73・まだ懲りないんですか? 返り討ちにします
朝、ルディーナをゴブリン化してやったときは、まだあまり他に登校してきている生徒がいなくて、大きな騒ぎにはならなかった。
それにルディーナがぎゃあぎゃあ言うものだから、呪いはすぐに解いてやったし。彼女達も、自分が下に見ていた相手に無様に呪われたなんて、わざわざ自分から言わない。なので私の能力は、他の生徒達にはほぼバレていない。
(それにしても、もう少し情報が欲しいのだけど。そもそもなんでフローザはこれほど酷い仕打ちを受けているのか、とか)
あまり考えたいことではないけど、アリサのように、人の婚約者を寝取っておいて被害者面するような人間も世の中にはいる。そういうケースもなくはないけど――
ただ、理由なんてなくて「誰でもいいからストレスの捌け口にしてやりたい」という人間の被害に遭ってしまう場合だって腐るほどある。勘でしかないけど、ルディーナとフローザの場合は、そのケースのように感じる。
とはいえ、真相が知りたくて誰かから聞こうとしても、全員「フローザ」を無視するので、なんの情報も得られない。そもそも、授業の合間の休み時間くらいでは、情報収集には短すぎる。
そうこうしているうちに、昼休みとなった。生徒達がこぞって教室を出て食堂に向かうので、私も同じようにした。朝食を食べていないのでお腹が空いているのだ。
(腹が減っては何とやらと言うし、ひとまず空腹を満たしてから考えよう)
今日の日替わりランチは、パンと野菜スープ、鶏肉の香草焼き。上流階級の子女が集う学園ということもあって、なかなか質のいい料理だ。
一緒に食べてくれる人は誰もいないし、周囲の視線は冷たい気がする。それでも食事自体は美味しいので、料理を口に運んでいると――
「フローザ」
ザン、と効果音でもつきそうな雰囲気で、ルディーナと取り巻き女子A・Bが私のもとにやってきた。今朝あれだけ無様を晒した後だというのに、偉そうに腕を組んで私を見下している。
「ちょっと来なさいよ」
「嫌よ」
誰かから情報は得たかったところだけど、こいつらはどうせろくなことをしない。それより食事に集中させてほしい。
「はあ!? 何よその態度は! 私が来なさいって言っているんだから、すぐ来なさい!」
「何故私があなたの命令に従わないといけないの? 用事があるならせめて『来てください』とお願いしたらどうかしら」
「ふざけるんじゃないわ! フローザのくせに生意気なのよ!」
ガシャン、と。ルディーナが、私の食事を床に叩き落とした。熱いスープがはねて、私の制服を汚す。
周囲の人々は、そんな光景を目の当たりにしながら、誰も何も言わない。……フローザがこういう扱いを受けるのはいつものことだから、というように。
「あはは、制服が濡れて、きったないこと! あんたにはお似合いだわ! 朝は何かの間違いで不意打ちを食らったけど、あんたなんか情けなく震えているのがお似合いなのよ!」
(……やっぱりあれだけじゃ、懲りなかったか。なら……もっとお仕置きが必要ね)
私は、ルディーナによって床に落とされたパンを拾うと――彼女の頬に押し付けた。
「むぐぐっ!?」
「食べ物を粗末にするんじゃないわよ。あんたが落としたんだから、責任持って食べなさい」
ザワッと、周囲がざわつく。
私の食事が落とされたときは何も言わなかったくせに、ルディーナがやられる側になったら動揺するらしい。
なんにせよ、食事を台無しにされたのは許せなかった。私は子どもの頃、親に家事をやっておかなかったお仕置きと称して、何度も食事を抜かれたことがある。そのときに痛感したけど、美味しい食事を食べられるのは、それだけで幸せなことなのだ。ルディーナがこんなことをするのは、食事のありがたみをわかっていないからだろう。反省しろ。
「フローザ、あなた……! 侯爵令嬢のこの私にこんなことをして、許されると思っているの!? お父様に言えば、あなたなんかどうにだってしてやれるのよ!」
「それはあなたがすごいんじゃなくて、あなたの親が偉いだけでしょ。それで威張るなんて、恥ずかしくないの?」
「なっ……」
「騒がしいですよ。何をしているのですか」
そこで、カツカツと靴音を立て、教師が歩いてきた。
三十代半ばの女性で、フローザの担任でもある、ヤミルダ先生だ。
「先生! フローザが私に乱暴してくるんです!」
「謝りなさい、フローザ」
「先生。先に乱暴してきたのはルディーナの方です。彼女が、私の食事を故意に床に落としたのです」
「ルディーナ嬢は侯爵家令嬢ですよ、そのようなはしたないこと、するわけがないでしょう! どうせ下賤なあなたの仕業なのでしょう? 謝りなさい、フローザ!」
(なるほど……教師までいじめに加担してるってわけね。最低)
「先にやったのはルディーナです。ここにいる全員が目撃者です」
しかしそう言って辺りを見回しても、全員目を逸らす。確かに見ていたはずなのに、見て見ぬふりを決め込むようだ。
「あなたの味方なんて誰もいないじゃないの! あなたが嘘を吐いているんでしょう!」
ヤミルダが「ほらごらん」と言うような表情を浮かべ、ルディーナもほくそ笑んでいた。だから私はヤミルダの前にバサッと、とあるものを突き付ける。
「私の教科書やノートに、落書きがされているのです。酷い罵倒の言葉も、いくつも書いてあります。筆跡などを調べてください。ルディーナ達の仕業だとわかるはずです」
