74・反省室で過ごせって? 脱走します
(さて。一旦、ヴォルドレッドやリースゼルグに現状を伝えないとね)
私がこのフローザという少女になっているのだから、フローザは私の身体で活動しているのかもしれない。そう考えると、気がかりな点がないとも言えないのだ。
とはいえ、能力は魂に付随するようなので、聖女の力は使えないし何もできないだろう。それに万が一本物のフローザが何かしようとしても、きっとヴォルドレッドがなんとかしてくれる。多分彼なら、普段の私との違いとか、見抜いてくれるだろうし。
しかし自分の身体の様子を見たいし、彼らにこの状況を相談したい。私は聖女の力「能力向上」で自分の脚力を上げ、ドアを蹴破った。
「な!? 何やってるの、あなた!」
音に気付いて、見回りの寮長がやってくる。
「反省室から脱走するつもり!? フローザ、あなたって本当に愚かな……、うっ!?」
バタン、と寮長が倒れる。気絶する呪いを移したのだ。ヤミルダやルディーナは私を反省室に閉じ込めてご満悦なのかもしれないけど、そもそもこんな部屋、私は簡単に抜け出せるから何の意味もない。
寮の外に出たところで、空からバサリと音がした。
「ここにいたか、聖女」
以前私がユーガルディアで倒した魔竜こと、リューだ。以前は迫力のある巨大なドラゴンの姿だったが、今は小さなミニドラゴンと化している。
「あら、リュー。どうしてここに?」
「お前の魂の気配を辿って来た」
「この姿でも、私だってわかるのね」
「当然だ。今はこのような姿でも、我は伝説の魔竜だぞ」
「自分で『伝説の』とか言っちゃうと、なんだか気が抜けるけどね」
「事実なのだから仕方がないだろう? いずれにせよ、お前は我が認めた主。たとえ姿が違ったとて、我がお前を間違えることなどない」
リューは「えっへん」とばかりに得意げだ。呆れてしまうような、ミニドラゴンの姿だから可愛いような。
「まあいいわ。ちょうどいいから、私を王宮まで運んでちょうだい」
「うむ。我はお前の忠実な従魔なので、運んでやるぞ」
「忠実な従魔のわりには、態度が大きい気がするけど……」
私はリューを一時的に能力向上させ、巨大なドラゴンとはいかずとも、私が乗れるくらいの大きさになってもらった。あとは背中に乗せてもらえば、王宮までひとっ飛びだ。
とはいえ王宮にはもちろん夜でも見張りの門番さんがいるので、一旦そこに降りる。
「あ、あなたは……!?」
「あの、朝起きたら何故かこの姿になっていたんですけど……。私、聖女のミアなんです。といってもさすがに信じられないでしょうから、証拠として、聖女の力をお見せしますので」
「いえ、魔竜を従えている時点で、聖女様なのだとは思いますが……。いつもと違うお姿なので驚きました」
私は証拠として聖女の力を使ってみせ、自分がミアであることを証明した。そして王宮内に入れてもらい、自分の部屋へ行くと――
「ミア様……!」
普段冷静なヴォルドレッドが、まるで失った光を見つけたかのように、駆け寄ってくる。
「ヴォルドレッド、この姿でも私だってわかるのね」
「はい。歩き方や呼吸のリズム、そして瞳の色は違えど、私を見るその視線……。どれをとってもミア様のものです。私はミア様と出会った日からずっと、誰よりお傍であなたを見守ってきましたから。あなたを間違うことなど有り得ません」
「お、おう……」
嬉しいような、愛が重すぎて若干引くような。
「えーと……私本来の身体は、今は眠っているの? 『フローザ』は、突然こんな状況になって、驚いていなかった?」
ベッドには、私の身体が横たわっている。私はてっきり、身体が入れ替わっていて、フローザは私の身体で活動しているのだと思っていたけれど――
「フローザ……? 誰ですか、それは」
「え? 私と入れ替わった子の名前……今、私の魂が入っている、この子の名前。フローザじゃないの?」
