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63・さあ、ブチギレる準備はできています

●ブレードルside


 遥か昔、一人の少女が「聖女」としてフェンゼルで召喚された。彼女はフェンゼルを浄化した後、元の世界に戻る方法を求めてユーガルディアに訪れた。


 聖女は魔竜を倒し、広域治癒(エリアヒール)で気を失っていた人々を癒し、宝玉の力で元の世界へ戻ろうとした。


 しかし、傍にいた男が、聖女が元の世界に戻る邪魔をしようとした。

 ユーガルディアの魔竜は、これからも数百年に一度、不定期的に復活する。そのときに聖女の力を持つ者がいなければ国が滅んでしまう、と。


 そこで聖女は、その男が持っていた剣に、自分の力を全て注ぎ込み――「魔竜を倒せる力」を宿した。これで自分が帰還しても大丈夫だろうと、聖女は心おきなく元の世界に戻った。……そこまではよかった。


 その男は、聖女がいなくなったのをいいことに、全てを自分の手柄にしたのだ。

 魔竜から逃げるためその場にいなかった国王や人々に、「俺が魔竜を倒し、宝玉の力で人々を救った」と嘘をついた。真実を告げようとした人々を剣で脅し、口を封じた。


 男は「勇者爵」という特別な爵位を与えられ、その男の末裔が「勇者の一族」と呼ばれるようになった。なお、元の世界に戻った聖女はその後普通の人間として穏やかに暮らし、子孫を残した。つまりミアは、聖女の末裔である。


 それからユーガルディアでは、魔竜が出現した際は、剣に込められた「光の力」……もとい「聖女の力」を放って退治していた。一族がどれほど弱くても、剣に宿った聖女の力さえあれば魔竜を倒すことができたので、「勇者」は何の努力もせず英雄視されてきたのだ。


 つまり「勇者の一族」は、「聖女の力」を借りていただけの嘘吐き一族である。

 ――それが、ブレードルが見た「真実」だ。


(馬鹿な……! 世界を救っていたのは、聖女の力だったというのか!? 勇者を差し置いて異世界の女が世界を救うなんて、あってはならん!)


 ブレードルは、事実を改ざんした勇者を軽蔑するのではなく、世界を救ってくれた、何の罪もない「聖女」を憎悪した。勇者のものである手柄を、聖女に横取りされた気がしたのだ。実際には、勇者が聖女の手柄を横取りしていたというのに。


(ふん……まあいい。聖女とやらは、この世界を捨てて別世界を選んだ薄情者だろう。もう、この世界にはいない存在。今この世界で一番偉いのは、勇者である俺だ!)


 ブレードルはそう自分に言い聞かせ、勇者としてのプライドを保つことにした。


 なお、聖女が自分の力を剣に込めたように、その力は宿す場所を変えることができる。そのためピピフィーナに「ブレードルの剣の力ってすっごーい☆」と褒められたブレードルは、調子に乗って「お前にも少し分けてやろう」と、宝石に聖なる力を移し、ピピフィーナに与えたのだ。それが、彼らの力の正体である。


 ブレードルは真実を知った後も自分勝手に暮らしていたが――その四年後。フェンゼルに「聖女」が現れたという噂が出回った。


 ブレードルにとって聖女という存在は、「勇者」の価値を脅かすものであった。しかもその聖女が、暴虐的な王を捕らえ、新たな王を推薦し、人々を癒し……隣国の英雄となったものだから、我慢ならなかった。


(俺を差し置いて人々を救うなど、出しゃばりすぎだ! 聖女め、許せん……!)


 身勝手な憎悪を抱えたまま――リースゼルグの戴冠式の日。ブレードルは、ミアと対面することになった。


(俺の方が格上なのだから、こっちから声をかけてやるのは癪だ。向こうから声をかけてくるのを待ってやろう)


 だが、ミアからブレードルに声をかけることはなく、ブレードルは苛立ちを募らせていた。


(俺は勇者だぞ! 聖女の方から声をかけてくるのが礼儀だろう! どこまで無礼な女なんだ!)


