88・聖女であると、正体を明かします
悲鳴が聞こえてきて、そちらを向く。
すると、ルディーナと取り巻き二人が、巨大な魔獣に追われて走ってくるのが見えた。
「お願いっ、助けて! 助けてえええええええええええええ!!」
普段は身分の高い令嬢として他者を見下しているルディーナ達が、今は髪を振り乱して全力疾走している。そこで魔獣がルディーナ達に、何か攻撃系のブレスを吐こうとして――
「ぎゃあああああああああああ!! なんで、私達が、こんな目にぃぃぃぃぃぃぃ!」
このままでは、彼女達は本当に命を落とすだろう。とはいえ、この子達はまだろくに反省もしていない。償うことも難しいほど酷い行いをしてきた奴らだけど、まだここで死ぬより、自分の罪を自覚し、生きて苦しむべきだ。
(まあ……いいかげん、全てをバラしてもいい頃かもしれないわね。ずっと隠し通そうという気はなかったし)
私はひと息吐き、次の瞬間、聖女の力を使って魔獣に傷を移した。
「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
獰猛に暴れ回っていた魔獣は、一瞬でその場に崩れ落ち、動かなくなる。
その光景を見て、ルディーナ達は、零れそうなほど目を見開いていた。
「い、今、何が起きたの……!?」
「と、とりあえず、助かった……?」
彼女達は心底ほっとして、胸を撫で下ろしていた。ただ、魔獣が倒れたのは、私の力だとはわかっていないようだ。
(それにしても、本当にボロボロね。聖女の力を使えばすぐ治せるけど……こいつらの場合、少しは痛みを思い知ったほうがいいかもしれないから、なんとも……)
この後どうすべきか考えていると、ルディーナがキッと私を睨み上げた。
「フローザ、あんた……何、見てんのよ」
「何って……別に。痛そうだから、大丈夫かなと思って」
「うるさい! あんたみたいな生贄が、この私を哀れむんじゃないわよ!」
パン、と大きな音がした。
ルディーナが魔法で、このエリアにあった監視用の魔道具を壊したのだ。
「あんたのせいで、何もかも滅茶苦茶よ! 全部あんたが悪いのよ!」
「はい? ……私が、一体何がどう悪いというの?」
意味がわからなさすぎて尋ねると、ルディーナと取り巻きは、自分達がボロボロになった怒りを全部こちらにぶつけるように睨みつけてきた。
「もとはといえば、あんたが私達に逆らったりするから、こんなことになったんでしょ!」
「そうですわ! 私達は、物分かりの悪いあなたに、自分の立場を思い知らせてやろうとしただけですのに!」
「なのに、なんで私達が襲われなきゃいけないのよ! この魔獣の暴走、あんたのせい!?」
(思い知らせてやろうとした? 魔獣の暴走? まさか……)
「まさか……この魔獣、あなた達が召喚したの? 私を狙おうとして?」
そういえば今倒したこの魔獣、以前このダンジョンに来たときには、見たことがないタイプだ。本来ここにはいない強力な魔獣を召喚しようとして、失敗した挙句があのザマなのかもしれない。
「そうよ! あんたがおとなしく魔獣に襲われていればよかったのに!」
「いや……完全に自業自得でしょう。あなたがしていることは、ただの逆ギレよ?」
「うるさいうるさい! もう、召喚獣なんて回りくどい真似しないわ! ――私が直接やってやる!」
ルディーナが、私に杖を向ける。その目は殺気でギラついていた。
「私とやりたいの? 本気で?」
「そうよ! どっちが上か、今度こそわからせてやるわ! 格下のあんたが、高貴な私に逆らうなんて許せない! あんたは死ぬまで、私達のストレス発散の道具でいればいいのよ!」
「そう……まあ、どうしてもやりたいというなら、構わないけど。私、容赦しないわよ?」