「そうなのですか? 何せミア様のお身体はずっと眠りについたままでしたので。朝から目覚めず、一言も発していません。呼吸はあるので生きていることはわかるのですが……何が起きているのかわからず、ミア様の身を案じておりました」
「そう……だったの」
「もう少しで、ミア様をこのような事態に陥らせた犯人探しとして、目についた人間どもを片っ端から拷問にかけるところでした」
「本当によかったわ。そんな惨事になる前に戻ってこられて」
ひとまず国の平和は守られたようだ。ほっと胸を撫で下ろしていると、リースゼルグが部屋にやって来た。
「こんばんは。ミア様……なのですよね?」
「ええ、私よ、リースゼルグ。簡単には信じられないでしょうし、証拠を見せましょうか。この身体でも、聖女の力は問題なく使えるから」
「いえ、それには及びません。ミア様が普段と違うお姿でお戻りになったと、門番達から報告を受けています。何よりヴォルドレッドが認めたのであれば、間違いなく本物のミア様でしょうから。本来のお身体が目覚めないので私も心配していたのですが、ひとまずご無事なようでよかったです」
リースゼルグは、穏やかに微笑んでくれる。今朝から混乱することが続いていたけれど、その笑顔を見ていると、ほっと心が落ち着く。
「それで、ミア様。どうしてそのお姿になっているのでしょうか」
「それは正直、私が聞きたいのだけど……。最近、この子の夢をよく見ていて。この子……フローザはいつも『誰か、助けて』と言っていたの。そして今朝目が覚めたら、突然身体がこの子のものになっていて……私は『アレンテリア魔法学園』という場所にいたわ」
その名称を聞いて、リースゼルグがはっと、何かに気付いたような反応を見せる。
「アレンテリア魔法学園の、フローザ? まさか……『魔王の生贄候補生』ではありませんか?」
「ああ。そういえばいじめっ子達も、そんなことを言っていたわ。……この世界には、『魔王』なんてものがいるの?」
「はい。魔王とはその名の通り、魔の者を統べる王です。ミア様が住んでいらっしゃった『異世界』とは異なる『魔界』という領域があり、魔王は普段そこで活動しています」
(魔竜の次は、魔王か……本当に異世界だな)
「魔王は私達の住むこの世界を征服したがっているのですが……。古代にこの大陸の人間と、百年に一度生贄を捧げれば、征服を先延ばしにするという契約をしたのです。生贄候補には、魔族に近い特殊な魔力を持つ者が選ばれ、その者の身体には紋様が浮かぶと言われています」
「紋様? ああ、そういえば……」
長袖の制服だから普通にしていれば見えないけれど、フローザの腕には、いじめっ子どもにつけられたのであろう数多の傷の中に、不思議な紋様が浮かんでいるのだ。
「じゃあこの子は、魔王への生贄候補だから、周囲から不吉がられて、いじめられていたというわけ?」
するとヴォルドレッドが、フローザの腕の傷痕を見て、微かに眉を顰めた。この傷をつけた人間を嫌悪するように。
「……生贄候補だから、なのでしょうか。理由なんて、なんでもよいのでしょう。ただ他者を虐げたい欲望を抱えた者が、もっともらしい理由を掲げて『お前が悪いのだから、何をされても仕方がない』と自分を正当化しながら鬱憤を晴らしているだけでは」
「……そうね。確かに相手の女子達は、フローザに嫌がらせすることを、楽しんでいる様子だったわ」
ルディーナ達の、平気で人を傷つけて自分達の優位性を確認し、愉悦に浸るようなやり方――本当に、反吐が出る。
「このフローザという少女は、日々虐げられることに耐えられなくなって、助けを求めていた。その祈りが、聖女である私のもとに届いたんじゃないかと思うの。この子も魔王の生贄候補として、特殊な魔力を持っているみたいだし」
「ええ……おそらく、そうでしょうね」
前国王に爵位剥奪され追放された過去を持つリースゼルグも、不当に虐げられる痛みには共感を示していた。だけど同時に、ヴォルドレッドもリースゼルグも、この状況に置かれた私の心配もしてくれる。
