表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/104

80・雑巾がけリターンズとなります

「フローザ、よくも騎士団にチクッたわね! 信じられない、最低!」


 王国騎士団が去った、放課後。ルディーナと取り巻きは、寮にある私の部屋に押しかけて問い詰めてきた。


「チクッたって何? 知られて困るようなことを、してるほうが悪いんでしょう。私に責任転嫁しないでくれるかしら」

「だって、騎士団に告げ口するなんてありえないでしょ! 卑怯者!」

「だから、告げ口されて困るようなことするほうが悪いんだって、聞いている?」

「言いたいことがあるなら、私達に直接言えばよかったじゃない!」

「今までさんざんやめてって言ってきたでしょう。あなた達が私の言葉を聞いていなかっただけよ」

「だからって、あなた、他人の口を借りなきゃ何も言えないわけ!?」


 ズキン、と胸が痛んだ気がした。

 これは私ではなく、この身体を通して私と精神がリンクしている、フローザの痛みだと思う。


 実際、今ルディーナを責めているのは私……ミアであって、フローザ本人ではない。ルディーナはそういう意味で言ったのではなくとも、フローザにとっては突き刺さる言葉だったのかもしれない。


(でも、別に恥じることなんてないのに)


 私が自分の言いたいことをガンガン言うようになったのは、この世界に来てからだ。元の世界では私も、黙って我慢してしまう性格だった。


 理不尽なことに黙っていたら、事態が悪化するだけなのかもしれない。だけど、言われた瞬間は、ショックで頭の中が真っ白になってしまうことだってある。「自分が悪いのかも」と思い込んでしまって、自分を責めてしまうことだってある。


 時間を置いた後なら「あのとき、ああ言えばよかった」と考えが湧いてくるのに。そう気付いたときにはもう、どうせ相手は忘れているんだろうし、昔の話を掘り起こすのも「今更?」と眉を顰められそうで、言い出すには勇気がいる。


 嫌なことを言われてその場でちゃんと言い返すのって難しいし、言い返したからって、事態が好転するとはかぎらない。ましてフローザの場合、学園中が敵だったようなものだった。そんな中、一人で戦うなんて過酷だ。むしろ私がこの身体に宿るまで、本当によく頑張ってきたと思う。――だから私は、言った。


「あなた達がどれだけ言い訳しようが、『私』は悪くないわ」


 それは、私の中のフローザのための言葉だった。フローザが自分を責める必要はない。騎士団からあんな注意を受けたにもかかわらず、反省もせず私を責めているこいつらがおかしいのだから。


「で? あなた達、さっきの騎士団の話、聞いていたんでしょう。賠償金と慰謝料、ちゃんと払いなさいよ」

「は、はあぁ!?」

「まあ、騎士団からあなた達の親のもとに、連絡が行くことになるんだけど。あなた達貴族なんだし、『お金がありません』なんて通用しないんだから。お金で解決できるわけじゃないけど、お金くらい払いなさい」

「ふ……ふん! そうよ、私達は高貴なんだから! お金なんていくらでもあるんだからね!」

「…………」


 本当に、フローザに対して全く悪いと思っていなさそうな彼女達を見て……私は息を吐き、真剣に向き合う。


「ねえ……さっきの騎士団の言葉は、少しも響いていないの? あなた達は、国の騎士団からあんなふうに勧告され、多くの人達から軽蔑されることをしてきたのよ。その意味がわからない?」


 じっとルディーナを見つめると、彼女は「?」とばかりに目をぱちくりさせていた。


「今は、あなた達にとって、これまでの行いを反省する好機なのよ。……ここまでされてもなお、自分を見つめ直そうとは思わないの?」


 フローザをあそこまで傷つけた以上、反省して許されることではない。だけど少しくらい、自分達の行いを自覚してほしい。そんな思いを込めて言ったのだけど――


「あはは、何それお説教のつもり!? 反省なんてするわけないじゃない、私は間違ってないもの!」


 ――即答か。これは……駄目そうだな。


「ていうか、賠償金を払えとか、金に汚いわよね! これだから貧乏人は」

「私達貴族は、そんなはした金、痛くも痒くもないわよねぇ」


 全く態度を改めないルディーナ達に、私は深く息を吐いた。


「そうね、賠償金を払うのも、どうせ親の金だものね。……どうせなら、自分で労働でもしたらどうかしら?」


 私はドンッと、ルディーナ達三人の前に、とあるものを置く。


「何よ、これ」

「見てわからないの? 桶と雑巾よ。あなた達、この寮と学園の掃除をしなさい」

「はあ!? なんで私達が!」

「嫌なら別にいいけど。その代わり、『反省の色なし』と騎士団に報告させてもらうわ」


 すっと、懐から伝令魔石を取り出して見せる。ルディーナ達は、あからさまに狼狽えた。


「今すぐ騎士団の方々と連絡がとれるけど、どうする?」

「ぐ……わ……わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」


 懐かしい、雑巾がけだ。以前はフェンゼルの王女に、従属の呪いを与えてやらせたけど。その呪いはずっとヴォルドレッドが苦しめられてきたものだから、気安く使うのは抵抗がある。それに、呪いより本人の意思でやらせたほうが反省に繋がるだろうし。


