67・宝玉を手に入れます
「グ……ッ。この我が、手も足も出ないとは……。見事であった、聖女……!」
魔竜は不老不死と伝えられている。臓器に傷を負ってもなお、弱りはしても、死にはしない。それでも、潔く負けは認めているようだ。
「我はもう力尽きた、門の中に戻る。だがお前の強さを味わえて満足だ……これがお前の勝利の証、宝玉だ。受け取るがいい」
魔竜の眼前に、まるで彼の歓喜の涙であるかのように、美しく透明な宝石が生まれた。私は、確かにそれを受け取る。
「では、聖女。楽しかったぞ」
「待ちなさい、クソ魔竜」
「ふむ。本来なら人間からそのような呼ばれ方は許さないが、お前はこの我に勝った者。よって、どのような呼び方でも許そう」
「メイちゃんがこの世界に来たのは、元はといえばあんたのせいでもあるでしょ。それで宝玉を貰ったって、割に合わないわよ」
「はは、それはそうだ」
「笑ってんじゃないわよ」
呆れつつ、この隙に、魔竜に移した傷と呪いをきっちり回収しておく。フェンゼルはもう瘴気がほとんど浄化されて、これから大規模な怪我人や呪いが出ることはないだろう。だからこそ、私の武器とも言える傷・呪いを失うのは惜しい。回収した傷は、再び聖女領域に収めた。
「魔竜。もう、人に危害をくわえるのはやめなさい」
「破壊をしないなど、我の魔竜としての生き方に反する」
「他人に迷惑をかけなきゃどんな生き方でも自由だけど、あんたの生き方は他人に被害を出しすぎなのよ。それに私が勝者、あんたが敗者なのよ。敗者が勝者の言うことを聞くのは当然でしょう」
「ふむ。それはその通りだ。敗者は勝者の言うことに従うべきだな」
魔竜は納得したように頷く。迷惑な竜だとは思うけど、どうやらかなり弱肉強食な考えをしている様子なので、勝者には従う方針らしい。
「わかった。お前の言うことに従おう、我が勝者、聖女ミアよ。長年の時を経て、再び『聖女』と戦えたこと……実に嬉しく思う。その強さをこの身で味わえて、我が心は満たされた。門と共に、ユーガルディアの人間達の前からは、姿を消そう」
魔竜がそう告げると、まるで魔力が霧散して粒子となるように、その身体が少しずつ薄くなっていく。
そうして魔竜の身体が消え――門も、消滅した。
それを見ていた人々は、信じられない光景に、大きく目を見開いている。
「封印の門が、消えた……!?」
「もう二度と、魔竜は現れないということか!?」
「ユーガルディアは、魔竜から解放されたんだ!」
「全部、聖女様のおかげだ……!」
また、ワアアアアアアアアアアアア、と、一際大きな歓声が上がる。
皆、興奮している様子だった。中には歓喜の涙を流している人さえいる。
だけど、そんな私の様子を、怒りでぷるぷる震えながら見ている者もいる――ブレードルとピピフィーナだ。二人はまだ私の呪いにかかったままなので、這いつくばったまま怒号を上げる。
「ふざけるな、極悪聖女め! 俺の手柄を横取りしやがって!」
「そうだよ! 魔竜さんを倒しちゃうなんて、ミアちゃん、酷い……!」
「皆、こんな聖女に騙されるな! 勇者は俺だと、わかっているだろう!?」
「うんうん、ピピ達の方が、ずっと長い間ユーガルディアにいたんだから! 皆ピピ達の味方だよねっ」
ブレードルとピピフィーナは、必死に訴えかけるように、街の人々を見る。
しかし――ユーガルディアの人々は、二人を白い目で見る。
「ブレードル様、ピピフィーナ様……何を言っているのですか」
「さっきのやりとり、全て、見ていましたよ。勇者が、聖女様を殺そうとするなんて……」
「それに、魔竜を倒すのにも、全く役に立っていなかったな」
「大体、魔竜が復活してしまったのは、ピピフィーナが原因だろう!」
ブレードルとピピフィーナは、ユーガルディアの人々なら、自分の味方になってくれるものだと思い込んでいたのだろう。自分達の方が責められてぎょっとしていた。
「な、何を言っているんだ、貴様ら! 俺は今まで、勇者としてこの国を先導してやっていたというのに、この裏切り者!」
「そうだよぉ、どうして皆、ピピ達と仲良くしてくれないのぉ!? 皆、酷いよぉ!」
この期に及んで自分は悪くないと主張するブレードルとピピフィーナ。そんな彼らの背後から――
「そのような子どもじみた言い訳が、通用すると思っているのか?」
二人に声をかけたのは、ユーガルディア王国騎士団の人々だ。
「ブレードル、ピピフィーナ。それぞれ国の貴賓である聖女様を殺そうとした罪、魔竜を復活させた罪で、連行する」
「「はあっ!?」」
騎士団によって手首に縄をかけられ、二人は目を見開いていた。いや「はあっ!?」って何だ。あんた達は、連行されて当然のことをやっただろう。
「な、何を言っているんだ! 俺は悪を討とうとしただけで、何も悪いことなどしていない!」
「そうだよぉ、ピピ達を罪人扱いするなんて、酷いよぉ! くすんくすん」
「これ以上無様を晒すな。国の貴賓への殺害未遂も、国の脅威である魔竜を復活させたことも、大罪である! お前達の行いは、ここにいる皆が見ていたのだ。自分達の罪から、逃れられると思うな!」
「な……!? そ、そんな!」
「ふ、ふえぇっ。ご、誤解だよぉ。ねっ? ピピ達、悪くないよねぇ……?」