「フローザという娘の境遇はわかりました。だからといって、ミア様が身代わりとなっていいわけではありません。早急に、元に戻る方法を探しましょう」
「別に私は、フローザの代わりに学園に通うこと自体は大丈夫。嫌がらせしてくるような奴らには全員反撃しているし。まあ、それでも奴らは今のところ全然懲りていないけど」
「さすがはミア様です。ですが、くれぐれもご無理をなさいませんように」
「ええ、ありがとう。……それより、私の身体に入っているはずの『フローザ』が目覚めないっていうのが気になるわね」
私本来の身体は、人形のようにベッドに横たわっていて、目覚める気配はない。
試しに、聖女の力で私の身体を鑑定してみた。
・フローザ
・魔法学園の生徒(魔王の生贄) Lv40
【HP】4万
【MP】6万
・魔王の生贄であることから不気味がられてきた少女。
現在は深い眠りにつき、自分の身体に起きる出来事は、聖女ミアを通して、夢という形で感覚を共有している。これまで虐げられてきた憂いを晴らしたとき、肉体と魂は元に戻る。
「……やっぱり。フローザはどうにかして、自分の苦しみを晴らしたいみたい。……そうでもしなければ、やりきれないのでしょうしね」
今日一日この身体で過ごしていたけれど――魂がリンクしているせいなのだろうか。ルディーナやヤミルダ達を見るたび胸が軋む気がしたし、彼女達に反撃してやったとき、心の奥で、フローザが歓喜しているような感覚があった。
フローザは長い間、あんな目に遭ってきた。誰も味方がいない中、一人で集団に立ち向かっていくのは困難だ。ずっと理不尽に痛めつけられたら、誰だって相手を憎悪する。当たり前のことだ。
「よし。私、当面の間、あの加害者どもに徹底的に反撃して、フローザの恨みを晴らしてみせるわ」
私がそう言ってぐっと拳を握ると、リースゼルグは真剣な顔で言葉を続ける。
「私の方からも、学園や教師に注意します」
「そうね。フローザに嫌がらせをしている相手……『ルディーナ』って子は侯爵令嬢らしいから、親にも注意したほうがいいわ。ルディーナは、親には何も言っていないか、まるで自分が被害者かのように嘘を吐いているんだろうから」
ルディーナとその取り巻き達は、ちょっとやそっとのことでは反省する気配がなかった。これまで集団で一人を痛めつけてきたような、人の心がない連中だ。徹底的にやらなければ懲りないだろう。でなければどうせ、一度反省したふりで、時間が経ったらまた同じようなことを繰り返すに違いない。
「そういうわけで、私はしばらく学園で過ごすわ。聖女の力は使えるから、もしも緊急で何かあったら言って。留守の間のことは頼むわ」
私本来の肉体は、結界で誰にも近付けないようにしておけば問題ない。聖女の力を使えば、魔獣だけでなく、人間でも私が許可した者以外入れなくすることは可能なのだ。
しかしヴォルドレッドは、私を気遣うように申し出た。
「ミア様。私もお供いたします」
「いや、学園にあなたを連れて行くわけにはいかないし。私は大丈夫よ」
「ミア様なら、確かに問題ないのだとは思います。それでも、加害者の集団の中にお一人で、心ない言葉を連日浴びせられ続ければ、心は摩耗するでしょう」
ヴォルドレッドの意見にはリースゼルグも同意のようで、頷いていた。
「私も、そのような場所にミア様をお一人でいさせるのは気がかりです」
「ミア。我だってお前の傍にいたいぞ。我はお前の従魔なのだから」
「でも、ヴォルドレッドやリューが傍にいたら、私が聖女ミアだってことがバレるだろうし。まだしばらくは、自分の正体を明かすつもりはないの。権力で一時的に頭を下げさせるだけじゃ、長期的には効果がないと思うから」
すると、リースゼルグがにっこりと微笑んで、言った。
「ふむ。わかりました、ではアレを使いましょう」
「アレ?」
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