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93・レストランを開店します

 学園での件が落ち着き、自分の身体に戻った私は、本来の日常を取り戻していった。


 まだ魔王の問題は解決していないので、その点については考える必要があるけれど。王国魔法官さん達が調査しても魔王の居場所を掴めないので、もう少し時間がかかりそうだ。なので一旦、魔王についての調査などはリースゼルグ達に任せて――


 今日は、ヴォルドレッドと共にとある場所に訪れている。


「わあ、内装も素敵ね」

「さすがはミア様の発案した事業です」


 ここはフェンゼル王都の中央街に、新しく建った店。

 以前から進めていた事業の一つ、レストランである。

 なにせ、以前メイちゃんがこの世界に来たとき持っていたお米や大豆のおかげで、この世界でも日本食が食べられるようになったのだ。

 

 この国の優秀な料理人さんにさまざまなレシピを渡し、醤油や味噌などの材料も提供したうえで、試作を重ねてもらっていた。今日は、その試食会である。


 給仕さんが私達の前に、料理を運んできてくれた。温かい湯気の立ち上る白いご飯に、お味噌汁、肉じゃが、焼き魚に卵焼きにお漬物。この世界に来たとき懐かしくて仕方がなかった、まさに日本食!


「んん~っ、美味しい! 懐かしい味がするわ」

「ミア様がお作りになったものには劣りますが、悪くはないですね」


 私とヴォルドレッドで食事を楽しみ、試食会にやって来た他の人々も、初めて食べる料理に驚き、笑顔になっていた。なお私達は箸を使っているけど、慣れない人には難しいと思うので、周りの人達はフォークやスプーンを使用していたりもする。


「美味しいです! このような料理は初めて食べました……!」

「なんだか心が落ち着くような……温かい気持ちになる料理ですね」

「それに、これまでの塩や胡椒とも違う味わいだ。この『醤油』も『味噌』もなんて斬新な調味料なんだ! これは流行すること間違いないぞ!」


 日本食を始めて食べる人達にも、大好評だった。自分の生まれ故郷の料理が美味しいと受け入れてもらえるのは、なんだか嬉しい。


「本当に、とても美味しいです。この味なら、たちまち大行列……いえ、予約で満席になるでしょう。当分空席などできないかと」


 店主を務めてもらうことになる男性が、そう言った。私はオーナーのようなものとはいえ、聖女の仕事もあるためこの店に常駐するわけではなく、基本的には彼に任せることになる。


「ふむ。空席ができないのはいいことだけど、なるべく多くの人に食べてもらいたいから、それはそれで気になるわね。店内に入れない人には、お持ち帰り用のものを包んであげたりしたらどうかしら」

「しかし、これらはサンドイッチのように手軽に持ち帰ることはできないのでは?」

「容器を用意して、お弁当にしてもいいと思います。ただ、そうですね。もっと簡単なものなら……」


 私は調理場に入らせてもらい、お米が入っていた鍋を明け、とあるものを作っていく。海苔がないのが残念だけど、余っていた小魚などを具として入れてお米を握る。


「これ、おにぎりって言うんです。食べてみてください」

「米を握ることによって、手で持って食べられるようになるのですか!?」

「なんと斬新な……!」


 人々は、初めての食べ方にドキドキしている様子で、おにぎりを口に運んだ。

 

「なんと……! この食べ方も、とてもいいですね!」

「片手でも食べられるし、昼食などにぴったりだ!」

「気に入っていただけてよかったです。これなら作るのも簡単だし、中の具材をいろいろ変えれば、飽きることもないですから」

「さすがです、聖女様!」


 皆さん美味しそうにおにぎりを頬張りながら、目をキラキラさせる。


(おにぎりを作っただけで、ここまで感動されるとは……)


 だが、この国の人々はおにぎりどころか、お米さえ初めて知ったのだ。未知の料理に対する反応だと思えば、そう大袈裟なものでもないだろう。


 そんなふうに、皆で楽しくおにぎりを食べていたのだけど――


(……ん?)


 表のほうが何やら騒がしいことに気付く。

 気になって見に行くと、見張りの騎士さんが、誰かと話しているようだった。


「何かあったんですか?」

「あ、聖女様。いえ実は、先程から周囲をふらついている、怪しい者がいましたので……」


 怪しい者といっても、服装が汚れているだけで、普通の女性に見える。一見して、邪気は感じない。


「す、すみません。お腹が空いていて……こちらからいい匂いがしたものですから、つい……」


 女性は二十代くらいで、身なりはお世辞にも綺麗とは言えない。だから盗みを疑われたのかもしれないけれど……本当にただ困窮しているのだろうと思う。念のため無詠唱で能力鑑定してみたけど、危険な攻撃能力などは持っていない。


「別にこの人、何か盗んだりしたわけではないのですよね?」

「はい、それはしていません」

「なら、罪人でもないわけですし。……お腹が減っているんですよね? よかったら、食べていきますか?」


 私がそう言うと、女性は目を丸くして驚いていた。


「よ……よろしいのですか?」

「ええ。今、試食会をしていたところですから。どうせならたくさんの人に食べてもらって、意見を聞きたいですし。あなた、お名前は?」

「ジュリアと申します。ありがとうございます、聖女様……!」


 ジュリアさんは深いお辞儀をする。身なりは綺麗ではないけれど、口調や仕草はとても丁寧だ。以前は、どこかのお屋敷に勤めていたとかだろうか?


