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68・自分の罪を、思い知らせます

 ブレードルとピピフィーナはそれぞれ、聖女を殺そうとした罪と、魔竜を復活させた罪で投獄されることになった。二人とも現行犯で目撃者も大勢いたため、本人達がどれだけ言い訳をしようが無駄だったのだ。


 以前は貴族とその婚約者として華やかな服を纏っていた二人は、今は囚人服に身を包み、囚人労働として、魔獣が住む毒の沼で、沼の底にある魔草採取を行っていた。


 この毒の沼は、聖女である私なら浄化することもできるけど、魔草に含まれる毒が、適切な加工をすることで薬にもなるそうで、この場所に関しては浄化しない方が有益らしいのでそのままにしている。


 よって二人は、毒の沼の痺れによって体力を削られ、ずぶ濡れになってゼイゼイと息を切らしながら何度も底に潜り、必死で魔草を採ってくるということを繰り返していた。


「ふえぇ、ピピの身体中、ドロドロ~! もうこんなのやだぁ、お風呂入りたい~!」

「ぜえ、はあっ……。何故、この俺がこんなことを……! 俺を誰だと思っているんだ!」


 まだ私の訪問に気付いていない二人に、後ろから声をかけてやる。


「誰って、魔竜復活や誘拐、殺人未遂とか様々な罪を抱えた大罪人でしょ」


 私の声が耳に届くと、二人はばっと振り返る。


「お前は、極悪聖女……! 何しに来た!」

「あなた達に報告があって来たの」

「何!? 減刑か!? 釈放か!?」

「そんなわけないでしょ。あなた達には一生、自由なんてないわよ」


 国の貴賓の殺害未遂も、魔竜を復活させたことも、重罪である。簡単に解放などされるはずがない。


「じゃあ、一体何を報告に来たというのだ!」

「ええ。そのために、一緒に来てもらうわ」

「何! ここと牢獄以外の場所に行けるのか!?」

「逃げ出さないように、魔道具と鎖はつけてもらうけどね」


 久々に牢獄と毒の沼以外の場所に行けるということで、ブレードルとピピフィーナはご機嫌だった。


 これから、何が行われるかも知らずに。



 ◇ ◇ ◇



 辿り着いたのは、ユーガルディア王都の大広場だ。

 大勢のユーガルディアの民が集まっており、ブレードルとピピフィーナ、それぞれの家族もいる。また、広場に設置された大きな演台には、国王陛下もいらしていた。


 ヴォルドレッドが、囚人服のままで鎖をつけられたブレードルとピピフィーナを演台の上に放った。すると、陛下が集まった民達に説明を始める。


「これはフェンゼルに伝わる貴重な魔道具、『真相水晶』。この水晶は聖なる力を使うことで真実を映す。また、一度映し出した真実を記録しておくことができるそうだ」


 そう。真相水晶は、何度も新しい真相を探ることはできないが、一度映した真相であれば記録しておける。私はそれを、陛下達に見てもらったのだ。


「これより、真相水晶によって、ユーガルディアに伝わってきた『勇者』の真相を明かそう」


 その言葉に、ブレードルが目を剥いた。彼は「や、やめろぉ!」と声を上げるが、拘束されているため動くことができない。


 そして魔道具の力により、まるでプロジェクターのように、宙に映像が流れた。

 以前私が見た、ブレードルの真実。遥か昔に魔竜を倒したのは「聖女」であったこと、「勇者」はその手柄を横取りしただけの存在だったことが、白日の下に晒された。ユーガルディアの人々は、ザワザワと声を上げる。


「そんな……それじゃあ、『勇者』なんてものは、最初から幻想だったのか……!」

「昔は、勇者様のことを、信じていたのに……」

「勇者に縋るしかなくて、ブレードルを持ち上げ続けてきた俺達も、愚かだったんだろうな……」


 人々は、失望しきった視線をブレードルと、その家族に向ける。ブレードルの母は、「こんなの何かの間違いよっ!」と目を剥き、髪を振り乱していた。


「我が国から魔竜は消えた。何より、勇者の一族はこれまで事実を隠蔽したうえで『勇者』として利益を不当に貪ってきたのだ。到底許されることではない。――これをもって、『勇者爵』の爵位は撤廃する」