二人はなぜか、縋るように私を見てきた。えっ? まさか、この期に及んで私が庇ってくれるとでも思っているわけ? だとしたらあまりにも都合がよすぎるでしょう。
「ねえ、ミアちゃぁん。ミアちゃんからも、何か言ってあげてよぉ……」
私は、二人の幻想を壊すように、にっこりと笑って言ってやった。
「私があなた方を庇う理由がありません。危険に晒されて、大事な人達にもさんざん失礼なことをされて、挙句の果てに殺されかけて、なんで私があなた達の味方になると思っているのかしら? 自分達のしたことを認めて、しっかりと罪を償ってくださいね」
「「そ、そんな~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」」
二人は情けなく泣きわめきながら、引きずられるようにして連行されていった――
◇ ◇ ◇
それから、私達はユーガルディア王宮に戻った。
陛下は瞳を輝かせ、惜しみない賛辞を送ってくださる。
「聖女殿! 魔竜からユーガルディアを救ってくれて、心から感謝する! それに、長い間ユーガルディアの民を苦しめてきたあの門が、まさか消えるなど……! これは歴史的快挙だ! 聖女殿はまさに、ユーガルディアの英雄だ!」
「光栄なお言葉、ありがたく存じます」
「これだけの賛辞では足りないくらいだぞ。ああ、こうしてはいられない。聖女殿を称える、盛大な祝勝会を開かなくては!」
「い、いえ、この前舞踏会を開いていただいたばかりですから……!」
「何を言っている、めでたい催しは何度開いたっていいだろう! はは!」
陛下を筆頭に、王宮は皆すっかり明るくて、既にお祭り騒ぎのムードだ。しかしそれだけ、ユーガルディアの人々にとって「犠牲者を出さず魔竜を討伐できた」「もう二度と魔竜の脅威に怯えずにすむ」ということは、非常におめでたいことなのだろう。
(本当に、よかった。……でも、私の目的は――)
「ところで、陛下。魔竜の宝玉についてなのですが……」
「ああ。それはもちろん、聖女殿のものだ。聖女殿の結界のおかげで街にはほぼ被害は出ていないし、怪我人も皆、聖女殿が治癒してくれた。全て、あなたの力のおかげだ。だからそれはもちろん、聖女殿のものだ」
宝玉は、膨大な魔力の源だ。強欲な国王であれば揉め事になったかもしれないが、陛下は笑顔でこの宝玉を差し出してくれた。
「ありがとうございます……!」
「礼を言う必要はない。全て聖女殿が解決してくれたのだから、宝玉が聖女殿のものであるのも、当然のことだ」
陛下はいつものように鷹揚にそう言って……しかし、ふと真剣な顔になった。
「聖女殿。このままユーガルディアに永住してくれないだろうか。フェンゼルに負けない好待遇を約束しよう。聖女殿の望みは、可能な限りなんでも叶える。この国はあなたを害さず、幸せにすると誓う」
陛下だけでなく、周りの文官さんや騎士さん達も、皆一様に、私がここに留まることを望んでくれていた。
人々を癒し、脅威を退ける聖女の存在は貴重で、代えがきかない。ユーガルディアにとっては、手放したくはないだろう。だけど――
「心から光栄に存じます。ですが、今の私の居場所はフェンゼルですので。これからもユーガルディアとは、隣国として交流を深めていきたいと思っています」
私にとってフェンゼルは生まれ故郷ではなく、執着する理由自体はない。
ただ、私にはフェンゼル前王を捕らえ、リースゼルグを王に推薦した責任がある。それに国民投票の際に私は、「リースゼルグが王になったら、自分にできることはする」と言ったのだ。それなのに放り出すような、無責任なことはしたくなかった。リースゼルグ王権が安定し、フェンゼルに心配ごともなくなったら、どこで暮らすかは私の自由だとは思う。だけど今はまだ、私の居場所はフェンゼルなのだ。
「そうか。残念だが、聖女殿やフェンゼルと争う気はない。聖女殿にその気がないのにユーガルディアに無理に留めようとするのは、それこそ欲に溺れるということなのだろうな。ここであなたの気持ちを無視するようでは、俺もブレードルと変わらなくなってしまう。……とはいえ。『聖女』としてだけでなく、『ミア殿』がこの国を離れるのは、俺個人としても寂しく思うが……」
陛下は言葉通り名残惜しそうにしてくださって……しかし、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべた。
「いつか、あなたの方から、ユーガルディアに住みたいと言ってもらえるような国にしよう。はは!」
「陛下……」
「聖女殿、あらためて、本当にありがとう。――聖女殿のおかげで、ユーガルディアの民は皆救われた」
「……こちらこそ。私はフェンゼルに戻りますが、ユーガルディアにいた時間も、とても楽しかったです。これからも隣国として、ユーガルディアとフェンゼルが良い関係を築いていけることを、願っています」
私達は、温かな笑顔を交わす。心の中まで、柔らかなもので満たされていく気がした。
これにて、めでたしめでたし、で私はフェンゼルに戻るわけだけど――
ただ――その前にまだ、やることもある。
ブレードルとピピフィーナの、断罪だ。