「あははははっ! 愚図のフローザの分際で、この私と互角にやり合える気でいるわけぇ!? 馬っ鹿みたぁい!」
「言っておくけど、助けてあげたにもかかわらず先に手を出してきたのは、そっちだから」
「いつまでも偉そうにベラベラ喋ってんじゃないわよ! ファイヤーアロー!」
ルディーナが魔法を使い、炎の矢が私に向かってくる。
しかしそれは私の結界に阻まれ、呆気なく消滅した。
「なっ!? わ、私の魔法が……」
「次は、こっちから行くわよ」
私は、ルディーナ達に聖女の力を使い、呪いを移した。
「ぎゃあああああああああああっ!? な、何よこれ!?」
「い、痛い、痛いっ! お腹が痛い、頭も痛いぃっ!!」
「痛い? 以前あなた達が、私にかけた呪いよ」
騎士団の一件の後、「告げ口できなくなる呪い」なんてものと一緒に、彼女達がかけてきた呪い。いずれ返してやろうと思っていたのだ。……呪ってきたのは、彼女達自身なのだから。
「いやああああああああ、お願い、助けて、助けてぇっ!」
「その台詞、何度言うのかしら。さっきは魔獣から助けたら、礼も言わずに攻撃してきたでしょう」
「も、もうしません! もうしませんからぁっ!!」
「絶対、口先だけなんでしょうけど……。まあ、そのままだと会話にもならないからね」
ため息を吐きつつ、無詠唱で呪いを回収する。
「ら、楽になった……はあ……っ」
「ま、待ってください、ルディーナ様。おかしくないですか? 今のは確かに、ルディーナ様が以前、あいつにかけた呪いでした。それをそのまま私達に移して……そのうえ、治してみせるなんて……?」
「そ、そうですわ、こんなのおかしいです。こんな力は、まるで……」
取り巻き二人は、そろそろ私の正体に気がついたかもしれない。まあ、これだけ堂々と力を使ったのだから、気付くのが普通なのだけど。
そろそろ種明かしの時間かな、と思ったところで、背後から声がして――
「おーい! 皆、無事か!?」
声の主は、アレンテリア魔法学園の教師の一人――別のクラスの担任である男性教師だ。その後ろには、ヤミルダの姿もある。
この迷宮探索において教師陣は、生徒達にもしものことがあった場合救出できるように、ダンジョン内で見回りをしているのだ。
もっとも、さっきまで暴走していた召喚獣には教師陣でも歯が立たなかったようで、ヤミルダ達も、傍にいる生徒達も皆ボロボロになっている。
「どうも、今日のダンジョンは様子がおかしい! 魔獣達が、普段よりずっと凶暴なんだ! このままじゃ危険だ、全員退避を! 怪我をしてしまった生徒達には、回復薬を!」
教師は、鞄の中から回復薬を取り出す。色や魔力の感じからして、街で売っている市販品だ。
「……先生。それは、中級回復薬ですか?」
「そうだが、それがなんだ、フローザ」
「いえ。こんなに怪我人がいるのです。こうしたほうが早いですよ」
私は聖女の力を解放し、広域治癒を行う。
さっきの呪いを移すときは、無詠唱・無動作で行ったけど、これだけ大人数となると、少し本気を出したほうがいい。私は、眩い聖女の光を振りまいた。大勢の怪我人から、一瞬にして怪我が消える。
「え……!? こ、この力、まさか……!?」
周囲の人々は皆、驚愕していた。
特にルディーナは、怪我が治ったにもかかわらず、顔を真っ青にして身体を震わせる。
「な……なんであんたが、そんな力を使えるのよ!? おかしいじゃない! そ、それは……聖女様のお力でしょう!?」
「ええ」
私はにっこりと微笑みを浮かべ――初めて、彼女達の前で、名を名乗った。
「遅くなっちゃったけど、自己紹介させてもらうわね。私、今はこの姿だけど……ミアっていうの。人々は私のことを、『聖女』と呼ぶわね」
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