 結局、ピピフィーナが我慢できず声をかけてしまったようだから、仕方なく聖女のもとへ行った。


 だが当の聖女は、せっかく勇者に会えたというのに、あまり嬉しそうじゃない。


(どういうことだ。俺は勇者なのだから、聖女は俺を見て、運命くらい感じるものじゃないのか)


 なにせ聖女は遥か昔、勇者の剣に力を与えた――つまり「勇者の力になった」存在。それは、勇者のことが好きだったからじゃないのか。ならその子孫であるこの女だって、勇者である俺を見て、何か感じるところがあるのではないか。「この人が私の運命の人だったんだ!」くらい思っていてもおかしくない、いや、思っているべきなのだ。


 なのに目の前の聖女は、それを言葉にも態度にも出さない。

 なんて素直じゃなくて、可愛げのない女だ。だからあえて、見せつけるように言ってやった。


「ね、ブレードル。ミアちゃん、かわいーよねっ!」

「ピピフィーナの方が可愛いさ」

「ふふ、やだもう、ブレードルったら! でもありがと!」


 どうだ。俺とピピフィーナの仲を見て、嫉妬したんじゃないか? わかったら早く素直になれ。俺に尽くし、媚びを売るんだ。


 それでもなお、聖女は俺を褒め称えないし、身を寄せてくることもない。

 本当にどうしようもない奴だ。仕方がないから、こちらから言ってやる。


「俺は勇者だぞ。お前は聖女なのだから、『勇者様の仲間にしてください』と頭を下げて頼むべきだろう!」

「……………………」


 聖女は、一瞬言葉を失っていた。自分の愚かさを恥じているのかと思ったが――


「あの。おっしゃっていることが、わからないのですが」

「まったく、これだから無知な異世界人は。いいか、勇者とは魔竜を倒す正義であり、聖女であるなら、勇者に付き従うものなんだ。お前に、『勇者の仲間』という最高の栄誉を与えてやろうと言っている。こういうときは、頭を下げて『不束者ですが、よろしくお願いいたします』と言うものだぞ」


(聖女なんて存在は気に入らない。だが、聖女が俺に仕えるとなれば話は別だ。『聖女さえも従える勇者様はすごい』と、俺の名声を高める道具となるからな)


 だからこそ、なんとしてでも「聖女」が欲しかった。そもそも聖女がいれば魔竜討伐が楽になるのは事実なのだから、これはユーガルディアのため、正義の行いだ。なのに――


「ブレードル様。私があなたに従うことを当然であるように言われても困ります。私には私の意思があるのですから。どんな身分の御方であろうと、無条件に従う理由などありません」


(――はあ?)


 ふざけるな。勇者とはこの世界を守る崇高な存在。それに従わないなんて間違っている。間違いは、正すべきだ。


 けれどどれだけ説得してやっても、愚かな聖女が俺の言葉を聞き入れることはなかった。それどころか、まるで俺の方が間違っているかのようなことを言ってきやがったのだ。勇者であるこの俺が、間違っているはずがないのに。


 俺は正義だ。

 俺と違う考えを持つ者は、悪だ。

 悪は、正さなければならない。

 これは俺の、正義としての使命である――


 そうだ。俺を苛立たせたあいつが悪い。あの女を苦しめてやりたい。泣かせてやりたい。


 だって俺は、光の剣を抜いたあの瞬間、勇者としての矜持を砕かれたのだから。大体、聖女が勇者の剣に力を宿すなんて紛らわしいことをするのが悪いんじゃないか? そうだ、俺は聖女に騙されていたんだ!


