78・理不尽な行いは、全部見られています
あれからもルディーナ達に陰口を言われたりなどはあったけど、ひとまず今日の授業を終え、寮に戻ることにする。
寮は当然だが女子寮と男子寮に分かれており、さすがに寮でまでヴォルドレッドと一緒にいることはできない。私は彼と別れ、自分の部屋で過ごそうとし――
「フローザ」
部屋に戻る途中で、一人の女性に声をかけられた。たしか、購買部で見たことある女性だ。
「前にあんたが注文してた本、とっくに入荷してるんだけど。とっとと取りに来なさいよ、愚図」
「え……?」
「注文してたでしょ、本! あんたの本いつまでも棚に置いとくのも気持ち悪いから、届けに来たのよ。じゃ」
彼女は無造作に本を渡すと、さっさと行ってしまう。
(注文してた本って……?)
ぱらぱらと中を見てみると、物語のようだった。元は冴えない少女が冒険し、成り上がって、悪を成敗する話らしい。
(わあ、フローザはこういう本が好きなのね。気が合いそう)
元の世界でネット小説好きだったこともあり、私はこの世界でも本が好きだ。趣味が合う人があまり周りにいないので、ぜひいろいろと本の話をしたい。フローザが眠りについたままなのがもどかしい。
せっかくなので、部屋でその本を読んでみることにした。
予想通り面白くて、私好みで、気付けば夢中になって読んでいた。
(フローザは過酷な日々を送ってきたから……こうして物語の世界に浸る時間が、彼女のささやかな幸せだったんだろうな)
ページをめくるごとに物語に没頭していたのだけど、いいところで、部屋の扉が乱暴にノックされて――
「フローザ! 何しているのです、早く出てきなさい!」
(この声は……ヤミルダ?)
早く出てきなさいって、別にこの時間に部屋を訪れるとか、そんな約束はしていなかったはずなんだけど。無視するにはうるさすぎるし、一応扉を開ける。
「何かご用ですか」
「フローザ。あなたが今日一日、全く反省していない様子だったので、教師として注意しに来てあげたのです。感謝なさい」
「私を説教して憂さ晴らしに来た、の間違いのようですね。時間の無駄ですのでお引き取りください。私は読書の途中でしたので、失礼します」
「読書? ふん、あなたのことだから、どうせまたくだらない本を読んでいたんでしょう」
ヤミルダは勝手にズカズカと、私の部屋の中に踏み込んでゆく。
「上がっていいなんて、一言も言っていませんが」
「私は教師ですよ! 生徒の部屋をチェックすることも私の仕事です」
ヤミルダは机の上の本を見つけると、やはり勝手に触ってパラパラとめくる。
「ふん、やっぱりこんな本、低俗だわ。子どもじゃあるまいし、くだらない」
ビリッ、と音がして、驚きで目を見開く。ヤミルダはそのまま躊躇なく本をビリビリに破いた。紙片を床に撒き散らし、どうだと言わんばかりに鼻で笑う。
「こんな幼稚な空想の冒険物語なんかに耽って、恥ずかしくないのですか? いい年して読む物ではありません。仮にも令嬢なら、もっと高尚で奥深い、貴族同士の恋愛譚でも嗜みなさい! 私も愛読しているのです」
ヤミルダはうっとりと語ってみせる。いや、てっきり読書自体を否定するのかと思いきや、ジャンルが違うだけで自分も物語自体は好きなんかい。
でも、元の世界でもいたなあ。ネット小説や異世界系、悪役令嬢ってだけで馬鹿にしてきたり、こんなヒーロー実在するわけない夢見すぎだとか、ざまぁ系なんてざまぁされる悪役がかわいそうで私なら読めない~って言う人とか。
現実がそんな単純なものではないなんてわかっている。だからこそ、物語の中でくらい悪が罰せられてほしいし優しい人が幸せになってほしい。そういう物語を読んでストレス発散したいときだってあるだろう。
「恋愛譚自体は、私も大好きですよ。ただ、他人の好きなものを否定しておいて、自分の好きなものだけ高尚だと言うのは違うのでは。どちらも物語なのですから。好きなら、ただ好きと言うだけでいいでしょう」
「低俗な娯楽と、高貴な趣味を一緒にするんじゃありません! そんなくだらないものばかり読んでいるから、あなたは幼稚なのです」
「何を好み、何を嫌うかは自由です。だけど面と向かって幼稚だなんて貶められれば、黙っていませんよ。私は、自分のお金で自分の好きなものを買って楽しんでいただけですから。教師だからという理由で、生徒の趣味嗜好にまで口出しするつもりですか? それ以前に、人の持ち物を勝手に破くなんて器物破損ですよね」
「黙りなさい! 私は、教師としてあなたを導いてあげているだけです!」
不毛なやりとりだ。私は浅く息を吐いた。
「……先生。今のあなたの姿を、国王陛下や王宮の人々が見ていたら、どう思うのでしょうね? 先生は、陛下達に顔向けできるのですか?」
「ふん、まさか脅しのつもりなの? 国王陛下はご多忙なのよ。あなたみたいな小娘のことなんて気にかけないわ!」
「……そうですか」
その後も、ヤミルダはさんざん私を罵った後、バタンと乱暴に扉を閉めて出て行った。ただストレス発散のために、フローザに当たり散らしたかったのだろう。
「……さて」
一人になった部屋の中で、私は口を開く。
部屋の中には、「一人」だ。
けれど、この部屋の中にも――魔法の鏡は、置いてある。
私はにこりと、鏡の向こうの相手に微笑みかけた。
「……そういうわけで、リースゼルグ。今日の様子を見ていて、いかがでしたか?」
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次回は「加害者達は、王国騎士団の勧告を受けます」、明日更新です!





