83・ボスランク魔獣でも一撃で倒します
「お口に合ってよかったわ。まだあるから、たくさん食べてね」
「ありがとう! わっ、こっちの『おにぎり』もおいしい~!」
レオ君は弾けるような笑顔でおにぎりを頬張る。子どもがいっぱいご飯を食べる姿って、見ていると幸せな気分になるなぁ。最近心が荒むようなことばかりだったけど、なんだか癒される。
(とはいえ、この子のお父さんは行方不明らしいし、のんびり癒されているわけにもいかないけどね)
「さて。お腹がいっぱいになったなら、お父さんを探しに行きましょうか」
「うん。お姉ちゃん、お兄ちゃん、本当にありがとう!」
(さすがにこの子の前で、聖女の力を使うわけにはいかないから……)
「ヴィルレジード、戦闘はよろしく」
「お任せください」
今の私はフローザの姿だし、念のためヴォルドレッドのことも偽名で呼んでおく。
すると、また魔獣が現れて、グルルと獰猛な呻き声を上げながら駆けてきた。
しかし次の瞬間には、魔獣はヴォルドレッドの魔法によって吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に激突する。
「うわあ、お兄ちゃん、すごいすごい!」
「魔獣との戦闘、怖くないかしら?」
怖いようなら、一旦この子のことは街に戻した後で、ヴォルドレッドと二人で捜索をしようかとも考えたけど――
「大丈夫だよ! 僕、お父さんも冒険者だもん! こんなダンジョンには初めてきたけど、いつも近くの森とかでは、一緒に剣や魔法の練習とかもしてたんだ」
「そっか。怖くないならよかったわ」
元の世界だと子どもには少し刺激が強い光景かもしれないが、この世界では幼い頃から、身を護るため剣や魔法に慣れ親しんでいる子も多い。レオ君も恐怖心は感じていない……むしろヴォルドレッドの鮮やかな戦闘技術に見惚れ、キラキラと目を輝かせていた。
「戦闘は全て、私にお任せください。あなた方のことは、魔獣にも誰にも、指一本触れさせません」
「ありがとう、心強いわ」
それからもダンジョンを奥へと進んでいったけれど、ヴォルドレッドは鮮やかな剣さばきで魔獣を倒してゆく。
普段は私が聖女の力で魔獣を倒してしまうため、そういえば彼が魔獣と戦うところをあまり見ることがなかったので、新鮮だ。だけどやっぱり、すごく強いなと思う。
「ほんとにすごい! お姉ちゃんの恋人さん、強いんだね!」
「こ、恋……!?」
「あれ、違うの?」
「いいえ。何も違いませんよ」
にっこり、と。私より先に、ヴォルドレッドが答えた。恋人と言われたせいか、いつになく上機嫌だ。
「いや、まあ。違わないけど。違うわけじゃないけどっ……」
「ええ、違わないでしょう。何かご不満でも?」
「ふ、不満は……ないわよ」
「そうですか、それは何よりです。私とあなたが、恋人。……実にいい響きですね」
にっこり、そしてうっとり。ヴォルドレッドはその言葉に陶酔するように、無駄に煌めいていた。
(確かに間違ってないけど……なんだか、まだ慣れないのよね)
恋人。その言葉を噛みしめていると、妙に甘い気持ちになって、頬が火照る。恋人になってわりとすぐ身体がフローザになったこともあり、まだ恋人らしいことは全然していないから、尚更。
とはいえこんな小さな子の前で照れているのも恥ずかしいし、こほんと一息吐いて、引き続きダンジョン内での捜索を続ける。
「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「guuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!」
魔獣が出現しては瞬殺し、出現しては瞬殺し、の繰り返し。特に手こずることもなく、本当にサクサク進んでゆく。てっきり、ここの魔獣の雑魚ばかりなのかと思っていたけれど――
「あいつら、新顔の冒険者か? めちゃくちゃ強いな!」
「高ランクの魔獣を、あんなに簡単に倒すなんて……!」
(あ、さっきから出てきてる魔獣達って、強かったのね)
