86・学園祭が始まります
図書室で出会った、名前も名乗らなかった男子が魔王なんじゃないのか、と疑念は抱いたものの。あの後どの学年のどのクラスを探しても、彼を見つけることはできなかった。そのため、一旦魔王のことは置いておくとして、まずはもう少しで開催される学園祭に集中することにした。
一方で、ルディーナ達もまた、学園祭に向けて無駄な気合を入れているようだ。
ある放課後、彼女達が学園内の魔法訓練場で模擬戦闘しているのを見かけた。
「本日も絶好調ですね、さすがはルディーナ様!」
「ふん。ここのところストレスが溜まっていたから、発散するのにちょうどいいわ」
「何かあったのですか? いえ、まあ、いろいろありましたが……」
「お父様から手紙が届いたのよ。王国騎士団から、私の学園生活について注意の手紙が届いたけれど、本当なのかと」
「まあ! それで、どうなさったのですか?」
「私はそんなことしてないって返事を書いておいたわ。当たり前でしょう」
「そうですわね……そういえば、ルディーナ様のお父様は今、どうしていらっしゃるのでしたっけ? たしか、領地にはいらっしゃらないのですわよね」
「ユーガルディアの貴族と協力して新事業を進めるために、領地はお兄様に任せて、お父様は隣国に滞在中なのよ」
「まあ。ユーガルディアに! すごい!」
「ユーガルディアは、豊かで先進的ですものね! さすがですわ!」
「ふふっ、私のお父様は優秀ですもの。ユーガルディアの国王陛下にもきっと気に入られているに違いないわ! 我が侯爵家がますます大きくなってしまうわね!」
(騎士団から注意を受け、父親からも素行を心配されているっていうのに。どこまでも懲りないわね)
そこで、ルディーナとばちっと目が合ってしまう。
目を逸らして通り過ぎようかとも思ったのだけど、向こうから声をかけられてしまった。
「あーら、陰湿告げ口女じゃない。個人間の話を騎士団にチクッて学園中巻き込むような大事にしておいて、よく学園に来られるわよね。恥ずかしくないのかしら」
「人のこといじめておいて堂々と登校してきてるあなた達より、全然恥ずかしくないわよ」
今、周りに他の人の目はない。ルディーナは、「品の良いお嬢様」の仮面も剥がれ、ずかずかとこちらに寄ってきて、私の胸ぐらを掴んだ。
「フローザ。調子に乗るんじゃないわよ」
黙ってさえいれば美人な顔を鬼のように歪め、ルディーナは私を脅迫する。
私はまた、冷めた気持ちで彼女を眺めていた。
「あんたなんか、騎士団に泣きつくしかなかった卑怯者のくせに」
「傷害や窃盗といった犯罪行為を受けて、然るべき機関に助けを求めることの何が悪いのかしら。そんなふうに、鬼みたいな顔で人を脅すことしかできない卑怯者よりずっとマシよ」
「ふん、調子に乗っていられるのも今のうちよ! あんたはもう、騎士団に助けを求めることすらできないんだから!」
(ああ、そうか。以前送ってきた『告げ口できない呪い』、私に利いてると思ってるのね)
あんなもの、呪いを受けた次の瞬間には解呪したというのに。つくづく愚かだ。
「見てなさい、フローザ。学園祭の日が、あんたが調子に乗っていられる最後の日よ。それからのあんたは、また前みたいに何もできない愚図に成り下がるんだから。泣いて頭を下げる準備をしておくことね!」
「その言葉、そっくりそのままあなたに返すわ」
そうして、平穏ではないけれど日々は流れ、いよいよ学園祭の日が訪れて――
◇ ◇ ◇
「わあ……」
学園祭当日。生徒達の飾り付けによって学園が普段の景色から姿を変え、いつもより華やかになっている。
ただの飾りだけじゃなく、魔法の飾りも多いので、学園の敷地内がどこもとても賑やかだ。魔力で生み出された色とりどりの光が宙を舞い、可愛らしい人形達が音楽にあわせて踊る。まるで御伽噺の中にでも迷い込んだかのようだった。
