76・学園生活を送ります
「言葉の真偽に、身分は関係ないと思うのですが。何故先生は、そうまで頑なに事実を認めないのでしょうか? 不思議なものですねぇ。私にはわかりかねますので、できれば納得のいくご説明をいただきたいです」
ヴォルドレッドは優美な笑みを浮かべてはいるが、堂々としていて、決して教師に言いくるめられない雰囲気を醸している。
「こ……この学園には、この学園のルールというものがあります。私の学級のことは、私が判断を下す権限があるのです」
「おや? おかしいですねぇ。そのようなルール、校則にもどこにも記載がありませんが」
「不文律であり、一般常識です! そのようなこと、説明しなくてもわかって当然でしょう」
「ふむ。正式な規則でもないことを常識だなどとおっしゃられても、困ってしまいますね。私はこの国のことはよくわかりませんが……それは一般常識ではなく、単なるあなたの独自ルールではないでしょうか? 教師という立場を利用して生徒にそれを押し付けるような真似は、野蛮だと思うのですが。皆さんは何の疑問も抱かないのでしょうか。であれば、少々心配になってしまいますね。まさか隣国の主要な学園が、これほど低次元だとは……」
にっこりと笑ったまま、ヴォルドレッドは「この国の文化に疎いユーガルディア人」を演じる。生徒達はバツが悪そうな顔をしていた。普段、自国では立場の強い彼らも、隣国の貴族にこんな言われ方をするのは、さすがに居心地が悪いようだ。
ヤミルダも同様なようで、顔を真っ赤にして叫んだ。
「あ、あなたはまだこの国の文化に慣れていないだけです! とにかく皆、静かに! 授業を始めますよ!」
彼女は教卓にバンッと教材を叩きつけ、無理矢理話を打ち切って授業を始める。
(本当に横暴な教師ね。まあ、今のところはこれくらいでいいか)
実は昨日リースゼルグから小型の魔法の鏡を貰い、制服のポケットに忍ばせていたのだ。
この魔法の鏡は、リアルタイムで王宮の人々と映像や音声を共有できるし、私が能力向上させていることもあり、それらは記録しておくこともできる。
ルディーナや取り巻き、教師達の行動も言動も、もう隠蔽することはできないし、言い逃れもできない。
だからルディーナもヤミルダも、いくらでも横暴にふるまってくれて構わない。
全てが明るみに出されたとき、後悔するのは自分達なのだから。
◇ ◇ ◇
私が徹底的にやり返すとわかったのか、それとも転校生であり今までのルールが通じないヴォルドレッドの存在を警戒しているのか。その後は特に何もないまま昼休みとなった。
とはいえ、さすがにまた食事をひっくり返されたらたまらないし、昼食くらいゆっくりとりたい。お昼は売店でサンドイッチを買い、中庭でヴォルドレッドと共に食べることにした。一旦魔法の鏡からも魔力を抜き、通信を切る。
なお、リューは「学園を見て回りたい」と言って行ってしまったので、完全にヴォルドレッドと二人きりだ。
「それにしても、話には聞いていましたが、教師も生徒達も心底腐っていますね」
「そうね。まさかフェンゼルの魔法学園がこんな場所だなんて、知らなかったわ。学園全体がフローザへの嫌がらせを隠蔽していたせいで、リースゼルグのもとにも、何の報告も届いていなかったみたいだし」
「ミア様のご許可さえいただければ、すぐにでも全て壊滅させるのですが。それはもう、塵一つ残らぬほどに」
「やっちゃえ! って言いたいところなんだけど、もう少し証拠を集めるなりして、徹底的に逃げ道を塞いでやらないとね」
喋りながら、サンドイッチを齧る。白パンにハムとチーズ、マッシュポテトが挟まったそれは、パンが柔らかく塩味もちょうどいい。
「あ、美味しい」
「ふむ、食事に関してはミア様のお口に合ったようですね。今後、いつでも似た味を再現できるようにいたします」
「いや、そこまでしなくてもいいけど……」
サンドイッチは美味しいし、この中庭は緑豊かで、景色が綺麗だ。……だからこそ、複雑な気分になる。
「……もったいないわよね。この学園は食事も美味しいし、寮や魔法実験室、図書館とか、設備もすごく整っている。環境自体はいいのに……」
昨日と今日ここまでこの学園で過ごしてきて、魔法に関する授業内容も面白いものだとわかっている。本当に魔法を学びたい人々にとって、良き学びの場になれる可能性があったはずの場なのに、内部の人間がこんなにも腐っているなんて、虚しい。
というか……フェンゼルにもやっぱりこういう人間はいるんだなと思うことが、虚しかった。
この世に本当に悪い人なんていない、なんてどこぞのピピフィーナのようなことを言うつもりはない。それでも、自分が守った国の人々がこんな陰湿なことをしているのは、とても嫌な気分だ。