 三人はものすごく不慣れな様子で雑巾を水に浸し、絞る。


「もっと固く絞らなきゃ、床がビショビショになっちゃうわよ」

「知らないわよ、そんなの! 掃除なんて下賤な人間のやることでしょ!」

「掃除してくれる人達のおかげで、私達は毎日清潔で快適な暮らしができているのよ。してくれてる人達に感謝しなさい」

「く……侯爵令嬢である私に、このような辱めを……!」

「掃除は辱めなんかじゃないわ、誰でも普通にやることよ。人を見下して自分だけ特別扱いするのをやめて、こういった労働も経験してみなさいということ」


 ルディーナ達は、やはり慣れない様子で床を拭き始める。本当に、今まで一度も掃除をしたことがないみたいだ。


「そんなゆっくりやっていたら日が暮れるわよ。もっと気合いを入れてやらないと」

「はあ!? なんでそんなこと……!」


 私は再度、伝令魔石を取り出す。騎士団への報告を恐れたルディーナ達は、ビクッと顔を青くした。


 そして彼女達は、ついに観念した様子で、雑巾を持つ手に力を入れ……。


「ああもう、やってやるわよっ! おりゃああああああああああああああああああっ!!」


 ――人は気合いを入れて雑巾がけをしようとすると、皆「おりゃああああ」と叫んでしまうのかもしれない――


(いや、そんなわけあるか)


 廊下の向こうに消えてゆくルディーナ達を見送りながら、セルフツッコミを入れる。

 すると、今度は背後から声をかけられて……。


「ね、ねえ、フローザ」

「ん?」


 振り返ると、同じ学級の女子達が、こちらの顔色を伺うように話しかけてきた。


「今朝の、騎士団のことなんだけど……。わ、私達は、いじめなんてしてないわよね? 酷いことをしていたのは、ルディーナさん達だけだものね」

「そ、そうそう。私達、友達よね? 私達の場合は、ちょっとふざけてただけよねぇ」


 フローザへの陰湿な嫌がらせについて、率先して一番酷いことをしていたのはルディーナ達だ。


 だけどこの子達も「ルディーナ達だってやっているんだから」と便乗するような形で、悪口を言ったり物を隠したりしてきた。なのに「自分達はルディーナ達に比べたらマシなんだから」と思っている様子で……ルディーナ達のように逆ギレしてくることはないけれど、今更になって「あんなの冗談だったんだから許して」とでも言いたげだ。


「おかしなことを言うのね。私はあなた達のこと、友達だなんて思ったことはないわ」


 私はフローザではないけれど、フローザの気持ちは多分、そう。

 だって今、繋がっている心の奥底で、フローザが歓喜しているのがわかる。本当はずっとこう言ってやりたかったのだと、理不尽に耐え続けてきた彼女の心が叫んでいる。


「騎士団が今後、学園内であったことを調査するだろうし、私も、証拠があるものは全部差し出すわ。あとのことは、騎士団の方々、そして陛下が判断なさることよ」


 女子生徒達は、泣き出しそうな顔をしていた。どうしてあなた達がその顔をするのかしら。今まで、ずっと苦しかったのはフローザなのに。あなた達は、自分達の行いの報いを受けるだけよ。


 私は彼女達に背を向け、ぱたんと扉を閉じ、部屋に一人になる。

 いや――「一人」なのだろうか。


「……ねえ、フローザ。あなたは、今の私のこの言葉も聞いているのかしら?」


 フローザが返事をしてくれることはない。私の奥底で、なんとなくどう感じているかはわかっても、私が彼女の言葉を聞くことはできないのだ。


 だから私は、独り言のように呟く。


「私、あなたのことを知らないわ。夢で、あなたの記憶を共有していただけ。……でも私、あなたに共感していたの。私も元の世界で、親や妹、恋人から、酷い扱いを受けていたから」


 とくん、と心臓が脈打つ。この少女が、生きている証だ。


「あなたの痛みはあなたのものよ。だから、『わかる』なんて言葉、簡単に使うべきではないんだと思う。……でも私、あなたとお喋りしてみたい。本の好みも合うし、きっと楽しいと思うの」


 もしそのときが来たら、甘いケーキやクッキーをたくさん焼いて、お茶にしよう。今まで酷い目にばかり遭ってきた子だから、辛いことを何もかも忘れて、ただ楽しく笑ってほしい。


「身体が元に戻らないってことは、あなたはまだ、満足していないのよね。あなたはこれまで散々な目に遭ってきたんだもの、無理もないわ。これからも私は、あなたを傷つけてきた奴らに、その痛みを返してやる。……けど」


 私の奥の彼女へ、告げる。


「最後は、あなた自身で決着をつけるといいわ。……そこまでは私も、力を貸すから」

読んでくださってありがとうございます!

次回更新は8月22日(金)の予定です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓の表紙画像をクリックするとTOブックス様のページに飛べます!
ks2ngf0b4hki8m5cb4tne5af9u86_23_1jb_1zt_iq8w.jpg
― 新着の感想 ―
うんうん、全部他人にしかも権力者に泣きついてなんとかしてもらえてる状態だもんねフローザ せっかくここまで頑張って生きてきて、だからこそ助けてもらえたんだものね、あとちょっと最後くらいは自分で後始末つけ…
一気読みしてようやく追いつきました! こんな作品があると気づくのが遅かった事が悔やまれる面白さです。
聖女様の手にかかれば国が傾くレベルで暴れてくれるから安心して、大船に乗った気持ちでいるといいよ ってフローザにお伝えくださいw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