81・決着の日は近付いています
●ルディーナside
「はあっ……。な、なんで、私達がこんな目に……!」
ルディーナとその取り巻きの二人は、寮のルディーナの部屋にて、身体の痛みに苦しんでいた。昨日、学園と寮の雑巾がけをやらされ、全身筋肉痛なのである。彼女達は何度も廊下を往復し、他の生徒達が通りかかるたび、プライドが音を立てて砕け散りそうだった。
「屈辱だわ……! フローザの奴、一体どうしたっていうのよ。前までは口答えなんかしなかったのに! 最近のあいつはおかしいわ!」
「本当ですよね。よりによって王国騎士団に言いふらすなんて、非常識です! 何故こんなことを?」
「もしかして、どうせ魔王の生贄として死ぬのだから、最後に好き勝手しようと思ったのでしょうか?」
「何それ! 私達と違ってどうせ未来がないんだから、おとなしくしていればいいのに!」
ルディーナは怒り散らし、手当たり次第、傍にあるものを投げる。クッションや本などが、無残に床に転がった。
「とにかく、誇りを傷つけられたままで終われるはずがないわ!」
「もちろんです! どうしてやりましょうか、ルディーナ様」
ルディーナは長い髪をかき上げながら、にやりと唇の端を上げる。
「もうすぐ、アレンテリア学園祭があるじゃない。学園中が盛り上がって、注目する中で、あいつに大恥をかかせてやりましょう」
「まあ、素敵ですわ! ですが……また騎士団に告げ口されてしまうのではありませんか?」
「ふ、今度はそうはいかないわ! 魔力量学年一位のこの私を舐めるんじゃないわよ。最近のあいつは生意気だったから、こんなこともあろうかと、用意しておいたの」
ルディーナが本棚から一冊の本を取り出す。禍々しい紫の表紙のそれは、呪いの本のようだった。
「ルディーナ様、フローザを呪うのですか? 一体どんな呪いをかけるのです?」
「『口外禁止』の呪いよ。私達のことを、騎士団に報告できなくさせてやるの」
「さすがルディーナ様! 天才ですわ!」
「で、ですが、大丈夫でしょうか? 呪いというのは、身体のどこかに呪いの紋様が浮かぶものでしょう? 呪いをかけたこと自体が、誰かにバレてしまったら……」
「大丈夫よ、どうせ服で隠れるんだから。それにあいつ、どうせ魔王の生贄になるのよ? 証拠なんていずれ消えるわ、あいつの存在ごとね」
「素晴らしいです、ルディーナ様! どうせなら、もっと別の呪いもかけちゃいましょうよ!」
三人はすっかり、「これでもう告げ口されることはない」と安心しきって、きゃっきゃとはしゃぐ。
自分達が呪おうとしているのは、この国を救ってくれた聖女だとも知らず――
◇ ◇ ◇
●ミアside
「……ふ」
私は自室で、薄く唇の端を上げていた。
ルディーナ達のあまりの愚かさに、もはや乾いた笑いくらいしか出ないのだ。
(私が聖女だと知らないとはいえ、こんな呪いをかけてくるなんてね)
少し前、ルディーナ達からいくつか呪いが送られてきたけれど、私がそれを察知できないわけがない。一瞬で除去し、聖女領域に保存した。
(『口外禁止』の他には……頭痛の呪いに、腹痛の呪い? 昨日の雑巾がけで、ずいぶん鬱憤が溜まっていたみたいね)
「せっかくだからこの呪いは、後々使わせてもらうとしましょうか。……もちろん、呪ってきた本人達に、ね」
◇ ◇ ◇
騎士団が学園にやってきた翌日――
いつものように制服に着替えて寮を出ようとすると、周囲の反応がいつもと違った。
「あら、寮長」
「ひっ……」
私が初めて「フローザ」として目覚めた日、うるさく扉をノックし、暴言をぶつけ、寮から追い出した寮長。彼女ももちろん、昨日の騎士団の言葉は聞いていたはずだ。
「お、おはようございます、フローザさん」
(フローザ『さん』……)
以前は「フローザ」と呼び捨てだったのに。唐突に、あからさまに変わっている。それだけでなく、今日の彼女は腰が低く、やたらペコペコしてきた。
「あ、あの、お荷物とかお持ちしましょうか? それとも、肩とか揉みましょうか」
「いえ、いらないわ。あなたに荷物なんて持たせたら盗まれそうだし、身体を触らせたら傷つけられるかもしれないし」
「はあ!? 何よそれ、私を疑う気!?」
ついさっきまで私のご機嫌をとろうとしていた彼女だが、やっぱり長い間「格下」だと思っていたフローザにこういう態度をとられるのは、我慢ならないようだ。
「ええ、当然でしょう。今まで私を蔑ろにしておいて、どうして急に信じてもらえると思っているのかしら?」
「別に私は、あなたに怪我とかさせたわけじゃないでしょ! ルディーナさん達と違って……!」
「身体さえ傷つけなければ、心は傷つかないと思っているの? だとしたら、私もあなたの心をぐちゃぐちゃにしてあげましょうか?」
にっこりと微笑むと、寮長はビクッとした様子だった。私の正体は知らなくても、ただならぬ雰囲気は感じ取ったようだ。
(実際私、やろうと思えばできちゃうしな……)
聖女領域には、悪夢にうなされ続ける呪いとか、他にもいろいろタチの悪い呪いもストックされている。ただ、やるとしたらこの寮長よりも先にルディーナをやるけど。
「じゃ、私は先に行くわね。あなたといつまでも顔を合わせていたくないから」
