92・元の身体に戻ったから……甘い時間を過ごせます
フローザと別れた後、私は街外れの公園のような場所で、ヴォルドレッドと二人きりになった。
もうさっきのような、大きな打ち上げ花火は上がっていない。代わりに、やはり聖女の力で作った小さな花火――線香花火のようなものを、彼と二人で楽しんでいる。
「さすがは、ミア様のお力です。このようなものは初めて見ました」
「原理は違うけど、元の世界に似たようなものがあってね。『線香花火』っていうの。綺麗よね」
「はい、美しいです。ミア様のほうがもっとお美しいですが」
「まさか『この夜景より君のほうが綺麗だよ』みたいなベタなことを、素で言う人がいるとはびっくりだわ」
「おっしゃっていることがよくわかりませんが、私は思ったことを言ったまでです。……ですが、そうですね。あらためて考えると……少し恥ずかしいかもしれません」
(ヴォルドレッドにも一応、羞恥心はあったのか……)
「ミア様を他の何かと比較するなど、失礼でした。自分が恥ずかしいです。あなたは他の何かと比べることすら恐れ多い、唯一無二の存在。世界にたった一つの、私の光なのですから」
「さっきより更に恥ずかしいことを言っているわよ!?」
「あなたを賛美すること自体は、何も恥ずかしくありませんから。事実を述べているだけですので」
(よくそんな台詞を、堂々と言えるわよね……)
言われるこっちが恥ずかしくて、ムズムズしてしまう。
「……いずれにせよ、ミア様は今回も素晴らしかったです。あのフローザという娘は、ミア様と出会わなければ、最悪の事態になっていたかもしれません。……あなたはまた一人、この世界の人間を救ったのです」
「……そう、かな」
「まあ、ミア様の身体と時間をあれほど奪うなど、私としてはあの娘に文句の一つでも言いたいところではあったのですが」
「その一言がなければ、いい話で終われたのに」
「本人の前では、空気を読んで抑えましたよ。ミア様のご気分を害するのは本意ではありませんし」
「結局、今言ってるけどね」
「……最近、ミア様はあの娘のことばかり考えていましたから。ただの嫉妬です、お気になさらず」
「嫉妬なんだ……」
パチパチと淡い光を放ちながら揺れる線香花火を見つめながら、ヴォルドレッドはぽつりと呟く。
「ですがそれを抜きにすれば、あの娘が救われたことは、よかったとは思いますよ」
仄かな光に照らされる横顔――目を伏せた彼は、美しい。私も思わず、花火より彼に見惚れてしまいそうになるくらいには。
「……理不尽に他者に支配される痛み自体は、理解できますから」
彼は、従属の呪いに縛られていたときのことを思い出すように、言った。
「もっとも、私はミア様以外の人間のことなどどうでもいいので、今後は誰がどうなろうが知ったことではないですが」
「……ふ」
「どうしました? ミア様」
「いえ。あなたって、照れ屋よね」
「……そうでしょうか? 初めて言われました」
「まあ、わかりやすいツンデレとかじゃないけど。いい話になったら、そうやって茶化すじゃない」
「どこぞの偽勇者のように、善人を自称するつもりはありませんから」
私達は、ひねくれている。綺麗でロマンチックな会話は似合わないけど、こういうやりとりが私達らしいと思うし……私は、彼とのこういう時間が、好きだ。
「それに、私にとって最も大切なのはミア様だというのは、事実です。本当なら他の誰も、あなたに近づけたくありません。老若男女を問わず、ミア様に近寄る者は警戒の対象です」
「そんな誰でも彼でも敵視しなくても……」
「私にとっては、ミア様以外の、世界中の全員が敵のようなものです」
「規模が大きすぎるわ……」
クスクスと小さく笑っていると、音もなく、花火が落ちた。
さっきまでより暗くなった中で、あらためて彼の瞳を見て……告げる。
「……嫉妬なんて、する必要ないのに」
「……ミア様?」
「い、いや。してくれるのは嬉しいけど。でも私のこ……恋人は、あなただけなんだから……」
言いながら、ヴォルドレッドの裾の服を小さくつまむ。
彼はかすかに目を見開いて、私を見つめていた。
「フローザの身体だったときは、触れ合うわけにはいかなかったから……。で、でも、もう身体は元に戻ったし……た、たまには私達だって、恋人らしいことをしてもいいと思――、っ!」
最後まで伝える前に、もう、抱きしめられていた。
(ドキドキ、する……)
同時に、安心できる。彼に抱きしめられるのは好きだ。体温が心地いいし、本当に大切なものを抱きしめるように……まるで壊れやすい硝子細工にでも触れるように、繊細に触れてくれるから。
(……大事にされているって、伝わってくる)
「……あなたは本当に可愛いことをおっしゃいますね。私を誘惑するのがお上手だ」
「ゆっ……誘惑とか、そんなつもりじゃ……」
「では、自覚を持ってください。あなたの言葉も、表情も、視線の一つすら……全てが私の心を乱しているのだと」
頬に手を滑らされ、至近距離で紫の瞳と視線が重なる。彼の瞳の奥には、これまで見たこともないような激しい熱が宿っている気がした。
(キス、される……?)
そう思い、ぎゅっと目を閉じた瞬間――
「せーじょさま!」
「!!」
近くから、小さな子の声が聞こえてきた。
「せーじょさま、さっきのお空の綺麗なキラキラ、せーじょさまのお力なんだよね!? すっごいすっごいきれいだった!」
女の子は、目をキラキラさせて私に近付いてくる。
(キスの直前で人が来ておあずけとか、なんてお約束な……!)
まるで少女漫画のようだ。これもまた異世界パワーなのか。
とはいえ、忘れかけていたけどここは公園。さっきまでは周りに誰もいなかったとはいえ、二人だけの世界ではない。つい雰囲気に酔ってしまったとはいえ、ああいうことを言うなら二人きりの室内にするべきだった。
(ともかく、こんな小さな子、放っておけないわね。一人みたいだし……)
「ええと、あなた、お母さんやお父さんはいないの? もう遅いのに」
「なんかねー、みんなでお空のキラキラ見てたのに、いつのまにか、いなくなっちゃったのー」
「迷子なのね。ご家族の方を探しましょう」
「いいの!? ありがとー、せいじょさま!」
私たちは、女の子の家族を探すことになった。
私はヴォルドレッドの耳もとで、彼にだけ聞こえるよう、小声で告げる。
「……いくらなんでも、こんな小さい子に嫉妬とか、邪魔者扱いはしないわよね?」
「しませんよ。私はミア様の、そういう子どもを放っておけないお優しさも好きですし」
すると彼も、私にだけ聞こえるよう、耳もとで囁きかけた。
「惜しかった、とは思いますが。……またいつでも、機会はありますからね」
「…………そ、そう」
ふっと小さく笑う彼の吐息が、耳にかかる。
「ミア様も……次の機会を、楽しみにしていてください」
「なっ!?」
「せーじょさま、どーしたのー?」
「な、なななんでもないわ! さ、あなたのご家族を探しましょうか!」
涼しい夜風に頬を撫でられても、火照りがとれない。周りが暗くて本当によかった。だって今……きっと耳まで赤くて、恥ずかしい顔をしているから。
……その後、三人で女の子の家族を探し、無事見つかって。
温かい、幸せな気持ちで一日を終えたのだった――





