8・笑って流すなんてしません、言い返します
街の人々の治癒が終わった後。馬車を停めていた場所まで、ヴォルドレッドと戻る。
(さすがに疲れた……)
あれから「どうか自分も治癒してください」と救いを求める人が次々に押し寄せたため、結果的にすごく魔力を消費することになったのだ。
(とはいえ……悪くはなかった、かな。私、感謝されたことって全然ないから……『ありがとう』と言ってもらえるのは、嬉しかった)
元の世界でも、アリサの分まで家事や育児をやっても、誰かに感謝されることなんて一切なかった。「やって当たり前」だと思われていたからだ。
だけどここでは、皆から笑顔で「ありがとう」と言ってもらえた。
生活に困窮している人々だろうに、何かお礼ができないかと、花や果実や、家にあった僅かなものをくれようとした。皆さんにとっては貴重なものだと思ったので、さすがに断ったけれど。
(医療や衛生環境を整えるだけじゃなく、経済を安定させる必要がありそうね。何か、現代知識を活かした商品を作って、他国に売るのがいいかもしれない。そのためにああいった人達の力を貸してもらえば、雇用にも繋がるし――)
ここは私が生まれた世界ではないけれど、私が(強制的にだが)生きていく世界なのだ。世界を良くすることは、自分自身の暮らしを良くすることにも繋がる。
そんなことを考えながら歩いていると、ヴォルドレッドに顔を覗き込まれた。
「ミア様。あなたは本当にお優しいですね、過剰なほどに」
「過剰なほどに……って、褒められてるのかそうじゃないのか、わからないわ」
「私はミア様を褒めることはあっても、貶すことは有り得ませんよ。ただ、あなたは私にだけ優しくしてくださればいいのに、と思っているだけです」
「……別にあなたにも、優しくしているつもりはないけど」
「優しくしているつもりがないのに、そんなにお優しいとは。つまりあなたは私にとって、ありのままで素晴らしい存在だということですね。しかしミア様の良さは私だけがわかっていればいいので、本当はあなたの存在を誰にも知られないまま、どこかに閉じ込めておきたかったのですが」
(疲れる~)
敵意を向けられるのも疲れるけれど、重い好意を向けられるのも、どうしていいのかわからない。
ともかく、ヴォルドレッドに馬を引いてもらい、王宮に戻ると――
「聞きましたわよ、聖女! ようやく私の言葉の重みを受け取り、思いやりというものを理解したんですのね!」
――聖女の力でヴォルドレッドの傷を移されて以来、少しはおとなしくしていた王女が、全く懲りていない様子で私を出迎えた。
(疲れる~~~)
なんでそんなにドヤ顔なのか。あれほど手酷い傷を負わされたのに、喉元過ぎれば熱さ忘れる、ということなのか。
(まあ……あれほど性根の腐った王女が、簡単に心を入れ替えるなんて、思っていなかったけれどね)
私は今帰って来たばかりなのに、既に街でのことを知っているなんて、早いなと思うが。この世界には電話の代わりに「伝令魔石」というものがあるらしい。希少なものなので平民は持っていないそうだが、おそらく、街の見張りをしている騎士か何かから連絡を受けていたのだろう。
「……私が街で聖女の力を使ったことについてですよね? 『私の言葉の重みを受け取り』ってなんですか。何、自分の手柄みたいに言っているんですか?」
「だって、あなたは私のお兄様が召喚した聖女ですのよ。あなたの手柄は、私達王家の手柄ですわ。まして私は、愚かなあなたにずっと『聖女の力を使うべきだ』と説得してあげていたでしょう? 私の言っていたことを実行したのだから、つまり私のおかげということでしょうに」
王女は「まったく本当に物分かりの悪い女ですのね」みたいな態度で、ふふんと縦ロールをかき上げる。
もはや言い返す方が馬鹿らしい気もするけど、言われっぱなしは癪だ。