悔しそうに唇を噛んでいる寮長を置き去りにし、学園へ向かう。
教室に入ると、昨日まで私を冷たい目で見るか、無視するだけだった生徒達が、ビクビクと顔色を伺うように声をかけてくる。
「お、おはようございます、フローザさん」
「……おはよう」
皆、気まずそうだ。急に掌を返してきて、それでもなお「なんでフローザなんかに丁寧に接しなきゃならないんだ」と顔に書いてある。……昨日までゴミとして扱ってきたものを、急に同じ生徒として扱えと言われたことが不服なようだ。
「ね、ねえ、フローザ。以前服を破っちゃったお詫びに、今度、何かドレスでも買ってあげましょうか? お父様にお小遣いを貰うから」
「そ、そうね。家に頼めば、お金は払ってもらえるから」
まるで腫物に触れるような態度も居心地が悪い。私は軽く息を吐き、毅然と言った。
「あのね、私は別に、仲良くしろって言ってるわけじゃないわよ。まして媚びろとも言ってない。人間扱いしろと言っているだけ」
相性の合わない人間、距離を置きたい人間というのはいる。そういう人間に「仲良くしなきゃ駄目でしょ」というのもまた、好きではない。それにこっちだって、ずっとフローザに陰湿なことをしていた人達と親しくするなんて願い下げだ。
「あと、自分が悪意をもって壊したものは、弁償するのが当然でしょう。当たり前のことを、恩着せがましく言わないでもらえるかしら」
ザワついていた教室内がしんと静まり返ったところで、教室の扉が開いた。
「み、皆さん、何をしているのですか。席に着きなさい」
担任のヤミルダだ。昨日騎士団にあれだけ言われておいて、どの面下げて登校してきたんだと思うが。彼女は「まだ」免職になったわけでも、教員免許を剥奪されたわけでもない。
生徒達が席に着くと、ヤミルダはこほんと一息吐き、話を始めた。
「えー、本日は学園祭のことについて話し合いたいと思います。皆さんも知っての通り、アレンテリア学園祭では毎年、迷宮探索の競技が行われます」
私はもともとはこの学園の生徒ではないけれど、学園のことを知らなさすぎると「フローザ」ではないとバレると思い、学園祭については、少し前に調べておいた。
この近くの森には、地下迷宮――いわゆるダンジョンがある。フェンゼルの森は私が全て浄化し、魔獣は以前のように暴走をしていない。ただ、ダンジョンの魔獣は、瘴気とは別のダンジョン内特有の魔力から発生するものらしい。それらの魔獣はアイテムをドロップしたり、冒険者達のレベル上げの役にも立ったりすることから、あえて根絶しないようにしているのだ。
この学園は魔法学園であるため、年に一度の学園祭も、生徒の魔力をおおいに発揮する場である。ゆえに、魔獣や罠などの危険で溢れている迷宮に入り、襲いかかる危機に自身の魔法で対処し、教師が設置した宝箱を、最も早く持ち帰った者が優勝となる競技がある。それが「迷宮探索」だ。
学園祭には他にも、魔法研究の発表会や展示会などいろいろあるけれど、一番の目玉はこの迷宮探索であり、生徒や教師達の注目が集まる。優勝者は学園の英雄として表彰されるらしい。
「迷宮探索は各クラスから五人まで、代表として参加できます。立候補や推薦はいますか?」
すぐに、ルディーナの取り巻き女子達が声を上げた。
「そんなの、学年一位のルディーナ様に決まりですわ!」
「ふふん、当然ね。あなた達も参加して、私に協力しなさい」
昨日の騎士団の件があったとはいえ、ルディーナはこのクラスで最も身分も魔力量も高い、このクラスのボス的存在だ。誰も反対しない。ルディーナと取り巻き二人が参加するとして、残りはあと二人ということになるけど――
「先生。私、フローザを推薦します」
(――え)
意地悪な微笑みを浮かべて挙手をしたのは、ルディーナだ。
「ほら、昨日のことがあったし、フローザには今まで悪いと思ってるからぁ。仲直りしたいのよぉ。学園祭で共闘すれば、きっと絆も深まるでしょう?」
(絶っ対、何か企んでる……)
「私達が協力し合って優勝したら、騎士団の方々にも、犯罪行為なんて誤解だってわかっていただけると思うし」
(いや、誤解なんかじゃないでしょう)
多分、またフローザに嫌がらせをしたり、恥をかかせたりしようという魂胆なのだろう。迷宮内なら、何かあっても全部魔獣のせいにできるだろうし。……本当に、どこまで懲りないんだか。
しかしヤミルダは、ルディーナ達と同じくフローザに恥をかかせてやりたいという考えなのか、あるいは本当に彼女達の思惑に気付いていないのか、顔を明るくする。
「それはいい考えね。素晴らしいわ、ルディーナさん」
「では、私も立候補します」
そこですっと挙手したのは、ヴォルドレッドだ。他の人達は、私とルディーナ達の揉め事に挟まりたくないと考えたのだろう、誰も異論を唱えない。
「では、学園祭の迷宮探索は、この五人で行ってもらいます」
こうして私達は、迷宮探索に参加することになった。
……これまで何度注意しても、反省しなかったルディーナ達だけど。
おそらく学園祭の日が、彼女達への真の断罪の日となる――
読んでくださってありがとうございます!
次回更新は8月29日(金)の予定です!