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60・思い出の料理を食べます

●ピピフィーナside


(おかしい。こんなの、絶対間違ってるよぉ)


 ピピフィーナは自分の部屋で一人、不満を抱えていた。

 彼女は十歳のときブレードルに、「可愛いから」という理由だけで婚約者に見初められた平民である。


 ブレードルは勇者の一族であるがゆえに、生まれたときから婚約者がいた。だが「冴えない生意気な女よりも、この可愛い娘がいい」と、当時の婚約者と婚約破棄をして、無理矢理ピピフィーナとの婚約を進めたのだ。身分の差もあり、当然周囲の反対はあったが、お得意の「俺は勇者だぞ! 勇者のやることに文句を言う者は悪だ!」節によって、周囲を黙らせた。


 実際ピピフィーナの外見は華やかで愛らしい。その見た目と、とあるきっかけにより、ブレードルの周りでも彼女のことを「まるで聖女のようだ」と言う者は一定数いた。


 きっかけとなったのは、ピピフィーナが、街に迷い込んだ魔獣の子どもに「魔獣だからって殺しちゃうなんてかわいそう! みんな仲良くしなきゃ」と逃がしてあげたことである。それを見ていたブレードルの従者達が、「なんてお優しい」「魔獣に対しても慈悲深いなんて、心が美しい」とピピフィーナを褒めたのである。


 ピピフィーナにとって、それが「成功体験」となった。「みんな仲良し」というような綺麗ごとを言っておけば、周囲がちやほやしてくれるのだと、味をしめたのだ。ちなみに、ピピフィーナが「かわいそう」と逃がした魔獣は、その後成長して街を襲った。


 そうとは知らず、ピピフィーナは中身のない綺麗ごとを言葉を振りまくようになった。


 嫌がらせを受けている女子に「ちゃんと皆と仲良くしなきゃ」と言った。

 貸した金を返してもらえない人に「貧しい人には優しくしなきゃ」と言った。

 夫に不貞された女性に「喧嘩なんて駄目だよ、許してあげなきゃ」と言った。


 そのたびに、細かい事情は知らず、上辺の言葉を聞いただけの周囲が「そうだそうだ」「ピピフィーナ様の言う通りだ」とピピフィーナを称賛した。


 綺麗な言葉さえ口にしていれば、周りから注目してもらえる。それがどんどんピピフィーナを加速させていった。


 ピピフィーナは自分の言葉がどんな結果をもたらすのか、わかっていない。彼女が口にしているのは、ただ自分が周囲に褒めそやされるための、中身のない言葉である。


 平民でありながら、容姿のよさと上辺だけの言葉で、ちやほやされてきたピピフィーナ。彼女はそれらの経験から、「いい子でいれば、欲しいものはなんでも手に入る。そうじゃない人は、いい子じゃないから幸せになれないだけ」と思い込んで人生を送ってきた。それほど、彼女の人生はイージーモードだったのだ。


 そんなピピフィーナにとって、初めて思い通りにできない存在が、ミアであった。


(ピピはずっと、ミアちゃん達と仲良くしようと頑張ってきた。なのにミアちゃんは、ピピに意地悪してばっかりだった! ピピは、本当はこんなことしたくないけど……ミアちゃん達は悪い子だから、『めっ』してあげなきゃ、駄目だもんねえ?)


 ピピフィーナの自室にて。彼女が取り出したのは。以前、決闘の席で手に入れたメイの髪の毛だ。


(舞踏会のミアちゃん、ピピより目立って、酷かったよねぇ。王様は、あの舞踏会はミアちゃんが主役だって言ってたけどぉ。この国で偉いのは勇者様だし、ピピはその婚約者だもん! ピピより可愛い子なんて、いたら駄目なの!)