ヴォルドレッドが強すぎて、相手があまり強く見えなかっただけで、他の冒険者達からするとかなり難敵の魔獣達だったらしい。
とはいえ私達には何の問題もなく、どんどん下の階へと進んでいった。すると……。
「皆……逃げろぉっ!」
下の階から階段で上がってきた冒険者達が、傷つきボロボロになって、息を切らしながらそう叫んだ。ただならぬ雰囲気だ。
「何かあったんですか?」
「この下の階に、いつもは見ない、凶悪な魔獣がいるんだ! すごく獰猛で、暴れ回ってて、俺達全員、敵わなくて……皆、逃げたほうがいい!」
その冒険者の言葉に、周囲がザワッと声を上げる。
「あれって、Sランクパーティーの『金色の炎』だよな……」
「『金色の炎』でも歯が立たないなんて、どれだけ強い魔獣なんだ……!」
(周囲のこの反応からするに、有名な冒険者パーティーなのね)
「今日のダンジョンは、一体どうしちまったんだ。明らかに、魔獣達がいつもより強くなってる……。あんたらも、ここまで来るのだって、大変だっただろ?」
「え?」
正直、ヴォルドレッドが魔獣を全部薙ぎ払ってくれたから、何も大変じゃなかった。だが今の台詞から察するに、通常の冒険者の力では、この階まで到達するのも困難だったみたいだ。「金色の炎」のメンバーは、不思議がっていろいろと話している。
「本当に、魔獣の様子がおかしいよね。何者かに強化されているみたいに……」
「何者かって、誰だよ。今のフェンゼルはもう、瘴気だって聖女様が浄化してくださったのに……」
「ともかく皆、今日は逃げろ! この先に行ったら命はないぞ!」
「あ、あの!」
周囲の人々が青ざめて逃げようとする中、レオ君が声を上げた。
「下の方に、まだ人はいましたか? 僕、お父さんを探してて……」
泣きそうなレオ君の問いかけに、「金色の炎」のメンバーは、辛そうな顔で首を横に振った。
「……下の方で、逃げ遅れた奴らが、何人もやられてる。君のお父さんも、おそらく、もう……」
「そんな……お父さん……!」
レオ君はいてもたってもいられない様子で駆け出し、下の階への階段を下ってしまう。私とヴォルドレッドも後を追った。
「お、おい! 行くなってば!」
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
後方から引き留める声が聞こえたけど、私達はそれを振り切り、下の階へと進んだ。すると――
(……! これは……)
血の匂いの中で、ドラゴンに似た魔獣が浮遊しているのが目に入る。
ダンジョンの天井に頭がつきそうなほど巨大で、爪や牙の一つ一つが、研ぎ澄まされた剣のように鋭い。これまでダンジョン内で見てきた魔獣達とは、明らかに格が違う。ゲームで言うところのボスクラスという感じだ。
レオ君はその魔獣を見て震えていたけれど、それよりも「お父さんを見つけたい」という気持ちが勝ったのだろう。涙をこらえ、魔獣に立ち向かってゆく。
「お、お前……お父さんをどうしたんだよ! お父さんを返せぇっ!」
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
魔獣がレオ君に襲いかかって――
次の瞬間、私は聖女の力を使い、その魔獣を一撃で倒していた。
「gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
(あ、やっちゃった)
ヴォルドレッドに任せておけばいいと頭ではわかっているものの、目の前で子どもが危ない目に遭いそうになって、つい身体が反応してしまったのだ。まあ、レオ君は無傷で守れたので結果オーライだろうか。
魔獣は傷だらけで床に横たわり、ぴくりとも動かない。何せ私は、魔竜さえも倒したのだ。いくらボスランクとはいえ、そこらのダンジョンの魔獣に負けるはずがない。
「す、すげええええええええええええええええええええ!?」
「何者だ、あの少女!?」
(あ、見られていたのね)
読んでくださってありがとうございます!
次回更新は9月12日(金)の予定です!