(……自分が次の標的にされるのが嫌で、黙って見ていることしかできない人達も、大勢いるのだと思う。いじめを助けようとして自分がいじめられることになった、なんて話、元の世界でもよく聞いたし)
それでも、フローザがずっと苦しんできたことは事実だ。
私は別に、「フェンゼルの人々を助けるために」なんて理由で前国王を王座から引きずり下したわけではない。私はただ、ヴォルドレッドがずっと奴に苦しめられていた過去を聞いて、自分の憎悪を晴らすために、自分が激痛を味わってまで奴を陥れたのだ。その責任を他人に転嫁する気はないし、「せっかく国を救ってあげたのに」なんて言うのは傲慢だ。
(それはわかっている。だけど、なんだかやりきれないわ)
「…………」
憂鬱な気持ちから無口になってしまうと、ヴォルドレッドがじっと私を見つめていた。
「ときに、ミア様。こうして普段と違う場所で、二人で昼食をとるのも悪くないものですね」
「え? ああ……まあ、そうね」
「昼食だけではありません。ミア様と、学園などという場所で過ごしたこの一日は、とても新鮮でした。一緒に授業を受けることも、休み時間に二人で話すことも」
まあ、それは確かに。
こうしていると……聖女と騎士という立場を忘れ、普通の学生になったみたいだ。
「もちろん、今のミア様のお身体はあなた本人のものではなく、現状は決して喜べるものではありません。……ですが私は、学園というものには、まともに通ったことがありませんから。こうしてミア様と学生の真似事ができるのは、ほんの少しだけ、嬉しさもあります」
「そうね……私は、学校生活自体は経験があるけど。学生時代にいい思い出なんてなかったわ」
学生時代の私は地味で、クラスのリーダー格のクループから馬鹿にされていた。それに学校でも、アリサが「私のお姉ちゃんって酷いのぉ」と言いふらしまくっていたのだ。「自分が冴えないからって、妹に嫉妬して嫌がらせする陰湿な奴」というレッテルを貼られていた。おかげで、ろくな学校生活を送れなかった。
(私はこの世界では、ずっと聖女として生きていく。こんなことでもなければヴォルドレッドと、学園で生徒として過ごすことなんてなかっただろうな)
あらためて、制服を着たヴォルドレッドという新鮮な姿を見つめていると、彼は再び口を開く。
「以前の王家が支配していた時代は、長かったですから。今のこの国はまだ、前時代の名残を引きずっている部分もあるのでしょう。身分の高い者が低い者を支配し、低い者はそれに逆らうことができない……。それでも、そんな時代はあなたが終わらせてくださいました。これから時間をかけて、この国はまだまだ、変わってゆくのだろうと思います」
彼は、私の気分が落ちているのを察知して、励ますために今までの話をしてくれたのだと思う。
前王家のせいで今は腐敗した貴族達も、いずれは皆、普通の学生として笑い合えるかもしれない。そんな未来は示唆してくれている――
「まあ、ミア様以外の人間の未来など、私の知ったことではないですが」
「その一言がなければいい話で終われたのに!」
とはいえ、こういうところも含めてヴォルドレッドらしい。
さっきまで気分が沈んでいたはずなのに、思わず笑えてしまった。
(……そうだったわ。たとえ嫌な奴がいても、この世界には私にはちゃんと、大切な人達もいる)
悪意に満ちた人々がいても、ヴォルドレッドやリースゼルグ、王宮の人々など、私を尊重してくれる人々がいることを、忘れたくない。
そもそもリースゼルグだって、もとは公爵だったのだ。貴族だって、全員が腐敗しているわけではないはず。この学園が、教師達の教育のせいか、歪んでいるだけだ。
それに学校……学びの場自体は、この国に必要なものだ。平民は、読み書きや簡単な計算すら、教わる機会がなかったりするし。ここは上流階級の人間が集う場だけど、いずれは身分に関係なく、自由に魔法や、好きなことを学べるようになったらいい。
もちろん、綺麗ごとばかりじゃない。
どうしたって、相容れない相手というのはいる。
だけど、そんな相手に囚われて、絶望の中で生きるなんてごめんだ。
私は自分の進みたい道を進み続ける。それだけ。
「ヴォルドレッド。ありがとう」
「礼を言われるようなことは言っていませんが」
「私が言いたいから、言ったのよ」
そう答えると、彼はふっと目を細める。
「……それは、あなたらしいですね。私は、自分の好きなように生きるあなたが好きです」
「す……好きとか、よく恥ずかしげもなく言えるわね」
「恥ずかしくはありませんが、かといって、軽く言っているわけでもありませんよ。……私は心から、あなたをお慕いしています」
「そ、それは、どうも……」
言葉だけでなく、眼差しからも想いが伝わってくるみたいで、頬が熱くなる。
(あれ? なんかいい雰囲気じゃない……?)
読んでくださってありがとうございます!!
明日もこのくらいの時間に更新予定です!