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7・攻撃力が跳ね上がります

今回はまたミアの話です。

(……さて。これから、どうすべきかしらね)


 王宮の、私用に与えられた部屋で、窓の外を眺めながら考えを巡らせる。


「ミア様。何かお考えですか?」


 そう声をかけたのは、傍に控えていたヴォルドレッドだ。美しい黒髪で、紫水晶のような瞳を持つ、見目麗しい騎士。彼は命を救われて以来、騎士というより執事のように、私に付き従っている。


「……いいえ。なんでもないわ」

「今後のことについて考えていたのでしょう? 不安なことがあれば、何でもこのヴォルドレッドに言ってください。あなたの敵は全員殺してきます」

「そう、ありがとう。でも自分が原因で人が死ぬのは後味が悪いから、半殺し程度で留めておいてくれると嬉しいわ。――って、そうじゃなくて」


 正直私も、この世界に来てから「敵は全員潰す」と決めているので、「そんな酷いこと言っては駄目」なんて綺麗ごとを口にする気はない。


 とはいえアニメや小説ではなく、現在自分がいる世界で人が殺されるのは、寝覚めが悪い。あの王女みたいなのだったら、処刑されても仕方がないかもとは、思いはするけれど。


「隠す必要はありません。今、ミア様のお立場は不安定で、危ういものです。早く打つ手を考えておきたいというのは当然でしょう」

「まあね。私が聖女だからこそ、今は皆、出方を窺っているだけで。私を利用したい勢力も、殺してしまいたい勢力も、きっとたくさんあるのでしょう」


 そこまで考え、ふと、前から思っていた疑問を口にする。


「そもそも私、まだこの国の王と王妃には会っていないんだけど。王達はどこにいるの?」

「王と王妃は、フェンゼルの魔獣被害について救助を求めるため、国外へ行っている最中なのです。そのため、現在国政のことは、あの王子と王女に任されている状態です」

「……国王と王妃が、揃って救助を求めに行くなんて。この国の被害は、そんなに深刻なのね……」

「といっても、国王達は自国のことを忘れ平和な他国に行けて、旅行気分なのでしょうが。だからこんなに長い間帰って来ないのでしょうし」

「本当にクソだなこの国の王家!?」


 ちょっとシリアスに同情モードになってしまった私の気持ちを返せ。


「そして王子と王女は、王の不在中に自分達が国を救えば英雄となり、褒めそやされるだろうと考え、勝手に聖女召喚を行った、と」


 もはやツッコミの言葉も出てこない。つくづく私は、とんでもない国に召喚されてしまったものだ。


「国の頂点に立つ王家がそんなんじゃ……国民達はさぞ、苦労しているのでしょうね」


(……私は。力の使い方さえ間違えなければ、多くの人達を救うことができるのよね)


「ミア様は、今後ご自身の力を、民達のために使うべきか迷っておられるのですね。そんなあなたに、私から助言がございます」

「……何?」

「民達のことは、気にせず見捨てればいいと思います」


 すげえ。この人、すごく優美で虫も殺さぬような顔で「見捨てろ」って言ったぞ。


(まあ私も、死にかけのヴォルドレッドの前で王女に『死ね』って言ったから、人のことは言えないけどね)


「ミア様に救われ、ミア様を慕う人間は、私一人で充分です。――あなたには、私だけがいればいい。こんな国捨てて逃げ、どこか静かな場所で、二人だけで暮らせば、雑音は消えてなくなります」

「……あなたは私に、見捨てろと言うけれど。同じように私があなたを見捨てていたら、あなたは死んでいたのよ?」

「ですが結果として、私はあなたに助けられました。これは運命です」

「結果論でしょう。もしも私が、あの時本当にあなたの治癒を拒んでいたら? あなたも、『見捨てられる側』になっていた」

「物事に『もしも』はありません。ミア様は私を救ってくださった。そして、あなたに救われる人間は、私だけでいい」


 ヴォルドレッドは優美に微笑んだまま、私を見つめている。


「誤解なさらないでください、ミア様。私がお伝えしたいのは、あなたがフェンゼル国民を救う義務はない、ということです」

「そうね、それはその通りだわ。でも今のあなたの言葉は、私の本質を気付かせてくれた」

「と、言いますと?」

「なんだかんだいっても、『罪のない人達を見捨てる』ってのは、気分が悪い」


 正直、「見捨てればいい」と言われたとき、「そうだけど、なんかモヤッとする」と思ってしまったのだ。


 元の世界で子ども達を見捨てられなかったり、瀕死のヴォルドレッドを無詠唱で癒したりしたように。結局私は非情にはなりきれない。それが「甘さ」と言われればそれまでかもしれないけど――


 でも、どこまでも自分のことしか考えないなら、それはアリサや真来、王女達と同類になってしまう。それは絶対に嫌だ。


「ヴォルドレッド。私はね、『絶対に聖女の力を使いたくない』ってわけじゃないの。ただ、『奉仕して当たり前』だと思われたくない、ということ」


 善意につけ込んだ無償労働は、一度でもやったら恒常的にやらされることになってしまう。それは阻止したい。


「この世界の人々とは、私が聖女として一方的に奉仕するんじゃなくて、ちゃんと私にも利益がある、ウィンウィンな関係を目指したいわ」


 どちらかが身を削り続けるんじゃなく、お互いに与え合う。それが健全な関係というものだろう。


「うん。当面の目標は、『困っている人達を助けて、代わりに私もその人達の力を借りて、この世界で生きる場所や手段を確立する』ってところかしら。そのためにまずは、もっとこの国の人々や現状について知りたいわね」

