85・俺様野郎にもはっきり言い返します
ダンジョンの様子を見ることもできたし、フローザの身体になっているままとはいえ、特に不調はない。ルディーナやヤミルダが陰湿であること以外、問題なく日々を送っていた。そんなある日のこと――
この学園は、施設だけは本当に素晴らしいので、私は図書室で本を探していた。
すると、他の生徒から声をかけられた。
「お前、フローザか?」
まるで紅玉のような赤髪の男子生徒だ。顔立ちは、気が強そうだが整っている。第一印象として感じるのは、まるで乙女ゲームの俺様系キャラみたいな、美しいけれど高圧的な雰囲気だ。
荒々しい空気ながら、顔立ちは綺麗なのに――
……何故だろう。ぞっと背筋が冷えるような、妙な迫力を感じる。
「……はい、私がフローザですが。何かご用でしょうか?」
「お前、魔王の生贄候補生だろ」
「……まあ、そうですね。それが何か?」
「魔王の生贄候補ってのは、本来周囲から敬遠され、悲愴な顔をしているものだろうよ。実際お前も、少し前まではそうだったと思うんだが」
男子生徒はじっと私を見つめ、唇の端を上げる。
「……最近のお前は、まるで別人みたいだな。面白い」
「はあ。よくわかりませんが、面白がるくらいなら、少しはルディーナやヤミルダを止めようとするなりしたらどうですか?」
「はあ? どうして俺様がそんなことを」
(今、俺様って言った……?)
乙女ゲームとかならともかく、リアルで「俺様」という一人称を使う人を初めて見た。
動揺しそうになってしまったが、他人に迷惑をかけなければ一人称は自由だ。馬鹿にする方が失礼かと思い、顔には出さないようにして会話を続ける。
そもそも、一人称は自由でも、フローザに対するこの物言いに関しては、ちょっと見過ごせない。
「どうしてって……逆にどうして、親しくもない、人が被害を受けていても止めようともしてくれない相手に、『面白い』とだけ言われなければならないんですか?」
「世の中は弱肉強食だ。他人が助けてくれるなんて期待するほうが間違ってる。俺様はお前を助けてやるほど暇じゃない」
「……まあ、いじめを庇うことで自分が標的になってしまうパターンもありますし、助けろというのもまた難しい問題ではあります。でも、だったら本人に向かって『面白い』なんて見世物としているような発言や、『お前を助けてやるほど暇じゃない』なんてわざわざ傷つけるような発言をすべきではないでしょう」
「別にそれを言ってお前がどんな気持ちになろうが、俺様の知ったことじゃない。そんなのは、受け止める側のお前の問題だろう」
ふんぞり返ってこちらを見下す態度に、さすがにカチンとくる。私はあえて、にっこりと笑顔で告げた。
「なるほど。では私も、あなたの気持ちなど無視して、好き勝手に言っていいということですね?」
初対面の相手に暴言を吐くのも、当然失礼なことだ。――だが、相手が先にこちらに失礼をかましているのだから、ここで黙っていては舐められるだけだろう。
「自分のことを俺様だとか言って、こちらを見下すような態度をとって。あなたが名乗りもしていないのでどこの誰だか存じませんが、ずいぶん驕り高ぶっているようですね。偉そうに上から目線で物申すことがかっこいいとでも思っていらっしゃるのかしら。この勘違い俺様野郎」
笑顔でするするそう言ってやると、相手は目をぱちくりさせた後、噴き出した。
「……はっ」
あまり穏やかな笑みではない。にやり、と。まるで獲物を見つけた捕食者のような――
「本当におもしれぇな。この俺様に、そんなことを言うなんて……」
彼の手が、私に触れようとして――
その手が、バシッと払いのけられた。
「女性に気安く触れるのはいかがなものかと思いますよ?」
ヴォルドレッドだ。にっこりと微笑んでいるが、殺気立っている。
(……ていうかヴォルドレッド、さっきまでいなかったはずなのに)
別に私は、彼と一緒に図書室にいたわけではない。あまりヴォルドレッドと一緒にいると目立つから、彼には先に寮に戻るように言っておいた。なのに、何故こんなちょうどいいタイミングで出てくるのだろう。激重騎士恐るべし。
ともかく、ヴォルドレッドに笑顔で圧をかけられ、相手の男子は私から手を引いた。
「はっ、この程度のことで殺気立つのか。お前の騎士は主人に寄る者に容赦がないな。まるで番犬みたいだ」
(ナイト、って……)
おそらく比喩なのだろうが、ドキッとしてしまう。
まるで、私達の正体を勘付いているかのような……。
(いや……もしかして比喩じゃないのかも)
そうだ、「なんでもない脇役だと思ってたキャラが実は重要人物だった」なんて、物語のお約束パターンじゃないか。漫画とかで読んでたら、「なんでそこで相手の正体に気付かないかなー」ってヤキモキするやつ。
だが、しかし。私は鈍感系主人公を目指しているわけではない。
というか、この前ダンジョンで聖女ってバレたから、どこかから私の正体が漏れている可能性もあるしね。この人、私の中身が聖女ってわかったうえで、何か仕掛けようとしている可能性がある。
「ねえ。あなた、なんて名前? どこのクラスなの?」
「教える必要ねぇだろ。じゃあな」
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
引き留めようとしたのに、男はふっと消えてしまった。あまりにすぐ消えてしまったので、鑑定能力を使う隙すらなかった。
(というか、転移魔法陣もない場所で、瞬間移動……? やっぱり、只者じゃなかったみたいね)
「……もしかして今の、魔王かしら」
「ただの生徒ではない、不穏な気配は感じましたね」
「それにしても、まさかあんな『おもしれー女』を素でやる男がいるとは思わなかったわ。さすが異世界」
「『おもしれー女』……? まあ、確かにあなたは見ていて飽きない女性ですが。加えて強く正しく美しく、優しく可愛く愛らしい女性でもあります」
「はいはいどうもありがとう。ところで私、一人でいいって言ったのに、あなたはどうしてここに?」
「あなたの騎士として、あなたが危機に陥っている気配を察知し、参上いたしました」
「気配って何よ」
「私は、あなたのことに対しては人一倍敏感ですから。あなたに何かあったときには、すぐに駆け付けますよ。言うなれば、愛の力とでも申しましょうか」
にっこり、キラキラ。ヴォルドレッドは優美な微笑でそんなことを言ってのける。愛の力なんて寒いことを言っても、なんとなくサマになってしまうから美形って恐ろしい。
「……あなた、私のこと監視とかしてない? 何かこう、魔道具とか使って」
「そのようなこと…………していませんよ?」
「いやいや、今の間は何!?」
「まあ、私とあなたは正真正銘の恋人同士なのです。問題はないでしょう」
「恋人でも無許可の監視は駄目よ!?」
まあ本気で嫌ならともかく、私はヴォルドレッドの重めの愛が、結構心地よかったりするからいいんだけどさ。
「……話を元に戻すけど。さっきの男子生徒、怪しいと思うのよね」
「かしこまりました。外見的特徴などからクラスを調べ、素性を調査しましょう」
ルディーナ達や学園祭のことなど、やるべきことはたくさんある。
そしてその裏で、また別の何か……「魔王」が。この世界に対し、少しずつ動き始めているようだった――
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次回更新は明日です!
次回から学園祭が始まります!