 ピピフィーナは、市で買った呪いの本を参考に、メイの髪の毛を媒介にして、「化け物の姿になる呪い」をかける。本当はミアを呪ってやりたかったのだが、ミアの髪の毛はないためメイを呪おうという魂胆だ。


(ふふ、メイちゃんが化け物になっちゃったら、ミアちゃんも大慌てだよねえ。皆から、化け物はこの国から出てけって言われちゃうかも♪)


 すっかり調子に乗っていたピピフィーナだが、次の瞬間――自分の顔が、ずるりと腐り落ちてゆくのを感じた。


「ぎゃああああああああああああああああああ!?」


 ミアは聖女である。ヴォルドレッドに「メイに守護の魔道具を持たせておいたほうがいい」と言われたその日には、さっそく魔道具を作ってメイに持たせておいたのだ。


 ようするに、ピピフィーナがかけた呪いが、彼女自身に跳ね返ってきたのである。可愛らしい顔が醜く腐り落ち、皺だらけの豚のように変化した。鏡を見たピピフィーナは、これが自分の顔かと卒倒しそうになった。


「ピピフィーナ、今の声はなんだ!? ……ひいっ!?」

「いやあああああああああああ、化け物! うちから出て行きなさい!」


 悲鳴に気付いた彼女の両親が、箒やハタキを武器代わりにし、ピピフィーナを追いかけ回す。


「違う、違うのぉっ! ピピはピピだもんっ!」


 ピピフィーナはなんとか両親を部屋から出して、鍵をかける。彼女は腐ったオークのような顔のまま、ゼイゼイと息を切らしていた。


「もうやだ、どうしたらいいの!? ……そ、そうだ! まだ一個だけ、残ってたはず!」


 彼女は宝石箱から、輝く石を取り出す。ピピフィーナはそれを使い、化物化の呪いを解いた。


「ひどい! なんでピピがこんな目に遭うのぉ!? こんなのおかしいよぉ! ピピはいい子なのに! 悪いのはミアちゃん達なのにっ!」


 ピピフィーナが呪いをかけようとしたから、それが自分に跳ね返ってきただけだ。なのに、彼女はやはりミア達に責任転嫁する。……ミアが聖女であり、呪いを跳ね返せたからよかったものの、そうでなければ大変なことになっていたというのに。


(それにしても……今の解呪で、ブレードルに貰った力、全部なくなっちゃったなぁ)


 そう、先程の解呪に使った石こそが、以前ピピフィーナが、ミアが誘拐犯に与えた呪いを解いた力の正体。ピピフィーナ自身に特別な力があるわけではなく、ブレードルに与えられた「とある力」が宿った石を使うことで、解呪を行えるのだ。そして力を使えばその魔力は消えるため、鑑定スキルを使っても痕跡は残らない、というわけである。


(せっかくすごい力なんだからぁ、ブレードル、もっとくれればいいのに。でもこの前、『これからはもう与えてやることはできない』とか言ってたなぁ……なんでなんだろ?)


 ピピフィーナは何度か「もっと欲しいの、おねがーい☆」とブレードルから力を貰っていたが、「光の剣」の力の源が何なのかまで知っているわけではない。そのため、呑気に首を傾げていた。


 その力の正体こそが、自分達の破滅に繋がるとも知らずに。



 ◇ ◇ ◇



●ミアside


 舞踏会はとても楽しかった。だけど、いつまでも夢のような時間に浸っているわけにはいかない。私達には、目的があるのだから。


 というわけで、舞踏会から数日経ったある日――私は、ヴォルドレッドとメイちゃんと共に、魔竜が眠っているという、封印の門に様子を見に来た。


 ここには何度か訪れているけれど、今日も魔竜が復活することはなく、特に成果は得られなかった。だからといって、故意に復活させるわけにもいかない。そんなことを企むなんて、以前の誘拐犯達と同類になってしまう。


(ただ、あいつらの言っていたことも、気にはなっているのよね。『特別な血を引く子どもを生贄に捧げれば、魔竜は復活する』って噂らしいけど。『特別な血を引く子ども』って、一体何を示しているのかしら?)


