71・幸せな日々は続いてゆきます
「……うん! よし、ばっちり」
ある日のこと――私はフェンゼル王宮の厨房にて、とあるものを作っていた。
(ああ、懐かしい、いい匂い……)
メイちゃんがこの世界に転移してきたとき持っていて……この世界から去るときに、お土産として置いていってくれた、エコバッグ。
その中には、メイちゃんが夕飯の材料にしようと思っていたという様々な食品が入っていた。以前オムライスを作ったときのお米もそうだし、幸運なことに、大豆が入っていたのだ。フェンゼルにもユーガルディアにも、大豆がなかった。だけど大豆があれば味噌や醤油、豆腐など日本料理に欠かせないものが作れる。
そこで私は、リースゼルグに頼んで、以前私達が追放されていたベリルラッド村の土地を借り、村の人達にも手伝ってもらいながら(もちろん労働の対価は支払って)水田や畑を作り、聖女の力を使ったのだ。さすがご都合主義チート能力! ほんの僅かな時間のうちに、見事に稲や大豆が成長してくれた。
収穫した大豆で味噌を作り、この世界で獲れる小魚を煮干しにしてダシをとり、野菜を具材にして……お味噌汁を作ったのである。
「『ミソシル』とは、不思議なスープですね。今、ミア様の手順を見てレシピは覚えましたので、今度は私がミア様のためにお作りします」
「ふふ。ヴォルドレッドが作ってくれるお味噌汁も、楽しみだわ」
ヴォルドレッドと話していると、ミニ魔竜のリューも、ひょこっと顔を出してくる。
「ふむ。異世界の植物をこの世界で栽培し、元の世界での料理を再現するとは。やはり聖女、お前は素晴らしい。我が見込んだだけのことはある!」
「あなたに見込まれたかったわけじゃないけどね」
リューは今日も鬱陶しいけれど、今のところ実害はないので、監視しつつ放置している。
ヴォルドレッドが、トレーに乗せたお味噌汁を、リースゼルグや現フェンゼルの大臣さん達が待つ食堂に運んでくれた。鍋で炊いたお米と、卵焼き、お肉と野菜を炒めたものなども一緒に並べる。
「皆さん、どうぞ召し上がってください」
「わあ、美味しそうですね。ありがとうございます、ミア様。いただきます」
まず、リースゼルグがお味噌汁に口をつける。彼は、ぱっと目を輝かせた。
「このような味のスープは初めてですが、とても美味しいです……! なんだか温かくて、心がほっとするような食事ですね」
「ふふ、お口に合ってよかったです。私が元の世界で、いつも食べていたものなので」
(本当に、これでいつでもご飯やお味噌汁が食べられるって嬉しいわ。それに……)
「この辺りには、お米も大豆もないのでしょう? それらを使ったいろんなレシピを広めながら、他国に輸出できたら、フェンゼルの利益になるかなと思いまして」
「素晴らしいです、ミア様。これでまたフェンゼルが豊かになります。民も喜ぶでしょう」
リースゼルグはそう言うと、大臣さん達に笑顔で語りかける。
「皆も早く食べてみてくれ。ミア様の料理は、とても美味しい」
「はっ。ミア様、ありがたくいただきます」
大臣さん達も、期待に目を輝かせながら料理を口にする。すると、彼らは大きく目を見開いた。
「おお、美味い! 本当に美味しいです!」
「これまで食べたどんな料理とも違う味です! 毎日でも食べたいくらいですね」
リースゼルグも、大臣さん達も、和気あいあいと食事を楽しんでくれる。その笑顔を見ていると、こちらが嬉しくなってくるほどだ。
本来、国王が臣下とここまでフランクに食事をするということはないはずだ。けどリースゼルグは、ベリルラッドに追放されていた際は、公爵でもなんでもない村のリーダーとして、人々と一緒に食事をすることが多かった。その経験があるためか、身分に関係なく皆で食卓を囲むことを好んでいる。
私も、こうして皆で賑やかに食事をすることは好きだ。なんだか、「家族」みたいな感じで。……実際の家族とはこんなふうに笑顔で食卓を囲むことなんてなかったからこそ、胸に沁みる。
すると、大臣さんの一人が私に言った。
「他国に輸出ということですと、ユーガルディアの人々にきっと人気が出るでしょうね。あちらの国でも、ミア様は大変慕われていますから。ミア様の生まれた世界の料理となれば、皆、是非食してみたいと思うでしょうし、喜ぶでしょう」
「ふふ。喜んでもらえたら、私としても嬉しいです」
ブレードルとピピフィーナのことは疲れたけど、陛下も王宮の人達もいい人だったし、ユーガルディアは素敵な国だったと思う。
――世界には、嫌な奴は確かにいる。
