72・いじめっ子達をギタギタにします
第三部はタイトル通りいじめ加害者達に制裁をくわえる内容ですが、話の展開上、いじめのシーンが出てくる箇所もあるため、そういった描写が苦手な方はご注意ください! なおもちろん最終的にいじめっ子達は全員破滅します!
(誰か、助けて――)
……ああ、これは夢だ、と。夢の中で私は気付いていた。
だけど以前よく見ていたような、元の世界での記憶じゃない。
夢の中で私は、「私じゃない誰か」になっている。
その「誰か」は、いつも他者から酷い扱いを受けていた。
「あんたって本当に不気味よね! 本当は魔獣の子なんじゃないの? ほら、魔獣の真似でもしてみなさいよ」
「そうそう。四つん這いになって、ガルルーって鳴いてみなさいよぉ!」
目の前には三人ほどの女子がいて、全員がニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべて、「誰か」を見下ろしていた。「誰か」は彼女達への恐怖と、全てに対する諦めから、言われるがまま魔獣の真似をする。
「が……がるるー……」
「あはは、まさか本当にやるなんてね! 馬鹿みたい!」
「ねえねえ、もっと酷いことしてみましょうよ! 魔獣の子なら、人間扱いする必要なんてないもんね!」
「あ! 私、面白い魔法薬持ってるんだけど! こいつに使ってみようよー!」
自分達の行いで、「誰か」がどれだけ傷ついているかも知らず、知ろうともせず――三人の女子達は、ケラケラと笑っている。
「誰か」はもう、何もかも諦めているようだった。自分はこのまま、死ぬまで――文字通り、本当に命を落とすまで、地獄の中で生きていくのだと。
だけど。その諦めの中に、ほんの僅か……「このままじゃ嫌だ」と叫ぶ自分がいた。
このまま死ぬというのなら、自分は一体何のために生まれてきたのか。自分の人生とはなんだったのか。どうして、こんな奴らに笑い者にされたまま終わらなければならないのか。
ああ、憎い。こいつらのことが憎い。憎い憎い憎い。馬鹿にされ、嘲笑われ、人間ではないような扱いを受ける日々に、何故黙って耐えていなければならないのか――
(お願い、誰か……助けて……!)
◇ ◇ ◇
「ここ最近、不思議な夢を見るのよね」
私が聖女として異世界に召喚され、このフェンゼルでの暮らしにもすっかり慣れたある日のこと。
少し前まで、隣国ユーガルディアでおかしな勇者に絡まれたり、魔竜と戦ったり、いろんなことがあって。それらの問題を全て解決し、最近は平穏に暮らしていたのだけど――ここ数日、謎の夢を見るようになった。
最初は、ただの夢だと思って気にしていなかった。だけど、毎夜同じような夢を見るのだ。だからさすがに気になって――ある昼下がり。フェンゼル王宮の庭園でお茶をしていた私は、ヴォルドレッドに打ち明けてみた。
「夢、ですか」
ヴォルドレッドは、私のためにお茶のおかわりを注ぎながら呟く。私の騎士であり恋人だというのに、彼はいつもまるで執事のように私に傅いてくれる。
「ええ。その夢の中で私は、私じゃない、別の少女になっているのよ。それで、知らない女子達から酷い嫌がらせを受けているの。その子達は、学校の制服みたいな服を着ていて……」
といっても、現代日本風の制服ではない。いわゆるファンタジーな「魔法学校」風の制服だ。夢の中の断片的な情報を総合すると、この世界のどこかの学校で、誰か女子がいじめられている様子だった。
(いじめっていうか、傷害罪とか侮辱罪よね。……なんにせよ、胸糞悪いわ)
「……とにかく、自分のことじゃなくても、辛かったわね」
「ミア様は聖女です。もしかしたら、夢を通して何者かの記憶を共有しているのかもしれません」
「そうね……誰かが、『聖女』に救いを求めているのかも。夢の中でその子は、『誰か、助けて』と願っていたもの。なんとかしてあげられたらいいんだけど」
名前も知らない子だけど、彼女が受けていた仕打ちは痛々しくて、思わず目を覆いたくなるほどだった。あれが夢ではなく、実際に起きていることなのだとしたら……加害者どもに対する怒りが湧いてくる。
「集団で一人に陰湿な嫌がらせをするなんて、最低。相手の奴ら、ぶっ飛ばしてやりたいわ」
「私もお手伝いいたします。制服や校舎の特徴を教えていただければ、お調べいたします」
