65・聖女と勇者の戦いとなります
「な……なんだ、それは……。ふざけるな、ふざけるなふざけるなっ……!」
能力向上させた拳で殴ってやって、死神のように最後通告してやってもまだ、ブレードルはまるでゾンビのように、ふらつきながら立ち上がる。
「ふざけるな、はこっちの台詞よ。こっちは大事な姪が、家族から切り離されたのよ? メイちゃんは、下手したら一生元の世界に戻れず、心に傷を負ったままだったかもしれない。まずそれを謝罪しようとか思わないわけ?」
「それがなんだ! 俺は常に勇者として、この国のためを思って動いているのに! お前は自分や、自分や姪のことばかりだ! お前は自分の好きな人間のためにしか戦えないんだろう! 自分本位な人間め!」
ブレードルはまた、私に向けて剣を振り回した。しかし私は自分の周りにも結界を張っているので、彼の剣は結界に阻まれて私に届かず、何度振ろうがキンキンと乾いた音を立てるだけだ。
「何それ。ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんでいいのかわからないわよ」
「俺の言葉のどこにそんなものがあるというんだ! 理解力のない女め! お前は世界のことではなく、自分の周りのことしか考えていないっ!」
「それの何が悪いのよ」
なんとか私の結界を壊そうと無駄に剣を振り続ける、血走った目をした自称勇者を、私は冷たく睨み上げた。
「そうよ、私が救いたいのは、ちゃんと私を尊重してくれる人達よ。私を便利な道具みたいに扱った挙句、殺そうとしてくるあんたみたいな奴を救ってやるほど、私は暇じゃないわ。私の力も、私の時間も、私と私の大切な人達のためにあるの」
今、この瞬間も。私は別に、「ユーガルディアを救う!」なんて目的のために動いているわけではない。目の前で人が死ぬのは後味が悪いしトラウマになりそうだから、助けられる人は助けれるけど――私が魔竜を倒す一番の理由は、自分自身とメイちゃんのためだ。
「それが間違っているんだ! 聖女は、自分の利益なんかじゃなく、他人のために尽くすものだ! だから聖女は、勇者を助けて当然なのに! 他者のことを考えず、自分のためだけに生きるなんてお前は勝手だ、悪だ!」
「そうだよぉ、ミアちゃんは酷いよぉっ!」
そこで、今まで傍で見ていたピピフィーナもブレードルに賛同する。
「世界にはね、苦しんでる人達がたくさんいるんだよっ! みんなで仲良くして、助け合わなきゃいけないの! なのにピピ達と仲良くしてくれなかった、ミアちゃんが悪いんじゃないっ! ミアちゃんが最初からピピ達に力を貸してくれてたら、ピピ達だってこんなことしなくてすんだのにぃ! そうしたら、魔竜だって復活しなかったもん! ミアちゃんが勝手なせいで、みんな困ってるんだからっ!」
「あ、そう。で、『みんな』って、具体的に誰のことを言っているの?」
「だから、それはっ! ユーガルディアのみんなのこと! この国で困ってたり、辛い思いをしてる人達のことっ!」
「随分ふわふわした括りね。大体、怪我や呪いで苦しんでいた人達のことなら、今まで治癒してきたけど?」
「で、でも、ミアちゃんは本当は、ユーガルディアの人達に思い入れなんてないんでしょ!? ミアちゃんは、自分と周りさえよければいいんだから! ミアちゃんの治癒には心がこもってない、冷たいよおっ! ミアちゃんが冷たいせいで辛い思いをしている人だって、きっとどこかにいるもんっ!」
「そうだそうだ! 俺達は正義として、困っている民達を救いたいだけだっ!」
支離滅裂すぎてため息を吐きたくなるけど、私はあくまで、淡々と返す。
「『きっとどこかにいるもん』『困っている民達を救いたい』ね。……遠くの人。架空の人。あなた達が気にかけるのは、近くにいない人のことばかりね」
「なんだと!?」
「傍にいない人、いるかもわからない人のことを気遣うくらいなら、目の前の相手を尊重すればいいのに。あなた達が、目の前で話している私を気遣ってくれたことは、一度もないわ」
正義だとか、皆で仲良くとか。いつも上辺だけお綺麗な言葉を並べ立てて、行動が伴っていない。私以外の人を心配しながら、私を蔑ろにし、自分が正しいような顔をしている。
「大体その『困っている人達』のことも、自分の主張の道具として使うだけで、本当に救う気なんてないじゃない。――本当に一番自分達のことしか考えていないのは、あなた達だわ」
「うるさい! 御託はいい! とっとと俺の剣の錆になるんだ!」
ブレードルは、再び私に剣を向けて――
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇっ、聖女!」
「くたばるのは、あなたよ。偽勇者」
私は彼に、身体が重くなる呪いを移した。酷い重力を感じるような状態で、立っていられなくなるレベルの呪いだ。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!?」
ブレードルは情けない声を上げ、地に伏す。まるで潰れた蛙のような姿で、とても勇者とは思えない。
「ぐ……な、なんだ、この力は……!? お、お前がやっているのか!? ……お前の力は、治癒や浄化だけじゃなかったのか……!?」
「別にそんなこと、私は一言も言っていないけどね」
ブレードルは光の剣の記憶で、遥か昔、魔竜を倒したのは聖女だと知っているはずだ。
それでも、「聖女の力で魔竜を浄化した」としか思っておらず、この期に及んでもなお、私に攻撃能力があると認められない――認めたくないようだった。
「ふ、ふざけるな、この俺に、こんな……!」
「どうしたのよ。勇者なんでしょう? 聖女より強いんでしょう? だったら立ってごらんなさいよ」
「ぐ、ぐああっ! ぐああああああああああああっ!」
ブレードルは私がかけた呪いに手も足も出ないようで、ジタバタと暴れる。
(まあ……別にこいつのことは、どうでもいい)
本命は、魔竜だ。あいつをぶっ倒して、宝玉を手に入れる。
私は、空を覆うように飛んでいる魔竜を見上げた。
(こいつもまた……メイちゃんを異世界に引きずり込んだ、元凶。このまま、こいつの好きなようになんか、させるもんか)
「……クク。準備運動はできたか? 聖女よ」
「ご丁寧に、私とこいつの決着がつくのを待っててくれたわけ?」
「そうだ。我はお前と最高の闘いを望んでいたのだからな……聖女よ」
「私は別に、『最高の闘い』なんてものは、一切望んでいなかったけど」
あまりにも話が通じない偽勇者達のせいで、既に少し精神的に疲れている。だからといってこの魔竜に屈する気なんて微塵もないから、髪をかき上げながら、挑発的に笑った。
「でも私、あなたに腹が立っているから。……そんなにやりたいっていうなら、徹底的に負かしてあげる」