不快なことを言われたとき「相手をする方が馬鹿、笑って受け流すのが大人」みたいな風潮があるけど。なんで嫌な思いをさせられているのに、こっちが我慢して笑わなきゃならないんだろう。
言い返すと結果的に自分が損することになる、というのはまあ、わかるけど。変な奴と関わって逆恨みされたら危険だから、自分の身を守るために我慢することはある。私も高校時代とか、学校でいじられたり、嫌なことを言われても、受け流すようにしていた。やばい人に目をつけられたら、対抗するのは困難だから。
だけどここは異世界。不本意な召喚だったとはいえ、今の私には聖女の力がある。
だから、臆せず言い返すことにした。
「私が聖女の力を使ったのは、あなたのためではありません。他の誰かのためでもありません。自分のためです。私のしたことは、あなたの手柄ではありません」
「ふん、手柄は全部自分のものにしなければ気がすまないんですの? 聖女のくせに、本当にあさましいですわね! 謙虚さというものを学ぶべきですわ」
「『手柄は全部自分のものにしなければ気がすまない』のは、私が行ったことを自分のおかげであるかのように言う、あなたのことでしょう」
「そもそもあなたが聖女でいられているのは、お兄様があなたをこの世界に召喚したからですわ! 感謝しようと思いませんの!?」
「私が今、『自分の望む形での聖女』でいられているのは、私の行動の結果です」
確かに私は、元の世界でもろくな人生を送っておらず、この世界では聖女となったわけだけど。私が「自分の意思で力を使い、自分の尊厳を守れている」のは、私が王族に徹底的に抗ったからだ。
もしも私ではなく、もっと気が弱くて自己主張が苦手な人が、この国に召喚されていたら……。異世界で頼れる人がおらず、王子と王女に高圧的に命令され、便利な道具として扱われることを、受け入れざるをえなかったかもしれない。休みもなく機械のように力だけ使わされ、手柄は全部王家のものにされ、それが「当然」だから見返りを与えられることもなく、自由を奪われて精神を摩耗させ……。
一歩間違えば、私もそうやって蹂躙されていた。今の私の自由は、私が王族に屈しなかったことで掴み取ったものだ。詭弁に惑わされてはいけない。
(にしても本当に、話の通じない王女だわ)
今日は魔力を消費して疲れているので、とっとと終わらせることにした。
「そうそう、王女様。今日一日だけでも、かなり多くの傷と病と呪いと毒が集まりましたが。この国の王女として、民が今まで抱えてきた苦しみを受けてみますか?」
「ひっ……!?」
王女は顔を青ざめさせ、私に怯える。
「あなた、それは脅迫ですわよ! 聖女のくせに、この私にそんなことを言っていいと思っているんですの!?」
「あなたもつい先日、私を脅迫したでしょう」
「何を人聞きの悪いことを言っていますの!? 私は脅迫などしていませんわ!」
「死にかけのヴォルドレッドを私の前に転がして、『お前が聖女の力を使わないならこいつは死ぬぞ』とやったでしょう。あれが脅迫ではなく、なんだと言うのです」
「私は、死にかけていてかわいそうな彼のために、必死にあなたに助けを求めただけですわ! 脅迫などではなく思いやりです!」
「――ほう?」
そう言って鋭く目を光らせたのは、張本人であるヴォルドレッドだ。今まで私に向けていた甘い眼差しとは全く違う、殺意にも似た気迫で王女を睨む。
「従属の呪いのせいで、絶対に命令を拒否できない私に、本来は集団で向かうべき魔獣の巣窟へ、たった一人で行けという明らかに無茶な要求をし、死ぬ寸前まで追い詰めておきながら、思いやりなどとほざくのですか」
読んでくださってありがとうございます!
ちなみにヴォルドレッドの呪いは、呪いをかけたのは国王だけど、同じ血を引く王族であればその呪いを好きに利用できる、みたいなイメージです。また後々書いていきます!