「かしこまりました。では、王都の街までお連れいたします」



 ◇ ◇ ◇



 ヴォルドレッドに馬車を出してもらい、私達は街へやってきた。


(アニメやネット小説では、王都といえば活気があるものだけど……)


 フェンゼル王都は、酷い有様だった。道を歩けば、そこかしこに浮浪者と思わしき人々が座り込んでいたり、寝転がっていたりする。瘴気と魔獣の被害のせいか、怪我を負っている人も、体調が悪そうに咳き込んでいる人も多い。


(……王宮内は煌びやかで、王子も王女も綺麗な服を着ているから、わからなかったけど。平民達はここまで酷い暮らしをしているのね)


 ヴォルドレッドと共に道を歩いていると、私の目の前で、子どもが転んだ。


「痛っ……!」

「大丈夫?」


 反射的に声をかけたが、その子の足を見てぎょっとする。両足が、明らかに異質な紫色に染まっていたのだ。


 聖女の力で鑑定してみると、瘴気の影響による呪いにかかっているようだ。これじゃ上手く歩けないだろうし、転んで当然だろう。


(……あの王女にどれだけ『力を使いなさい』と言われても、その気にはなれなかったけど)


 私が、望んでこの世界に召喚されたわけではないように。この世界の人々も、望んで瘴気の影響を受けているわけではない。こんな小さな子が苦しまなきゃならないのは、理不尽だ。


(私は、人に命令されても、力を使うことはない。けど……自分の意思でなら、この力を使う)


「待って。今、痛くなくすから」

「え?」


 子どもが、痛みで目に涙をためながらも、きょとんと首を傾げたところで。私は聖女の力を使い――次の瞬間、その子の足から、傷も呪いも消えた。消えた傷・呪いは、私だけが関与できる異空間、聖女領域に保存されたのだ。


「すごい、痛くなくなった!」


 子どもが大声でそう言ったため、周りの人々もこちらに注目し、ザワッと声を上げる。


「なんだ? 今、何が起きたんだ?」

「呪いが、一瞬で消えたみたいだったが……」

「すみません! 僕も呪いにかかっているんです、僕の呪いも消してもらえませんか……!?」


 たちまち、私の周りに人が集まってきた。


「皆さん。私は、異世界から召喚された聖女です。皆さんが同意してくれるなら、私は皆さんの傷・病・呪い・毒を除去します。ただし、取集したそれらは、私が自由に有効活用させてもらいます」


 私の力はただ癒すだけではないから、一応事前に許可を取っておいた方がいいだろう。無償労働は嫌だと思っていたが、その分私の攻撃力が高くなるのだと思えば、まあ、よしとする。


「傷や呪いを取ってもらえるってことなんだろ? そんなの、いいに決まってるじゃないか!」

「聖女様、どうかお願いします!」

「この子の呪いを解いてくれるなら、なんでもします!」


 人々は皆頭を下げ、必死に訴えてくる。


(……よかった。『聖女ならそのくらいやって当然だろうが』とか言われたら、また疲れる言い合いになるところだったわ)


 王家は骨の髄まで腐っていたが、国の人々は普通みたいでほっとする。


(わざわざ同意を求めたのは、自分の傷や呪いが、別の誰かに移される可能性だってあるということなんだけど。……まあ皆、そこまで深くは考えないわよね)


 私は、聖女の力を解放する。足元に聖女の魔法陣を出現させ、その範囲をどんどん拡大した。やがて周囲一帯の人々を魔法陣の中に入れると、その範囲全体から、傷・病・呪い・毒を除去した。いわゆる「エリアヒール」的なやつだ。


「すごい! 今までずっと痛かったのが、治った!」

「この呪いのせいで、もう死ぬしかないと思ってたのに……! まさか、治るなんて!」

「ありがとうございます! 聖女様のおかげです!」


 ワアアッと、歓声が上がる。皆さん笑顔で、すごい熱気だ。


 道具のように命令されるのは嫌だったけれど、上から目線ではなくこうしてちゃんと接してもらえるのであれば……聖女の力を使えることを、素直に嬉しいと思える。


(にしても、今集めた傷や呪いだけでも、かなり攻撃力が高くなったわよね……。私の聖女の力って、本当にチート級なのでは?)


 使い方によって、人を生かすことも、殺すこともできる力。

 正直自分には荷が重いほどの能力を前に、私はただ掌を見つめていた――

読んでくださってありがとうございます!!

ここまで反響をいただけたのは初めてなのでめちゃくちゃ嬉しいです……!

本当に皆様のおかげですー!!

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― 新着の感想 ―
>『奉仕して当たり前』だと思われたくない、ということ ほんまそれな!!!と激しく同意です。 にしても、防御力は高いけど攻撃力は低いという設定の聖女が多いと思うのですが、この能力はすごく理に適っていま…
この騎士なかなかクズ
ある種究極系のカウンター技よな
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