表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/104

70・また会える日は、きっと訪れます

 私はフェンゼル王宮での自分の部屋に戻り、あらためて、メイちゃんと二人で話をすることにした。

 大事な話をしたいため、魔竜のリューにも一旦退席してもらっている。


「メイちゃん。宝玉が手に入ったから、これであなたは元の世界に戻れるわ」

「……うん」

「もしもこの世界に残りたいなら、残ってもいい。元の世界に戻るか、この世界に残るか。あなたは、自分の意志で選ぶことができるの。私はそれを、誰にも邪魔させやしないわ」


 メイちゃんは一度俯き、迷っていた様子だけど……やがて顔を上げ、澄んだ瞳を私に向けた。


「私、この世界も好き。だけど――」


 微かに寂しさを滲ませながらも、決意のように、彼女は笑顔を浮かべる。


「やっぱり、元の世界に戻ろうと思う」

「……そうね。それがいいと思うわ」


 メイちゃんには、元の世界に家族がいる。きっと皆、心配していることだろう。お父さんやおばあちゃん、弟達と再会してほしい。皆、涙を流して喜ぶと思う。


「あは。お姉ちゃんとヴォルドレッドさんの間には強い絆があるから、割って入るのは無理そうだしねー」

「ヴォルドレッドはヴォルドレッドだし、あなたはあなたよ。それぞれ、かけがえのない大切な人だわ」


 心からの思いを伝えると、メイちゃんは一瞬目を見開いた後、頷いてくれた。


「……うん。私も、お姉ちゃんがすごくすごく大切。だけど同じように、元の世界の皆のことも、大切なんだ」

「ええ。わかるわ」


 元の世界と、この世界。私、あなた、他の人々。比べるようなものではないし、どちらも大切。それでいいんだ。どちらかを選んだからといって、どちらかを捨てたわけじゃない。


「……でも、もう少し。もう少しだけ、お姉ちゃんと一緒にいたい」

「ええ……私もよ」


 それから私とメイちゃんは、数日間、この世界での最後の時間を堪能した。


 料理店でフェンゼル特有の料理を一緒に食べ、おいしいね、と笑い合った。

 転移魔法陣でノアウィールの森まで行って、綺麗な森の中を一緒に散歩した。

 時計塔に上り、夕陽に染まるフェンゼル王都を一望した。


 二人でそんな時間を過ごすうちに、この国は美しいのだな、とあらためて気付くことができた。前国王が支配していたときは暗い空気が漂っていたけれど、今はどこへ行っても人々の笑顔が輝いていて、活気に溢れていて、瘴気が浄化されたこともあり、何もかもが生命力に満ちている。


 メイちゃんは、本当に子どもの頃に戻ったように無邪気にはしゃいで、笑っていた。だから私も、つられてずっと笑顔になっていた。自分はこんなに笑えるのだということを、初めて知った気がする。


 記憶に刻みつけてゆくように、一日一日を楽しんで――

 やがて彼女が、元の世界に戻る日がやってきた。



 私が、ワンドレアやリューから教えてもらった聖女の召喚方法を、聖女の力で鑑定・解析し、その法則を応用することで帰還の魔法を開発したのだ。フェンゼル王宮の大広間、その床に大きな魔法陣を描き、メイちゃんがその中央に立つ。彼女の手の中には、魔竜の宝玉がある。


「その宝玉には、本来なら二人帰れるほどの魔力が宿っているから、メイちゃん一人で元の世界に戻ると、少し魔力が余るみたい。だから、帰還の最中やその後で、もしも何かトラブルがあったら、残りの魔力で一度くらい連絡がとれると思うの。何かあったら、連絡してね」

「わかった。ありがとう、お姉ちゃん」

「それじゃあ……帰還の儀式を、始めましょうか」

「うん。……やっぱり少しだけ、寂しい気持ちはあるけど」


 メイちゃんは一瞬目を伏せた後、湿っぽい空気を吹き飛ばすように、ぱっと笑顔になる。


「でもきっと、また会えるんじゃないかって気もするんだよね! なんかこう、ご都合主義的な力で?」

「ふふ、そうね。私の聖女の力ってチートだし、レベルが上がるごとに能力も増えるみたいだし。だから、きっとまた会えるわ」

「だよね! 次会うときは私、もっと大人になって、お姉ちゃんをびっくりさせるから!」

「ええ。……あなたがこれからも、いろいろな経験を重ねて、元気に、大人になってくれることが。私……楽しみだわ」


 この子は元の世界で、一体どんな大人になるんだろう。選択肢は無限にあって、それを想像するだけで、無性に幸せな気持ちになる。


 でも、どんな大人でもいい。この子が元気に笑っていてくれるなら、それだけでいい。


「……お姉ちゃん」

「……うん」


 私達は、どちらからともなく抱きしめ合った。

 今でも、びっくりする。あんなに小さかった子が、こんなに大きくなったなんて。

 そして、大きくなったメイちゃんは、私の手を離れていく。

 だって私達はもう、離れていても大丈夫だから。

 遠く離れても、今まで築いてきた想いが崩れることなんて、ないのだから。


「へへ……あんまり一緒にいると、本当に帰りたくなくなっちゃうから。このへんにしておくね」


 私は頷き、宝玉の力を使って、帰還の儀式を開始する。

 大きな魔法陣から淡い光が生まれ、彼女はその光に包まれていった。


「わ、すごい……」


 光が強くなるごとに彼女の姿が薄れ、霞んでゆく。

 悲しむことじゃない。彼女は元いた場所に帰れるんだ。それに、私はメイちゃんのことを忘れない。一緒に過ごした日々は、ずっとこの胸にある。――陳腐な言葉かもしれないけど、今は素直にそう思えた。