(俺が聖女のせいで傷つけられたのだから、あの女のことも傷つけてやりたい。――あの女の大切なものを、奪ってやりたい)


 あの女の大事なものとは何だろう? 家族とかか? だがあの女は異世界人だ。家族は元の世界にいるのだろう。そうなると、わざわざ召喚してやらねばならない。でも、どうやって?



『――困っているようだな、勇者よ』



 その瞬間――頭の中に、声が、聞こえてきたのだ。


『我も力を貸そう。聖女の大切なものを、この世界に引き込んでやる……奪うために、破壊するために』


(なんだ、この声は。神か、天使か? ああ、そんな者の声が聞こえるなんて、やはり俺は特別な存在なんだ! そうだ、聖女なんかより、俺の方がすごい!)


「ああ、力を貸せ! 聖女の大事なものを、この世界に引きずり込む! ズタズタに引き裂いてやるためになぁ!」

『うむ。――だが、召喚のためには、お前の持つ力も使用させてもらうぞ』

「え? ……おい、どういうことだ!?」

『言葉通りだ。もっとも……【それ】はお前の力では、ないがな』

「おい! そもそも貴様は誰だ!? ――!?」


 声の主は答えることなく、ブレードルは、ぶわり、と何かを感じた。

 巨大な力――しかし、それは自分の中に入ってくるものではない。むしろ、自分の大切なものから、奪われる感覚。

 次の瞬間、ブレードルの光の剣から聖女の力が全て、消えた。


 ――こうしてメイが、この世界に召喚された。「聖女の大切なもの――奪うべきもの」として。


 そしてブレードルの剣は、「聖女の力を宿した剣」から、ミアの鑑定スキルでも何も感じ取れない「ただの剣」に成り下がったのだ。


(ま、まあ。俺は勇者だし……なんとかなるだろう。それに、聖女の力を手に入れればいいだけのことだ!)


 実際にメイに会ってみて、ブレードルは彼女を、とても好みだと思った。まだ幼さを残す可愛らしい顔立ちも、程よい肉付きの身体も。聖女の姪だとか関係なく、自分のものにしたいと思った。

 なのに当のメイは、ブレードルに従うことを拒んだ。おまけに、ブレードルはヴォルドレッドとの決闘でも負けた。そのせいで屈辱的な罰も受けることになってしまった。


 何故だ? 何もかもが上手くいかない。

 これも全部、聖女が俺のもとにこなかったことが原因じゃないか?

 そうだ、あの女が俺の思い通りに動いていれば、全てが上手くいったんだ!

 俺は悪くない。あいつが悪い。

 だからあいつの大切なものは、全部全部、奪ってやらなければ気がすまない――



 ……ブレードルはどこまでも、他者を悪として責め立てることで、「自分は悪くない」と主張して。


 真実に目を向けようとしない勇者は、どこまでも堕ちてゆく――



 ◇ ◇ ◇



●ミアside


(――こんなのが、メイちゃんがこの世界に来ることになった理由……?)


 ブレードルの過去の記憶を見ながら、私は怒りで歯を食いしばっていた。


 私の大切なものを奪ってやりたい、だなんて。そんなくだらない理由で、あの子は元の世界から切り離され、家族と離れ離れになったというのか。――人の人生を、なんだと思っているんだ。


(ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな……!)


 ――あの子が元の世界から切り離された元凶のひとつが、あの自称勇者だというのなら。

 私は、絶対にあいつを許さない。


「そんなに私を怒らせたかったのなら――お望み通り、ブチギレてあげる」

読んでくださってありがとうございます!

お待たせしました、次回とうとう魔竜の復活です!

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― 新着の感想 ―
やっちゃえー!!
そこまで他責思考になれるのは、ある意味羨ましいとは思うけども、行き着く先に待っているのは破滅だよね〜
勇者じゃなくてクズの末裔じゃねえか これ見た真実を映像にして国民に見せる事とかできないんですかねぇ 聖女の剣の力なくなった今、ただのプライドしかない雑魚でしかないけども
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