはいつもお世話になっているから。あなたも、私に何か望むことがあったら言ってね」
ヤンデレ的な男だから、たまにぶっとんだことを言い出す人だし、全てに応えられるわけではないかもしれない。それでも、ヴォルドレッドの望むことなら、なるべく叶えたいと思う。
「……ええ。ご心配なさらずとも、ミア様のように、私も自分の望みは叶えますよ。……どんな手を使ってでも」
「ふふ。あなたがそんなふうに言うと、なんだか少し怖いけれど」
ヴォルドレッドはいつも、真顔で冗談めいたことを言う。それはなんだかんだいって私の緊張を解してくれたりもするし……この台詞も、ただの冗談だと思っていた。
このときは、まだ。
◇ ◇ ◇
「……ん」
ある日……目が覚めると、知らない天井が目に入った。
(え!? また、誰かと身体が入れ替わった……!?)
王宮のでも、アレンテリア魔法学園の寮でもない天井。完全に、見知らぬ場なのだが――
「おはようございます、ミア様」
「あれ、ヴォルドレッド……?」
フローザの身体に入ったときとは違い、ヴォルドレッドが傍にいた。
彼は私を見つめ、優美に、幸福に浸るように微笑んでいる。
なんだろう。彼はとても幸せそうなんだけど、なんだか不穏な感じがする。
「ヴォルドレッド、一体どういうこと……あれ?」
起き上がろうとしたけれど、身体が上手く動かない。
よく見ると、私の身体が魔道具で拘束されていることに気付く。
そんな私を見つめ、彼はうっとりと夢を見るように微笑んで――
「あなたを攫わせていただきました。これからはずっと、誰の邪魔も入らない、私とあなたの二人きりで暮らしましょう。……永遠に、ね」