更に、校庭などには出店も出ているし、各クラス出し物もやっている。ここは魔法学園とはいえ、元の世界での文化祭のような雰囲気もあった。
「迷宮探索は午後からよね。せっかくだし、学園祭を楽しみましょうか」
隣のヴォルドレッドに笑いかけると、彼も笑みを返してくれる。
「はい。あなたが楽しんでいるところを、隣でじっくり観察させていただきます」
「観察していないで、あなたも一緒に楽しみなさい。……あ。あの人形、可愛いわね」
私が発見したのは、出店に並んでいた黒猫の人形だ。
といってもただ売っているわけではなく、ゲームの景品のようだった。魔力によって石を飛ばし、その石が当たった景品がもらえるという……ようするに、魔法を使った射的のようなものだ。
すると、他の生徒がその出店で遊び、魔力を込めた石が景品に当たったのだが――
「はい、失敗ですね。残念でした」
「いや、当たったじゃん! あの景品、くれよ」
「当たっただけでしょう? 倒れないと駄目です」
(なんだか本当に、日本のお祭りみたい)
しかし、あからさまに軽そうな景品でも倒れないとは。何か重りを入れるとか、イカサマしているんじゃないだろうか。
(景品は可愛いけど、あの出店はちょっと無理そうね)
そう思っていたのだけど――ヴォルドレッドがすたすたとその出店に近付き、にっこりと店の生徒に声をかける。
「私にも挑戦させてください」
「はい、一回銅貨一枚だよ」
ヴォルドレッドは銅貨と引き換えにゲーム用の石を貰うと、そこに自分の魔力を込めて――
ドビュン! と効果音がつきそうな速さで石が飛んでいった。
黒猫の人形は、目にも止まらぬ勢いの石に弾かれ、見事に倒れる。
「えっ!? う、嘘ぉ!?」
出店の生徒は大きく目を見開いていたけれど、ヴォルドレッドはにっこりと微笑みかける。
「どうしました? ちゃんと倒しましたので、文句はないでしょう?」
「は、はいっ! ただ今お渡しします!」
にっこり笑顔の中に滲み出る気迫に押され、出店の生徒はぶんぶんと首を縦に振って、景品を差し出してくれた。魔力の加減が絶妙だったのか、人形に傷はついていない。
ヴォルドレッドはその人形を、私に渡してくれる。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
「いえ。あなたに喜んでいただけたなら、何よりです」
さっきの脅すような笑顔とは違う、甘い笑みを向けられ、心臓がとくんと鳴る。
(なんだか本当に、学生になって、文化祭デートしているみたい)
「……本当に、ありがとう。大事にするわ」
ヴォルドレッドの気持ちは嬉しいし、人形は可愛い。なんだか温かな気持ちになって、ぎゅっと人形を抱きしめる。
すると、彼は無表情でぼそりと告げた。
「あまり大事にされると、それはそれで妬けますが」
「人形相手にまで嫉妬しないでよ」
「人形を抱きしめるくらいなら、私に甘えてくださればいいものを」
「そっ……」
(相変わらず、さらっと恥ずかしいことを言うんだから……)
私はそんなこと、そんなふうにはっきりとは言えない。
顔が熱くなって、ドキドキして……ごにょごにょとしか、言えないのだ。
「そ……それは……か、身体が元に戻って、から……」
前も考えたことだけど、この「フローザ」の身体でイチャイチャするわけにはいかない。
でも、それは別に……ヴォルドレッドとイチャイチャしたくないというわけでは、ないのだ。
「…………」
ヴォルドレッドは微かに目を見開き、無言でじっとこちらを見つめていた。その視線が、なんだか落ち着かない。
「ほ、ほら、行くわよ! なんだかお腹空いちゃった、何か美味しいものでも食べましょう」
「……はい。そうですね」
アレンテリア魔法学園祭。波乱が待ち受けている行事だと思ったけど、案外、悪くはない始まりだった。
……午後からは、ルディーナ達と戦うことになる、迷宮探索の時間だけどね。
読んでくださってありがとうございます!
次回更新は明日です、迷宮探索が始まります!