77・攻撃魔法はお返しします
まるで、昼休みに一緒に食事しながら青春を過ごす学生カップルのようだ。このまま抱きしめ合ったり、キスしたりしても自然な雰囲気だけど……。
「あ、あの!」
「はい、なんでしょう」
「そういうこと、したいのは山々だけど、私の身体は今、フローザのものだから……」
私は慌てながらそう口にしたものの、目の前の彼は優美な笑みを崩さない。
「はい、もちろんです。ミア様がどのようなお姿でも、心があなたであるかぎり、私の気持ちは変わりませんが。できれば私も、あなた本来の身体を愛したいですから」
(……何気にすごいことを言われている気がする)
かーっと顔が熱くなるのを感じると、ヴォルドレッドはふっと妖艶に微笑む。
「それに、『したいのは山々だ』というお言葉だけで、私は幸福の極みです」
「……! そ、その言葉は忘れて!」
「忘れません」
「忘れなさい」
「忘れません。既にこの頭にも胸にも深く刻み込まれましたので。どうしても忘れろと言うのであれば、ミア様のお力で私の頭の中と胸を抉り取っていただくしかありませんね」
「そんなことできるか!」
甘さを含みつつも、いつもの調子で漫才のようなやりとりをしていると――
この空気をぶち壊すように、私達の前に影が忍び寄った。
ルディーナとその取り巻き二人がやって来たのだ。
「ヴィル様! こんなところにいらしゃったのですね」
(ヴィル様……? ああ、ヴォルドレッドのことか)
今の彼の偽名は、ヴィルレジードだ。彼女達はヴォルドレッドの美しさにさっそく目をつけたようなので、彼を落とすつもりなのかもしれない。
(いや、この子、公爵子息の婚約者なのよね? 相手がいる身でありながら、美形には擦り寄っていくのか……)
ともかく、相変わらず懲りずに何か言いにきたのだろう。通信を切っていた魔法の鏡に、こっそりまた魔力を込める。
「まあ、フローザなんかと食事にしていたのですか? まさかその子に誑かされたんですか? そんな不気味な子に近付いては、ヴィル様まで汚れてしまいますわ!」
「随分な言いようですね。私は別に誑かされていませんし、彼女は不気味ではありません」
「ヴィル様は転校してきたばかりだから、知らないのですね。その子は魔王の生贄候補。魔の者に選ばれた、汚らわしい存在なのです!」
私はその言葉に、黙っていることができなかった。ヴォルドレッドに任せず、自分で(私はフローザ本人ではないとはいえ)言い返すことにする。
「好き好んで生贄候補になったわけではないのに、その言いぐさですか? 私が生贄候補にならなければ、別の人が生贄になっていた。それはあなたかもしれないし、あなたの大切な人だったのかもしれないのですよ」
「私の家は侯爵家よ!? 高貴な血を引く私が、生贄になんてなるわけないじゃない! あなたは、血筋や日頃の行いが悪いから、生贄候補に選ばれたんじゃないの? ああ、嫌だ嫌だ!」
「そんな証拠がどこにあるんですか? そもそも、悪いのは魔王であって生贄ではないでしょう。むしろ、生贄は世界を救うため犠牲になるかもしれない存在なのに、そんなふうに蔑んで許されると思っているんですか?」
「な、何よ! フローザのくせに、最近のあんたは口答えばっかりして! だって……だって……」
フローザは今まで何を言われても黙っているだけだったのだろう。だからルディーナは私が言い返すと慌てるけれど、それでも絶対に、自分が悪いと認める様子はない。
「だって、どうせ生贄になって死ぬんだから、何をしたっていいじゃない!」
(――――は?)
あまりに酷い言葉に凍り付いていると、取り巻き女子二人はルディーナを持ち上げて笑い声を上げる。
「そうですよ、ルディーナ様! こいつに何かしたところで、後には何も残りませんもの!」
「残り少ない人生なんだから、せいぜい、私達の鬱憤を晴らす道具になっていればいいんですよねぇ!」
信じられない。何を言っているんだろう、こいつら。本当に同じ人間か?
いっそ聞き間違いであればよかったのに、残念ながら私の耳は正常だ。……残念なのは私の耳じゃなく、こいつらの腐った性根か。
「――本当に、最低」
「最低ですって!? 誰に向かってそんな口をきいてるのよ、フローザの分際で!」
ルディーナは頭に血が上ったようで、とうとう実力行使に出る。彼女は呪文を唱え、持っていた魔法の杖の先にボッと火を灯した。
(本当に……愚かだわ)
私は無詠唱で「足が滑る呪い」を彼女に移してやった。ルディーナは杖を持ったまま転んだため、火魔法はそのまま彼女達に襲いかかる。
「ぎゃああああああああ! 熱い、熱いぃっ!」
「いああああああああああああああああ!」
「ル、ルディーナ様、魔法を消してください!」
取り巻きの言葉で慌ててルディーナは魔法を消すが、彼女の腕は赤くなっていた。
「最低……! 火傷になっちゃったじゃない! なんてことするのよ!」
「あら、あなたが足を滑らせたんでしょう?」
そういう呪いをかけたのは私だけど、そもそも先に火魔法でフローザを攻撃しようとしたのはルディーナなのだから、責められる筋合いはない。私はこちらを睨みつけてくるルディーナを、あえて、ふっと笑ってやる。
「何笑っているのよ! 私はこんなに痛いのに、心ってものがないの!?」
「心がないのはあなたの方でしょう。あなたはずっと、こんなことをやってきたのよ。攻撃魔法なんて使われたら痛いし、苦しんでいる姿を見て笑われたら、心が傷つくでしょう。そんなこともわからずに今まで生きてきたの? 十八年間、一体何をやってきたのよ」
ルディーナは、悔しそうにわなわなと震えている。
「も、もう行きましょう、ルディーナ様」
「フローザ……このことは、お父様に報告するからね!」
「ええ、どうぞご自由に」
侯爵に報告されたところで、そもそも私は聖女だし、国王であるリースゼルグも私の味方だ。そんな脅し、何も怖くない。
本当は今すぐにでも、やろうと思えばこいつらを破滅させてやれるけど……。
今度は自然と唇の端が上がり、薄い微笑が浮かぶ。まるで、私の精神と繋がっているフローザが歓喜し、囁くように。
――「簡単に楽になんか、してやらない」と。
「身勝手に人を虐げてきたあなた達に、救いなんてない。あなた達に待っているのは、無残な結末だけよ。――覚悟しておくことね」
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