だけど同じように、こうして、優しい人達も確かにいる。
私のことを貶めてくるような奴らのことなんて、どうでもいい。
私は自分自身と、私を大切にしてくれる人のために生きていきたいから。
私はこれからも、「やりたいことをやる」人生を歩んでゆくんだ――
◇ ◇ ◇
リースゼルグ達との食事会の後、私はヴォルドレッドと共に部屋に戻った。
彼もまた、穏やかな微笑みを浮かべ、さっきの料理の感想をくれる。
「ミア様の世界の料理は、とても美味でしたね。それに、ミア様がずっと食べていたという料理を食べることができて、光栄です」
「ええ。ヴォルドレッドにも食べてもらえて、嬉しいわ」
「このままミア様と同じ栄養素を摂取し続け、私の身体全て、あなたと同じ成分で満たしたいものです」
「はいはい、いつものヤンデレ発言どうも」
ヴォルドレッドのこういう発言はもはや日常茶飯事だ。それほど想ってくれているのだという気持ちだけ受け取って、するりと流す。
「まあでも実際、私はこの世界で生きることを選んだけど、元の世界にも、美味しいものや面白いものはいろいろあるのよ」
元の世界のことを思い浮かべながら、彼の瞳を見つめる。
「――いつか、この世界と元の世界を、自由に行き来できるようになったら素敵よね」
非現実的な話かもしれない。だけど、誰かに迷惑をかけるわけでもないし、夢を見るのは自由だ。
「そうですね。……そうすれば、ミア様はいつでも、あの娘に会うことができます」
「もちろんそれもあるけど。あなたと一緒に、向こうの世界のものを楽しんだりしたいなーと思って」
「……私と、ですか?」
「向こうの世界で、私自身も楽しんだことのなかったものが、いろいろあるのよ。遊園地とか、水族館とか、映画館とか」
一応家族で行ったことはあるけれど、両親がアリサばかり可愛がって、私は置いてきぼりにされたり、団欒の輪から外されたり、寂しかった思い出しかない。一緒に遊園地に行くような友達はいなかったし、真来もあまり外にデートに連れていってはくれなかった。だから、そういう場での幸せな記憶というのは、ほとんどないのだ。
「あなたと一緒なら、楽しいと思うの。ヴォルドレッド」
「ミア様……」
「ああ、喋ってたら、本当に行きたくなっちゃった。帰還の魔法自体はできたんだし、本格的に研究してみようかしら」
「……ミア様なら、異世界との自由な行き来も、いつか可能にしてしまいそうですね。あなたは本当に、奇跡そのもののような御方ですから」
「そんなたいしたものじゃないわ。でも、やりたいと思ったことは、とことんやってみたいの」
「はい。私も、ミア様の望みのためなら尽力いたします」
ヴォルドレッドは柔らかく微笑んでくれた後……真剣な瞳で私を見つめた。
「ミア様。あらためて、ですが……この世界に残ってくださって、ありがとうございます」
「お礼を言われることじゃないわ。この世界を選んだのは、私の意志だもの」
「……それでも。私は、幸せです。あなたが、ここにいてくださることが……幸せなのです」
「ヴォルドレッド……」
目の前の瞳には、仄かな熱が宿っている気がして……私の胸まで、熱が灯る。
(……舞踏会では、言えなかったけれど……)
「あ、あのね。私、あなたに、ずっと、言おうと思っていたことがあるんだけど……」
「はい、なんでしょう」
「え、えっと」
「はい」
「ええと……」
どくん、どくんと、胸の鼓動がいつもより大きく鳴っている気がして。
目の前がぐらぐらと、メリーゴーランドみたいに回るようだ。
(うう、やっぱり、いざとなると緊張するっ……)
……だけど。こうして傍にいると、やっぱり、好きだって思うの。
いつも私のことを考えて、私を見て……誰より私のことを愛してくれる、ヴォルドレッドのことを。私は――
(ああ、もう! 今度こそ、伝える。絶対に、伝える……!)
彼の首の後ろに腕を回し、耳元に口を近付ける。
やっぱり恥ずかしいから、消えてしまいそうな声で――それでも、心からの想いを、唇に乗せた。
「――愛しているわ、ヴォルドレッド」
読んでくださって本当にありがとうございます!!
これにて第二部完結です!
第三部もいずれ連載予定ですので、ブクマはそのままにしていただけると嬉しいです!
また、よろしければお星様で評価していただけますと、めちゃくちゃ元気をいただけます……!(既にしてくださった方々は本当にありがとうございます!)
書籍化の情報なども、公開可能な時期になりましたらお知らせしていきますので、これからもよろしくお願いいたします~!!