朝、寮を出るとき私が鞄の中身を確認したときには、既にこの状況だった。教室に置いておいたらまた隠されたり破かれたりするのだろうと思い、鞄ごと食堂に持ってきておいたのだ。
「な……ひ、筆跡を調べるなんて。侯爵家のルディーナ嬢に、そんな失礼なことできるわけないでしょう! 身分を弁えなさい、フローザ!」
「身分と言いますが、この国で身分が重視されていたのは、前国王が支配していた時代でしょう。現国王のリースゼルグ陛下は、一度爵位剥奪され追放された経験もあり、平民に寄り添う姿勢を大切になさっています。身分制度自体は確かに現在でも残っていますが、過度に身分を盾にした支配は、リースゼルグ陛下のご意思に反することでもあるのですが?」
「御託を並べるのはよしなさい! 身分の高い者は、低い者をどう扱ってもいいのです! それが常識です!」
「ではあなたは、身分が大切だと口にしながら、現国王陛下のご意向には背くのですか? 身分を大事にすべきなら現国王陛下の方針に従うべきですし、身分は関係ないのであれば、私がルディーナの罪を暴くことも問題ないはずです」
「いい加減になさい! 教師である私に向かってそれ以上生意気な口を利くようであれば、罰を与えますよ!」
「理不尽な目に遭っているのは私なのに、被害を訴えて罰せられるなど、納得いかな……」
「黙りなさいと言っているでしょう! あなたには罰を与えます! 決定事項です!」
ヤミルダは反論を塞ぐように私を怒鳴りつけ、ルディーナや周囲の生徒達はクスクスと笑っている。
……どうやらこの学園は、根本的に腐っているみたいだ。傷を与えて制裁をくわえることは容易だけど、もっとじっくり改革していかないと焼石に水かもしれない。
「罰、ですか。私にそんなことをしたら、いずれ後悔することになりますよ」
「何を馬鹿なことを言っているのです! とにかく、床が汚れているのだから、ちゃんと拭いておくんですよ!」
(だから、食べ物を粗末にして床を汚したのは、ルディーナなんだけど)
しかしヤミルダは、もう私のことを視界にすら入れたくないという様子で、カツカツと靴音を立て、行ってしまった。
(『フローザ』は……ずっとこんな日々を送っていたのなら、本当に辛かったでしょうね)
私はこの子を知らない。だけど、ずっとこんな目に遭っていたというのなら、理不尽にもほどがある。
今、私が置かれている状況は最悪だ。だけどここから、必ず覆してみせる。
フローザを追い詰めてきた連中、全員まとめて、震え上がらせてやる。
◇ ◇ ◇
結局、私は罰として寮の反省室に一晩閉じ込められることになった。
狭くて暗くて家具も何もない、独房かというような部屋に一人、ぽつんと放置される。外から鍵がかけられており、中からは開けることができない。
だけど、ふと外からガチャガチャと音がして、扉が開いた。
「フローザ、大丈夫ぅ? 心配だから、様子を見に来てあげたわよぉ」
「ルディーナ様が、わざわざ先生から鍵を借りてこんな場所に来てくださったんだから。ありがたく思いなさいよね」
とても心配しているようには見えない小馬鹿にした態度で、ルディーナと取り巻き二人がクスクス笑う。同時に、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。
「あなた、罰として夕飯抜きなんでしょう? 先生の言うことは守るべきだから、食事を分けてあげることはできないけどぉ。匂いだけでもお裾分けしてあげようと思って!」
「美味しそうでしょう? 最近街で人気の焼き菓子なのよぉ」
「あなたのぶんも、味わって食べてあげるわぁ!」
ルディーナ達は、朝食も昼食もまともに食べられていない「フローザ」の前で、むしゃむしゃとお菓子を食べ始める。
なので私は、彼女達の手からお菓子を奪い、勝手に食べることにした。
「何するのよ!」
「あら、私を心配して来てくれたんでしょう? だったら私が食べてあげるべきかと思ってね。大丈夫よ、私が奪っただけだから、あなた達が咎められることじゃないでしょう?」
「はあ!? 何なのよ、あなた! 先生に言いつけるからね!」
「勝手にすれば? というか、『何なのよ』はこっちの台詞よ。……どうしてあなた達は、そんなに私を目の仇にするの? 何か理由があるわけ?」
過去に何かトラブルあったとか、事情があるようであれば話くらいは聞いてやる(聞いたところで、許すわけではないが)。そう思ったのだけど――
「だって、あんたって気持ち悪いじゃない!」
「人に面と向かって堂々とそう言えるあなたよりは気持ち悪くないわよ」
なんだこいつ。理由があるなら聞くだけは聞いてやろうと思ったのに、本気でもう容赦なんていらないのでは?
「だって……不吉なのよ! あんたなんか、魔王の生贄のくせに!」
(――ん?)
「もう行きましょう、ルディーナ様」
「ええ。こんな奴の相手をしていると、こっちにまで不幸が移るわ!」
「ねえ、ちょっと。『魔王の生贄』って……」
尋ねようとしたのに、ルディーナ達は乱暴に扉を閉め、ご丁寧にまた鍵をかけて行ってしまった。
「魔王の生贄って……何?」
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