「な……!? ふ、ふざけるなぁ!」


 ブレードルはやはりぎゃあぎゃあと声を上げるが、その声に耳を傾ける者はいない。陛下の近衛騎士が、既にブレードルの家から回収済みだった「とあるもの」を運んできた。


 それは、勇者爵の証明となる勲章である。金で造られ、光の剣を模した、威厳を感じさせる勲章。勇者の一族にとって、矜持そのものである。


「そ、それは、我が一族の誇りの象徴っ!」

「や、やめなさい! 私達の誇りに何をする気なのよっ!」


 ブレードルや彼の母はうるさく喚くが、もはや誰も彼らの言葉など聞かない。勇者の勲章に、魔力付与された槌が振り下ろされて――


 ガキィィィン! と、勇者の勲章が砕かれた。まるで、彼らのこれまでの嘘と虚栄を粉々に砕くように。


「ぎゃあああああああああああっ! 勇者の、勇者の誇りがあああああああああ!!」


 ブレードル一家は顔を覆いたいようだったが、動きを封じられているため、それもできない。彼らは拘束されたまま、「勇者」という称号の終わりをただ見つめることしかできないのだ。


「あ、ああ、ありえない……! 俺は、俺は正義なのに……!」

「……ねえ、ブレードル。あなたはいつもその言葉を口にするけど、あなたにとって『正義』って何なの?」

「そんなの……! 正しくて、民を守る、希望の存在に決まっているだろう!」

「そうね。多分あなたも幼い頃は、人々を救う『勇者』に、純粋に憧れたんじゃなかったのかしら」

「な……」

「なのに、いつしかあなたは欲に溺れ、かつて憧れた『勇者』という言葉を、自分の欲望のために振りかざすようになった。民を守るため勇者になるはずが、勇者という言葉を使って民を従えるようになっていた。……ここまできてもまだ、わからない?」

「……っ!」


 ブレードルは、ずっと忘れていた幼い頃、その無邪気な「正義」への憧れを思い出したように、愕然としていた。


「お、俺は……お前のように、魔竜を倒したくて……人々の、笑顔と感謝が欲しくて……っ!」


 彼だってかつては、本当に人々を救う英雄を目指していたのだろう。欲に溺れて道を踏み外さず、努力を重ねていれば、手に入れることができていたかもしれないものだ。


「ぐ……俺は、俺はっ……!」

「ミアちゃん、酷いことばっかり言わないでよぉ! ピピ達を苦しめて、そんなに楽しいの!?」


 ブレードルは打ちひしがれるが、ピピフィーナはそれでもまだ、自分が悪いと認めない。


「ねえ、みんなもそう思うよねっ!? こんなの酷いよね、みんなで仲良くしなきゃ駄目だよねぇ!?」


 ピピフィーナは、いつもの調子で瞳を潤ませて言う。

 だが――彼女の望む言葉がかけられることはない。ピピフィーナに降りかかったのは、しん、と痛いほどの沈黙。そして、冷たい視線だ。


「ピピフィーナ様。どれだけ綺麗なことを言っても、あなたは私利私欲のために魔竜を復活させたのです。ミア様がいなければ、我々は皆、命を落としていたでしょう」

「我々を救ってくださったミア様に感謝することもなく、筋の通らない言い分で酷いと責めるなど……到底、許せるものではありません」

「そもそも、今まで勇者様の婚約者だからと、我儘も耐えてきましたが。あなたは昔から勝手でした。ブレードルのことだって、元の婚約者から奪うようにして……他にも、欲しいものはなんでも泣き落としで手に入れてきましたよね。それが、他人の大事なものであっても」

「まあ、ブレードルと結婚なんかしていたら破滅しかなかったから、元の婚約者様はある意味運がよかったがな」

「とにかく、あなた方はこれからも牢獄の中です。囚人労働に励みながら、これまでの自分の行いを、反省してください」


「そ、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 かくして、彼らの矜持は塵と化し――ブレードルとその一族、ピピフィーナはまた、牢獄に戻されたのだった。



 ◇ ◇ ◇



「ふえっ、ふえぇ……。みんな、酷い。なんで、ピピがこんな目にぃ……」

「ここまできてまだ『なんで』なんて言っているのね。一周回って逆にすごいわ。微塵も羨ましくはないけど」


 勇者爵の撤廃から、数日後――少しくらいは反省しているかと思い様子を見に来たら、ピピフィーナは相変わらず、牢獄の中で悲劇のヒロインごっこをしていた。声をかけると、彼女はこちらを振り返る。


