9・従属の呪いを差し上げます
ヴォルドレッドの言葉に、王女は狼狽える。
王女があのとき、自分で手当てしようともせず、私を脅迫するためゴミのように転がした張本人であるヴォルドレッドだ。彼を引き合いに出して私を責めようなんて、最初から無理に決まっていたのだ。
彼は、続けて王女に詰め寄る。
「私であれば、どんな無茶な命令でも呪いのため決して拒否できず、逃げ出せないとわかっていて、やらせたのですよね。そうして私に監視用の魔道具を持たせ転移魔法で送り出し、自分は魔法の鏡で私が戦う様子を見て、ゲラゲラと笑っていた。なんとか全ての魔獣を討伐できたものの、本当に死んでもおかしくなかったというのに」
「な……だ……だってそれは! この女が、聖女の力を使わないからですわ! 聖女を動かすために、仕方なくやったんですのよ!」
「あなたがミア様のことも、自分にとって便利な道具であるように、口汚く命令するからです。礼儀をもって頼めば、ミア様は最初から快く力を使ってくださったというのに。せっかくの聖女のお力を、非礼によって台無しにしていたのは、あなたです」
「はあ、何それ!? 言い方が気に入らないからやらない、なんて子どもですの!?」
「相手を人間扱いすればいいだけなのに断固として拒否する、あなたの方が幼稚でしょう」
ヴォルドレッドは、どこまでも冷たい瞳を王女に向けたまま告げた。
「人間であることを踏みにじられ、道具のように命令されるなど、誰だって嫌に決まっています」
(――私に解呪されるまで、ヴォルドレッドも、大変だったんだろうな)
何度となく自分の意思に反する命令を下され――死ねと言われているに等しい無茶な命令にも、従わざるをえなかった。彼もずっと、王家に尊厳を踏みにじられてきた被害者なのだ。
(だからこそ、救いとなった私に執着しているのかもしれない。……それはそれでいいのか? と思うけど……)
せっかく自由になったんだから、もっと好きに生きればいいのに。いや、好きに生きまくっている結果が今なのか。
「騎士、あなた……ずっと私に従順だったのに……!」
「ですからそれは、従属の呪いの影響です。以前は強制的にあなたに従わされていましたが……本当はずっとあなたを、心の底から、嫌悪していました」
彼の瞳が殺意を増し、王女はさすがに、ビクリと肩を揺らす。それでも、彼女の瞳には悔しさと不満が煮えたぎっていた。
「処刑……っ、あなたみたいな不敬な騎士、もう処刑ですわ!」
「他者の言うことに聞く耳を持たず逆上し、すぐに処刑だと抜かすなど、本当に暴君ですね。……どうせ処刑されるのであれば、実際にあなたをこの剣の錆にしましょうか。そうすれば、ミア様を苦しめるものが、この世から一つ消えるのですから」
「な……!?」
ヴォルドレッドと、王女の後ろに控えていた護衛騎士の間に、緊張感が走る。
(ヴォルドレッドに殺させるわけにはいかないけど、彼の言うことはわかる。ただの一平民ならともかく、国の頂点に立つ王族が自分を顧みず、すぐ感情的に処刑なんて言っちゃいけないでしょう)
そう考え、彼らの間に割って入った。聖女である私には、護衛騎士達も勝手に手を出すわけにはいかず、戸惑っている。そんな中、私はあくまで穏やかに微笑んでみせた。
「落ち着いてください、王女様」
「え、な……、っ!?」
私は無詠唱で、王女に、とあるものを移した。
――かつてヴォルドレッドにかけられていた、従属の呪いだ。
以前王女に傷を移したときは、呪いで無理矢理言うことを聞かせるより、ちゃんと本人の口で謝罪を述べさせようと思って、あえてこれは移さなかった。
だけど、あれで懲りていないというのなら、仕方がない。
(あのときちゃんと反省していたなら、こんな真似しなくてすんだのだけど)
この呪いは、その名の通り、使用者に絶対服従となる呪いである。
無詠唱だったので、護衛騎士達は王女が呪われたことに気付いていない。私は微笑みを浮かべたまま、彼女に言った。
「王女様。処刑なんて言葉、取り消してくれますよね?」
「え……ええ。取り消しますわ」
王女はひくひくと顔を引きつらせながら、そう言った。
「それから私、部外者抜きで、三人だけでお話がしたいです」
「あなた達、私は一人で大丈夫ですわ! どこかに行っていなさい!」
王女がそう命令し、護衛騎士達が去ってゆく。これで、舞台は整った。
「王女様。今まで好き勝手に利用していた従属の呪いを、ご自分に使われるご気分はいかがでしょう」
「こ、この、極悪聖女……!」
「あなたは以前、『二度と私を軽んじない』と誓ったにもかかわらず、まったくそれを守っていません。誓いを破ったのだから、当然の報いです。恨むならご自分の行いを恨みなさい」
王女は屈辱に震えながらも、決して私に手を出すことはできない。
「さあ、どんな命令を下しましょう」
静かに、目の前の王女を見据える。
「自害しろ……と命じれば、その通りになるのかしら」
「――!」
「あなたとご同類になるのは嫌なので、しませんけどね」
そう告げると、王女は明らかにほーっと息を吐き出していた。顔からは、大量の冷や汗がだらだらと流れている。
「王女様はもっと、無償で強制的に奉仕させられる人間の気持ちを知った方がいいでしょう。手始めに、このだだっ広い王宮の掃除でもしたらどうかしら」
「かしこまりましたわ!」
私は自分の部屋の掃除は自分でやっていたので、部屋には掃除用具もある。それを出してやると、王女はバケツに冷たい水を入れて雑巾を絞り、ドレス姿のまま全力で、無駄に長い廊下の雑巾がけを始めた。
「おりゃああああああああああああ! ピカピカにしますわっ!!」
「いい掛け声です。その調子で、広間やトイレもしっかり掃除してくださいね」
正直、やろうと思えば、いくらでも残酷な命令を下せる。実際に王女は、この呪いを利用して、ヴォルドレッドを瀕死に追い込んだのだから。この程度の罰ですませていることを感謝してほしい。
「さ、ヴォルドレッド。疲れたから、お茶にでもしましょうか」
「ミア様、お見事でした。疲れがとれるよう、とっておきのハーブティーをお淹れいたします」
全力ダッシュで何往復も雑巾がけをする王女に背を向け、私は部屋に戻った――
読んでくださってありがとうございます!
また、初めて日間1位になってめちゃくちゃ驚きつつ、とても嬉しいです……!
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