91・後夜祭にまいります
魔力剥奪式が終わり、ルディーナ達が父親に連れられ、姿を消した後――
フローザは緊張が抜けたように、ぺたんとその場に膝をついた。
「私が……私自身の口で、ルディーナ達にちゃんと意思を表明できたなんて……」
彼女は、小さく震える自分の手を見つめている。
「……いえ。最初は、『やめて』って言えていたんです。だけど、言ったところで聞いてもらえないし、逆らえばもっと酷い目にあわされるから……いつしかそんな気力すら奪われて……」
「……ええ。あんな奴らに集団で責められていたら、無理ないわ。あなたは今まで、よく頑張っていたわよ」
「ミ、ミア様……っ! 本当に……ありがとうございます。ちゃんと、自分の言葉を言えたのも……ミア様のおかげなんです……! いつも毅然としていたミア様を、『中』でずっと見ていて、私も、あんなふうになりたいって……」
瞳を潤ませてこちらを見上げる彼女に、私は語りかける。
「……ねえ、フローザ。この前の学園祭……せっかくの機会だったのに、あなたは自分自身として参加できなくて、楽しめなかったでしょう」
「いえ、そんな。ミア様が大活躍してくださっていたので、とても爽快でした」
「そう、よかった。でも、それは結局『私の記憶』だからね。私からあなたに、プレゼントがあるの。……来て」
そうしてやってきた場所は、アレンテリア魔法学園校舎の、屋上だ。
ここからは、学園の周囲が一望できる。
もっとも、ここから見える風景には校庭や寮など、フローザにとっては嫌な思い出のある場所ばかりだろう。今まで、自分が他者から傷つけられてきた場所なのだから。
だからこそ――塗り替えたい、と思った。
学園祭からは、もう何日も経っているけれど。言うなれば、後夜祭のようなものだ。
既に空は暗く、星が見え始めている。ちょうどいい時間帯だ。
「ミア様。ここで一体何を……?」
「ふふ。……見ていて」
私は、フローザと共に空を見上げる。
すると遠くの方から、一筋の光が伸びて――
「……!」
空で光が弾け、大輪の花のように咲いて、鮮やかに夜を彩る。
事前に聖女の力で、花火のようなものを作っておいたのだ。もっとも、完全に魔力による代物だから、本物の花火とは仕組みが全然違うだろうけど。でも、見た目は日本で見た花火そのものだった。
いつも聖女の力を使うときに出るキラキラの光を球形の入れ物に閉じ込めておいて、時間になったら空に上がるように設置しておいたのである。キラキラの正体は聖女の力なので、下にいる人々には、体調良好になるという効果つきだ。
「綺麗……」
「ね。綺麗よね」
「はい……! すごい……こんな綺麗な景色……私、初めて見ました……!」
この世界には、花火というものはなかったらしい。遠くの方からも、「なんだ、この美しい光は!?」「聖女様のお力か!?」など、歓喜の声が聞こえてくる。
「あなたも私も、今まで、汚いものを見すぎたと思うの。だからこれからは、こうして綺麗なものをたくさん見たいじゃない?」
それに多分、生徒達の中には、本当はルディーナ達の行いを止めたいと思っていた者もいるだろう。
嫌がらせを止めようとしたら、次は自分が狙われるかもしれない。それが怖いという気持ち自体はまあ、わかる。それに教師がヤミルダみたいな人達だったことも不幸だ。
ルディーナ達の行いは、決して忘れられていいものではない。いじめに加担してきた生徒達には、主犯のルディーナ達ほどではなくとも、それぞれ罰や個別指導を与えることになる。……だけどフローザや、他の良心のある生徒達に、過度に自責してほしくもない、と個人的には思う。
一応、私はこの学園の生徒達より少し年上だ。それにフェンゼルの聖女として、生徒さん達にはなるべく健やかに歩んでほしいという気持ちはある。このくらいの年頃の子を見ていると、メイちゃんを思い出すっていうのもあるしね。
だから……学園祭の目玉である迷宮探索がああなってしまった分、綺麗な思い出も、残しておきたかったのだ。
「……ねえ、フローザ。私、ずっとこうして、あなたと話したいと思っていたの。そうそう、あなたが好きな本、とても面白かったわね」
「あ……はい。あのときミア様、私の趣味を馬鹿にしたヤミルダ先生に、怒ってくださって……」
「ああ、あれね。だって本当に腹が立ったんだもの。人が買った、人の好きな本を勝手に破くなんておかしいでしょ。あの本、私も好きだったのに!」
「ミア様……」
「だから、ね。私達、趣味も合うと思うし、これからは楽しい話もたくさんしましょう。私、共通の趣味がある友達って憧れだったのよ」
「友達……ですか?」
「ええ。……そう思っても、いいかしら? あなたが嫌じゃなければ、だけど」
正直、私もドキドキしている。だって、私も今まで、ろくに友達なんていなかったのだ。だから……フローザと友達になれたら、嬉しい。
幸い、フローザも同じ気持ちだったようだ。じわりと目に涙を浮かべてくれる。
「嫌だなんて、そんな……! とても……とても嬉しいです」
「よかった。じゃあ、これからもよろしくね、フローザ」
「はい、ミア様……!」
どちらからともなく握手をし、しっかりと手を握ったまま……フローザは口を開いた。
「ミア様。私……今まで、人生に希望なんてありませんでした」
無理もない。魔王の生贄なんてものに選ばれてしまい、それによって「どう扱ってもいい奴」なんて烙印を押されて、酷い嫌がらせを受けてきたのだ。これまでの彼女には、希望を持てというほうが酷な話だった。
「ですが、ミア様を見ていて……運命というのは、自分の手で切り開くものなのだと思いました」
「……そんなふうに思ってもらえたのなら、嬉しいわ」
「ミア様。私、やりたいことができたんです。どこまでできるかわかりませんが、やってみたいと思います。ミア様がせっかく、私を救ってくださったのですから……」
「ええ。応援しているわ、フローザ」
「ミア様……本当に、本当にありがとうございます……!」
夜空には、希望の光が花開くように、鮮やかな花火が次々と上がる。
闇を塗り替えてゆくような眩い光景を、二人でいつまでも眺めていた――