「ありがとう。ええと、白いブラウスに、黒いマントとスカートみたいな制服でね……」
ヴォルドレッドに伝え、やがてお茶の時間も終えて……その後回復薬作りなどの聖女の仕事を終えた後、眠りについた。
てっきり、今夜もあの少女の夢を見るのかな、と思っていたのだけれど――
◇ ◇ ◇
「ん……」
(……あれ? どこ、ここ)
朝、目を覚ますと、知らない天井が目に入った。
(おかしいわね。私、昨日は普通に自分の部屋で寝たはずなのに)
よく見ると、身に着けているのも、私が普段寝るとき着ているネグリジェではなく、もっと簡素なものだった。
おかしい、と思い、部屋の中にあった鏡を覗き込む。
すると、そこに映し出されたのは……。
「これが、私……?」
……なんて、ボケてる場合じゃない。確かに私より若くて美人だけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
鏡に映っているのは私の顔じゃない。全くの別人、知らない人だ。
すらりと背が高く、まるで氷のような青白く長い髪と、深海のような青い瞳を持つ美人。
(夢……じゃないわよね)
古典的な方法だけど頬をつねってみると、ちゃんと痛い。現実のようだ。
にわかには信じがたいけど、これまでも異世界召喚だの魔竜復活だの、非現実的な事態には何度も遭遇してきた。ファンタジーな異世界ってのはそういうものなんだろう、と受け入れる。
(私もなかなか、順応性が高くなったわね……)
今まで夢の中では少女と一体化していて、顔を見ることはできなかったけれど。おそらくこの子は、今まで夢で助けを求めていた少女だ。
(あまりに辛い目にあったこの子が、誰かに助けてほしいと願って……その願いが、聖女である私に届いた、ってところかしらね)
これまでは夢の中でこの子と同化するだけだったけど、この子の強い願いによって、とうとう身体が入れ替わったのだろうか?
ためしに、能力開示を使ってみる。
だけど、出てきたのはあくまで「ミア」の能力で、この子の情報はわからなかった。鑑定の基準は肉体ではなく、魂のようだ。
(この場合、聖女の力は使えるのかしら?)
部屋の洗面台には、蛇口があった。以前――前国王が支配していた頃、フェンゼルは衛生環境が悪かったけれど、その後私が水の魔石を用いて水の使用を効率化し、簡単に水道が設置できるようになったのだ。
そんなわけで、洗面台にあった桶に水を溜め、聖女の力を使ってみる。
すると、問題なく聖女の光が出たし、水は回復薬に変わった。
(うん。やっぱり、能力は肉体じゃなくて魂に付随する……この身体でも、聖女の力は自由に使えるみたいね)
そんなふうに、能力の確認をしていると――
「ちょっと、フローザ! ちゃんと起きてる!? トロトロしていないで、とっとと登校しなさいよね! あんたなんか、寮にいたって邪魔なだけなんだから!」
ガンガンと、部屋の外から扉が叩かれる。ノックなんて可愛らしいものじゃない激しい音に、思わずビクッと背筋が伸びた。
「ええと、誰ですか?」
ドアの外に向けて問いかけると、険しい声が飛んできた。
「何寝ぼけたこと言ってるの!? 私は寮長よ! ほんと、あんたってぼーっとしてるんだから!」
(ここ、寮なのね。この子は寮から学園に通っているのか……)
よくわからないが、寝間着のまま外に出るわけにもいかない。部屋の中に制服が掛けられていたので、着替えることにした。服を脱ぐと――
(……! これ……)
彼女の身体には、無数の傷痕があった。痛みこそないものの、新しい傷や、火傷の跡もある。故意に誰かにやられたもののようだ。
(酷い……ずっとこんな仕打ちを受けていた、ということよね)
聖女の力で治してもいいけれど、今はまだ、誰かがやったという証拠のために残しておいた方がいいかもしれない。
「ちょっと、聞いているの!? とっとと寮から出て行ってよね、あんたがいると空気が汚れるわ!」
(いや、そんなすぐ準備できるわけないでしょ……)
制服に着替えると、追い出されるように慌ただしく寮を出ることになってしまった。寮で朝食をとらせてもらえることもなく、そのまま教室に直行することになる。とっとと行けと言われたわりに、まだ始業には早すぎるようで、学園内には誰もいなかった。
(朝食もとらせず追い出すなんて、これも嫌がらせの一環なんでしょうね……)