 気にはなるけれど、判明したところで、生贄なんて手段を使うわけにはいかない。魔竜復活は、運命の時を待つしかなさそうだ。


 三人で王宮に戻る途中、街の市場の様子を見て、メイちゃんが目を輝かせる。


「この世界の市場って、賑やかだよね。知らない食べ物とかいっぱいあるし……わ、あれ、トマト? 色が赤じゃなくオレンジだけど」

「ああ、トマトによく似た野菜なのよ。色はちょっと違うけど、味はそっくりでね」


(……そうだ)


「メイちゃん。せっかくだし、今日はいつもと少し違った夕食にしましょうか」



 ◇ ◇ ◇



「じゃーん。オムライスよ」


 ユーガルディア王宮の、私の部屋にて。メイちゃんに、できたてのオムライスを見せる。陛下に許可を得て厨房(キッチン)を貸してもらい、作ったのだ。


 この辺りの国にはお米がない。だけど、メイちゃんが転移してきたときに持っていたエコバッグの中に、お米も入っていた。それを私のアイテムボックスに入れておいたのだ。メイちゃんが、地球の食べ物が恋しくなったら出せるように。


「わ~、お米を使った料理、ひさしぶり~!」


 案の定、彼女はキラキラと目を輝かせている。

 せっかくお米を使うのだから、おにぎりとかチャーハンとか他にも作れるわけで、一応希望も聞いたのだけど、メイちゃんのリクエストはやはりオムライスだった。彼女が子どもの頃大好きだった料理だけど、今でも好みは変わっていないらしい。


「お姉ちゃん、作ってくれてありがとう。私、炊飯器がないとご飯の炊き方がよくわかんなくて」

「電化製品に慣れていると、こっちの世界の生活はいろいろ戸惑うわよね。さ、温かいうちに食べましょう」

「うん! いただきまーす!」


 メイちゃんはスプーンでオムライスを掬い、口の中に入れて――


「んんっ……! すごく、すごく美味しい! それに、なんだか……懐かしい味がする……」

「ふふ。メイちゃん、昔オムライス大好きで、いつも食べたいって言うから、よく作っていたもの。本当に、懐かしいわ」


 頭の中に、幼い日のメイちゃんのことが蘇る。スプーンを握って「おいしー、おいしー」と言ってくれたメイちゃん。毎日疲れていても、彼女がたくさん食べてくれるのを見ると、その瞬間は疲れが吹き飛ぶような気がした。


「そっか……お姉ちゃんのオムライスって、こういう味だったよね……」


 じわりと、彼女の瞳に涙が浮かぶ。


「わっ……どうしたの、大丈夫?」

「うん、大丈夫。なんだかやっぱり、懐かしくて……。お姉ちゃん、作ってくれて、本当にありがとう」

「喜んでもらえたなら、私も嬉しいわ。メイちゃんのためだったら、いつでも作るわよ」

「へへ……お姉ちゃん、大好き」


 私にとっても、この世界に来てから食べていなかった、懐かしい味だ。オムライスの具材は人それぞれだけど、私の場合はウインナーと、細かく刻んだ玉ねぎを入れる。この世界にケチャップはないけど、トマトに似た野菜を煮詰めて代用し、昔の味を再現することができた。


 こうして二人でお喋りをしながら食事をしていると、まるで元の世界にいるみたいだ。よほどリラックスしていたのか、やがてメイちゃんはうとうとしだして、眠ってしまった。おなかがいっぱいになって寝るなんて、それこそ子どもの頃みたいで微笑ましい。


 すやすやと息を立てている彼女の寝顔を眺めていると――


(え……? 何、これ……)


 私の聖女の力が、彼女に呼応するように。

 ふわりと淡い光が生まれて、メイちゃんの夢が、伝わってくる――

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