「ミアちゃん!? なんでまた、ここにいるの!?」

「魔竜を倒したことで、私の力はもう皆に知られてしまったとはいえ。あまり大勢の前で、人間に対して力を使うべきではないと思ってね。だから、この前はあげられなかったのだけど……ピピフィーナ。あなたに、これを」


 私は彼女に、聖女の力を使って、とあるものを移す。

 すると、ピピフィーナは途端に苦しみだした。


「きゃあああああ!? な、何……!? く、苦しいよぉ……!」

「これは、カイル君から回収した呪いよ。自分の身で受けてみて、あの子の痛みがよくわかるでしょう?」


 カイル君……以前呪いに苦しんでいた男の子で、ピピフィーナから「いい子にしていれば呪いは治るよ」と言われていた子だ。――ピピフィーナは自分がそんなことを言ったなんて、すっかり忘れていたようだったけど。


 この呪いは、後でブレードルにも移すつもりである。ブレードルだってそのとき一緒にいて何も言わなかったんだし、あと、メイちゃんをこの世界に誘拐したという意味で、私にとってあいつの方が罪が重いし。


 ピピフィーナは床に這いつくばりながら、苦痛で顔を歪める。


「これが……呪にかかった人の、痛みなの……? こんなに、苦しいなんて……。ミアちゃん、早く呪い、治してよぉ……!」

「『いい子にしていれば治る』んでしょう? いい子にしていて、治してみせたら?」

「な……。そ、そんな、酷いっ……」

「全部、あなたが言ったことよ。あなた、自分が言われたら『酷い』と言うことを、人には言ったの?」


 呪いは、善行なんかで治るものではない。もっとも、私は解呪ができるから、ピピフィーナが本当に心を入れ替えたら、治癒してやってもいい。でも多分、希望は薄いだろうと思う。


「だって……だってピピ、こんなに苦しいなんて、知らなかったから……!」

「そう。なら、少しは人の痛みや苦しみを知った方がいいわ。人の苦悩や絶望を知らない人間の言う、上辺だけの『みんな仲良く』『いい子』に、説得力なんてないもの」


 冷めた目をピピフィーナに向ける私を、彼女は上目遣いでじっと見つめてくる。


「ねえ、ミアちゃぁん……ピピ達は、間違っていたの?」

「そうよ」

「何それ、酷い! そんなにはっきり言うことないじゃない!」

「『そんなことないよ』と言ってほしかったの? 言ってほしかったんでしょうね。でもそれは、私に求める言葉じゃないわ。そんなのは、ブレードルにでも言ってもらえばいいんじゃない」

「だってぇ! ブレードルなんてもう、勇者でもお貴族様でもない囚人じゃない!」

「あら、囚人とは仲良くできないの? 駄目じゃない。ちゃあんと、皆と『仲良く』しなきゃ、『いい子』じゃないんでしょう? 『そんなの酷い』わ」

「なっ……」


 これも全部、今までピピフィーナが言ってきたこと。自分の言葉が全て、鏡のように跳ね返ってきているだけだ。


 ピピフィーナは愕然とし、小さく手を震わせた。


「……そう、か。みんな……今までこんな気持ちだったの、かな……」


 ここまできてようやく、彼女も少しは、人の気持ちがわかったかもしれない。もっとも、ここまでしなければわからなかった、ということでもあるけど。


「ミアちゃん……ピピは、どうしたらいいの……?」

「それを考えることが、あなたが身勝手な思考から抜け出す第一歩でしょう。どうせずっと牢の中から出られず、時間だけはあるんだから。少しは人の痛みを知って、今度こそ本当の意味で、他人のことを考えるようにしたら? ……あなたもブレードルも、死罪だけは免れたんだから。簡単に楽にならず、自分の罪を理解して、反省して、一生償っていきなさい」


 ピピフィーナは、返事をしなかった。それでも、「ミアちゃん、酷い」と言わなかったぶんだけ、彼女も少しは、前に進めたのだろうか。


 この先ブレードルとピピフィーナが、やはり自分勝手なまま突き進むか、それともワンドレアのように心を入れ替えることができるのかは、今後の彼ら次第だ。


 正直そこまでは私には関係ないけど、たとえ牢獄の中でも、少しでも彼らが前に進めることを願っている。逆恨みされるのはごめんだし……ずっと反省されないままじゃ、後味が悪いからね。


「じゃあね、ピピフィーナ。もう悲劇のヒロイン気取りはやめて、自分自身の過ちと向き合いなさい」


 私はピピフィーナに背を向け、牢獄を後にした――

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