部屋に置いてあった生徒手帳で、この子とこの場所のことについて、少し情報がわかった。
ここは、アレンテリア魔法学園高等部。フェンゼル王都に存在する学園で、貴族など身分の高い者達が集う学園だ。
今、私が同化しているこの子は、フローザという名前らしい。
生徒手帳にクラスも書いてあったので、広い学園の中を彷徨いながら、なんとか教室に辿り着いた。私が通ってきた現代日本の教室と違い、机が一人一つではなく、長机に椅子が数脚あって、数人で掛ける形式らしい。ただ、どこが「フローザ」の席なのかはわからないので、ぼんやりと立っていた。すると、やがて別の生徒達が登校してきた。
「おはよう」
「…………」
「ねえ、変なこと聞いて悪いんだけど、私の席ってどこだったかしら?」
「…………」
無視だ。仮にも同じクラスの人間だろうに、完全無視。
私はもしかして幽霊にでもなったのかな? と思うけど、寮長とは普通に会話できていたのだから、そんなわけない。
(いっそ適当な席に座っちゃおうかしら。そしたら無視もできないだろうし)
そんなふうに考えていた、そのときのこと。
教室の扉から、女子の集団が入ってきた。
(……! この子達……)
夢の中で、「フローザ」に酷い仕打ちをしていた女子達だ。
彼女らは「フローザ」である私を見ると、何の声をかけるわけでもなくニヤニヤと笑う。そして、わざと傍に寄ってきて、何か話し始めた。
「ねえねえ、私、昨日新しい魔法を覚えたの!」
「まあ! さすがはルディーナ様です! 素晴らしいですわね」
「ふふ、そうでしょう? 見ててくれる?」
彼女達のリーダーである「ルディーナ」とやらが、おもむろに魔法の杖を取り出し、呪文を唱えて――
「きゃっ……」
私の目の前に、バチッと、小さな稲妻が弾けた。
「あ~らフローザ、そんなところにいたのぉ? 全然見えなかったわぁ! あなた無駄に背は大きいくせに、存在感ってものが皆無なんですもの!」
「にしても、とっさに避けられないなんて、どんくさいですわよねぇ」
「あなたみたいな愚鈍な奴がこのアレンテリア魔法学園の生徒だなんて。学園の恥だわ!」
ルディーナ達は、クスクス、クスクスと笑う。
――へえ、そう。そういうことをするわけね。
こいつらの慣れきった態度からして、本当に日常的に、こんなことをしてきたんでしょう。
でも、残念だったわね。今、あんたらが相手にしている女子の中身は、いつもの「フローザ」じゃない。
「私」は、こんなことをされて黙って我慢なんて、してやらない。
「あら、そう」
私は無詠唱で聖女の力を使い、ルディーナに「ゴブリン化の呪い」を移してやった。
次の瞬間、顔だけは美しい彼女は、途端に醜い化け物の姿と化す。
「ぎゃああああああああああああああああああ!?」
ルディーナは叫びを上げ、取り巻きの女子二人も、ぎょっと目を剥いていた。
「な、何!? 何が起きているの!?」
「ルディーナ様、お姿が……! 大変なことに……!」
取り巻きAが、ルディーナに手鏡を渡した。ルディーナは醜い化け物と化した自分の姿を見て、卒倒しそうになる。
「何これ、呪い!? 何の儀式もなく、無詠唱で……!?」
「ああごめんなさいね、私もあなたの姿が見えなくて、間違えちゃって。でも、そっちが先にやってきたんだから、お互い様よね?」
「なっ……」
「なあに? 自分がやったことを、他人にやられたら許さないとでも言う気かしら? ずいぶん傲慢なのね」
彼女達にとって、「フローザ」は絶対に反撃してこない、自分より下の存在だったのだろう。急にやり返されたことで、彼女達は「信じられない」というように目を見開いている。
(……私は、この『フローザ』という子について、よく知らない。だけどこの子になってほんの少し過ごしただけでも、この子が酷い扱いを受けてきたということは、わかる)
感情移入してしまっているかもしれないが、私も元の世界では家族から酷い仕打ちを受けていたため、このルディーナとやらに腹が立つ。
フローザの願いによって私が今こういう状況になっているのであれば、この子が抱える問題を解決してあげるべきだろう。
だから、任せて、フローザ。
――あなたを酷い目に遭わせてきたこの極悪人どもは、全員まとめて、ギタギタにしてあげる。
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