「お姉ちゃん、皆さん……またね!」


「さようなら」ではなく「またね」と。

 彼女は最後まで、幸せを全部閉じ込めたような笑顔で、手を振ってくれた――



 ◇ ◇ ◇



 メイちゃんとお別れして、数日。

 寂しさを少しも感じないと言えば嘘になる。それでも私は、彼女は向こうの世界で幸せでいてくれると信じ、フェンゼルでの日常を取り戻していった。


「ミア様、お茶をどうぞ」

「いつもありがとう、ヴォルドレッド」


 よく晴れたある日のこと。王宮の庭園でお茶をしていたときのことだ。

 ふわり、と。突然私の目の前に、何かが舞ってきた。


「これは、手紙……?」


 どこかから風に乗ってきたわけではなく、まだ仄かに魔力の気配がすることといい、魔法の力で意図的に私のもとへ送られてきたようだ。


「もしかして、メイちゃんから……!?」


 元の世界に戻る際、何かトラブルがあったのだろうかと、急いで封を開け手紙に目を通すと――




『ミアお姉ちゃんへ


 お元気ですか? 私、メイです。

 私、お姉ちゃんのおかげで、無事に元の世界に帰れたよ!


 こっちの世界では、私が転移してから一週間くらいしか経ってなかったんだけど、お父さんもおばあちゃんも皆心配してくれてたみたいで。皆、泣いて喜んでくれたんだ。私が帰れなかったら、ずっと心配して、悲しんでいたままだったんだと思う。……だから、お姉ちゃん。私を元の世界に戻してくれて、本当にありがとう。


 私はこっちの世界で元気にやっています。

 今の私があるのは、お姉ちゃんのおかげです。


 時々、考えるんだ。お姉ちゃんがいなかったら、私はどうなっていたんだろうって。

 多分、そしたらお母さんに育児放棄された時点で詰んでたよねえ。

 ……だからって、お姉ちゃんに押し付けられていいわけもなかったんだけど。

 今ならわかるんだ。姪っ子の育児をするなんて、大変だったよね。

 私はまだ小さかったから、困らせちゃうこと、たくさんあったと思う。

 そんな大変な思いをしても、私のこと、見捨てずにいてくれたんだよね。


 そっちの世界で再会して、一緒に過ごして、お姉ちゃんはやっぱり、すごく優しいって思ったの。こんな人が、子どもの頃の私を育ててくれたんだなって、胸がぎゅっと熱くなったんだよ。


 私の中で、本当に朧げな記憶と、写真の中だけの存在だったお姉ちゃんが、やっと私の中で「本当に存在する人」になったんだ。一緒にご飯を食べられたこと、綺麗な景色を見られたこと、毎日お喋りできたこと、全部、全部が嬉しかった。すごく嬉しかった……ああもう、ダメだな。どんなに言葉を尽くしても足りなくて、どう書いていいのか、わからなくって。


 私、本当に幸せなんだ。でも、どうしてだろうね。書きながら、なんだか泣けてきちゃった。

 悲しいわけじゃないよ。お別れのときも言ったけど、また会えるって信じているから。

 だって異世界モノは、ご都合主義ハッピーエンドがお約束だもんね!


 だから涙が出てくるのも、やっぱり、幸せだからなんだと思う。


 うん、私、すごく、すごく幸せだよ。お姉ちゃんのおかげだよ。


 ねえ、お姉ちゃん。再会できたときにも言ったけど、もう一度、この言葉を贈らせてください。


 私のこと、育ててくれて、ありがとう。

 お姉ちゃん、大好き』





 ――心の奥底から、熱いものが込み上げる。やがてそれは、瞳から零れ落ちた。


 私はこれからも、この世界で生きてゆく。

 だけど私はあの世界で生まれたし、あの世界で生きていた。

 ここではない世界。きっともう、ほとんどの人が私のことを忘れている世界。私を忘れて進んでいく世界。


 だけど、それでも私のことを覚えていてくれる人は、いる。


 私が元の世界で、生きた証。


 次にいつ会えるかはわからない。

 本当に会えるかもわからない。

 それでも。



「……私も。あなたのことが、大好きよ」



 暖かな日差しの下。一筋の風が、柔らかく通り抜けていった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓の表紙画像をクリックするとTOブックス様のページに飛べます!
ks2ngf0b4hki8m5cb4tne5af9u86_23_1jb_1zt_iq8w.jpg
― 新着の感想 ―
いい話だな。 ガラケーなら電池抜いてキープしておいて、帰る前に写メして写真だけでもおばあちゃんに生存報告できたかと思うと、スマホも善し悪しですね。 いや、メイの立場考えるとミア&メイの肖像画2枚描か…
さあ、魔龍を痛めつけて世界の真実を吐かせ、都合のいい世界に(ダメ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