 よほどお腹が減っていたのだろう。彼女はお味噌汁や肉じゃがのいい匂いを嗅いだだけで、ぱあっと瞳を輝かせていた。そして、お味噌汁を口にすると……。


「おいしい……! とても斬新なスープですね!」

「お口に合ってよかったです」

「魚でダシをとっているのですね。この色味をつけているものは存じませんが、ほどよく塩味があって……。具に、茸や芋を入れても美味しそうですね!」

「ありがとうございます。すぐそうやってわかるなんて、ジュリアさん、舌がいいんですね」

「いえ、そんな……。美味しいものや、料理が好きなだけです」

「あの、あなたの事情を聞いてもいいでしょうか? もちろん、話したくなければ構わないですけど」

「いえ、話したくないというわけではないのですが……。以前お屋敷で、使用人として働いていたんです。ですが、追い出されてしまって……」

「追い出された? ……酷い雇い主だったのですか?」

「そう、ですね……。……理不尽だったな、と思います」


 ジュリアさんはそこで、過去のことを思い出すように目を伏せる。その顔は青白く、肩は微かに震えていた。


(……何か、深刻な事情があるのかも)


 そう察した私は、人払いをして、私とジュリアさんの二人きりになった。その方が、彼女が話しやすいだろうと考えたからだ。


 ジュリアさんは最初戸惑っていた様子だけど、少しずつ事情を打ち明けてくれた。


「ある日、お屋敷の旦那様に触れられて、口付けを迫られて……。抵抗していたそのとき、奥様に見つかって……」

「まさか、あなたは被害者なのに、不貞を疑われたということですか?」

「いえ、そういうわけではなく……」

「え?」

「……旦那様と奥様は、家柄などの条件のみによる政略結婚で、そこに愛はありませんでした。ですので奥様は、『使用人なんだから、主人の相手もよろしくね』と……私に、旦那様の相手をするよう言ったのです」

「な……」


 あまりの事情に愕然とする。……あまりにも、最低すぎる。


「旦那様と奥様は、家柄の釣り合いで結婚したものの、お互いの容姿が好みではないと、夫婦の営みはしていらっしゃらなかったようで……。旦那様には愛人がいらっしゃったのですが、愛人様の瞳や髪色は、奥様とは全く違います。私と奥様は、目の色や髪の色が似ています。ですから旦那様も奥様も、私に子どもを産ませて、それを奥様の子どもだと偽る計画を立てていたようです……」

「……とんでもない外道、鬼畜ね」


 愛のない相手と、家柄の問題で結婚しなければならなかったという点だけは、同情にも値するが……。それ以外のことが最低すぎて、庇う価値がない。ただ使用人として働いていた女性に、同意なく夜の営みをさせようだなんて、吐き気がする。


(使用人という身で、立場の強い主人からそんなことをされそうになって……すごく、すごく、怖かっただろうな……)


「普通の使用人の求人であり、私には、そのような事情は説明されていませんでした。ですが、私に身寄りがないのをいいことに、最初からその目的で私を雇ったようです。結局私が抵抗し、旦那様を蹴ってしまったため、こんな暴力女では利用できそうにないと、解雇されることになりましたが……。私が何か言う前にと、先手を打って社交界に『主人に暴力をふるった使用人』として噂を流され、私は再就職もままならず……今は、その日の食事にも困るありさまです」


 想像以上の理不尽さに絶句する。……思わず怒りで震えてしまうほどだった。


「最低……本当に、心底最低な雇い主です。その貴族の名前を教えていただけますか」

「いえ、その……」

「遠慮する必要はありません。拒否しているにもかかわらず関係を迫って、しかもその責任を押し付けて解雇なんて、外道にもほどがあります。放置しておいたら別の被害者が出るかもしれませんしね」

「なるほど……。聖女様を巻き込んでしまうようで、口にするべきではないかと思ったのですが……別の被害者が出るかもしれないというのは、その通りですね。わかりました、お伝えいたします」


 相手は貴族だ。今まで、報復が怖いとか、そもそも身分として自分の主張は信じてもらえないとか、事情があったのだろう。だが、そんな理不尽に黙って我慢しなければならないなんて、間違っている。ジュリアさんは勇気を出すように、最低貴族の名を口にしてくれた。


「話してくれてありがとうございます。その貴族には、必ず罰を与えます。二度とそんなことができなくなるような罰を」

「ありがとうございます、聖女様。私としても、私と同じような目に遭う人が増えるのは、防ぎたいので……」

「ええ、これ以上被害者が出るのは必ず防ぎます。……ところで、それとは別に、ジュリアさん」

「はい?」

「よかったら、このお店で働いてみませんか?」

「――え!?」

読んでくださってありがとうございます!

次回は「夜会でのざまぁになります」、明日の夕方~夜くらいに更新予定です!

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― 新着の感想 ―
次回が夜会ということはフローザ苛めの令嬢の家ではないのか…
舌がいいなら戦力になるね
新たな幕開け! 前回は激甘を途中で抑えられた控えめスイーツでしたが、今日は和食レストラン! 今日もゴチになります!
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