58・私とダンスを? お断りします(byヴォルドレッド)
私達が入場した後、陛下が簡単な挨拶をし、続けて一曲目のダンスとなった。
楽団が円舞曲を奏で、私はヴォルドレッドと共に踊る。これまでの練習の成果と、彼のリードのおかげもあり、スムーズにステップを踏むことができた。
「……緊張もするけれど、楽しいわね。こういうの、少し憧れていたの」
「はい。私もミア様と踊れて、夢のようです」
(……確かに、夢みたい)
異世界の王宮で、綺麗なドレスに身を包み、ダンスを踊る。
しかもその相手は、誰より私を愛してくれている人だ。
この世界に来てから、おかしな王族や自称勇者に絡まれたり、疲れることも多々あるけれど。それでも、以前では考えられなかった幸せを、惜しみなく与えられていると思う。
(……人生、何が起きるかわからないわね)
充足感を抱いたままステップを踏み、やがて一曲目が終わった。心地いい余韻を残しながら、ダンスの最後の姿勢を決める。
(一曲目の後は歓談の時間で、少し後に二曲目が始まるのよね)
すると、少し離れたところからブレードル達がこちらを睨んでいるのが見えた。どうせまたろくなことを話していないのだろうなと思いつつ、念のため能力向上で聴力を上げ、彼らの会話を聞いてみる。
「あの女、どうせ失敗すると思っていたのに……! なんでミスしないんだ!? ドレスの裾でも踏んで転んだら、盛大に笑ってやろうと思っていたのに!」
「まったくよ。異世界なんてわけのわからない場所から来たはずでしょう? どうして我が国の舞踏会で、あんなふうに踊れるのよ! 生意気だわ!」
(失敗したら笑うくせに、ちゃんとやったら怒るのか……)
つくづく呆れる。そして更に、ピピフィーナが何か言い出した。
「ブレードル、お義母さま、ピピに任せて!」
「おお! さすがは俺の婚約者だ!」
「ピピもぉ、最初に今日のミアちゃんを見たときはびっくりしちゃったけど……でもでも、このままじゃ終われないもん! 次の曲はブレードルと踊れなくなっちゃうけど、いいよねぇ? これもブレードル達のためだもんっ」
「その意気よ。ふふ、あの女に屈辱を味わわせてやりなさい」
ピピフィーナがヴォルドレッドに近付いてきて――彼女は、谷間を強調するように胸を寄せ、上目遣いで彼を誘った。
「ヴォルドレッドさぁん、こんばんは! ねぇ、次のダンスはピピと踊りましょ!」
「断る」
彼女の誘いを、ヴォルドレッドは一言でばっさり切り捨てる。いつも私を見つめるときは甘く優しい瞳が、ゴミを見るようにピピフィーナを一瞥していた。
「ふえぇ、どうしてぇ!? ピピの何が悪いの!?」
「パートナーのいる相手を堂々と略奪しようとし、断られても自分の非を理解しないそういうところも含めて、全てだ」
「そんなふうに言われたら、ピピ泣いちゃうよぉ~。女の子にはもっと優しくしなきゃ、めっ、だよ?」
「……そうですか。では望み通り、丁寧に言って差し上げましょう」
ヴォルドレッドは虫も殺さぬような優美な笑みを浮かべ、楽団の演奏にも劣らない、耳に心地のいい声で告げる。
「あなたはとても幼稚で思考がお花畑で、いつも無自覚に失礼を振りまいています。私はあなたのような人間と共に踊る気は微塵もありません。それどころか、視界に入れることすら大変不快です。未来永劫、私とミア様の傍に寄らないでいただけると幸いです。心よりお願い申し上げます」
うん、確かに雰囲気は穏やかで、物腰は柔らかだ。だけどある意味では、煌めくような微笑みだからこそ、余計キツいかもしれない。実際、ピピフィーナはきっぱり断られたときよりも凍り付いている。噓泣きする余裕もないほど自信をへし折られたのだろう。
そして、誰もそんなピピフィーナに構いはしない。
他の貴族達が私達のもとへ、わっと押し寄せた。
「ミア様。ユーガルディアで治癒や浄化を行っていただき、誠にありがとうございます。おかげで皆助かっております」
「ミア様のパートナーはヴォルドレッド様だと存じておりますが、感謝だけでもお伝えしたくて……」
「ここにいる皆……いえ、ここにいない民達も、皆。ミア様に救われているのです」
大勢の紳士淑女の方々が、瞳を輝かせ、口々に感謝を告げてくれる。なので私も、笑顔で皆さんの厚意に応えた。
「いえ。私もユーガルディアでの日々を楽しんでいますし、お役に立てているなら光栄です」
ピピフィーナは私を囲む人達の輪に呆気なく押し出され、うるうると瞳を潤ませて戻ってゆく。
「ふえぇ、ブレードル、お義父さま、お義母さまぁ! ミアちゃん達が酷いのぅ~!」
ピピフィーナがぱたぱたと走っていった方向にはブレードル達がいて、うっかりブレードルの母と視線が合ってしまう。
「ちょっと! うちの子の婚約者が泣いているじゃない!」
ブレードルの母の言葉に、私より先にヴォルドレッドが口を開く。
「本日の主賓はミア様であるにも関わらず、彼女はミア様のパートナーである私にダンスの申し込みをしました。だから断ったまでです」
「一曲くらい踊ってあげたっていいでしょ! 顔だけはいいくせに、ケチなのね!」
「パートナーのいない者ならともかく、決まった相手のいる者を誘うのはマナー違反でしょう」
すると今度は、ブレードル母の隣にいた男性が口を出す。ブレードルと顔立ちが似ているので、おそらく彼の父親だろう。
「私はユーガルディアの勇者爵だが? ここはユーガルディアなのだから、余所者はおとなしくユーガルディアの貴族である私達に従うことこそ、礼儀であろう」
「もっと言ってやってください父上、母上!」
ブレードルは両親の後ろに隠れながら、二人をけしかける。そこで――
「ほう。ではユーガルディアの貴族であるお前達は、王に従うのが礼儀ではないのか?」
背後から声が聞こえ、振り返ると、立っていたのは……
「こ、国王陛下!?」
ブレードルの両親は、一瞬で顔を青くした。
陛下には事前に、以前街でブレードルの母親に声をかけられたこと、舞踏会に招待されていないと難癖をつけられたため、黙らせるために招待状を渡したことは伝えてある。だからこそ、この場で出てきてくださったのだろう。
「この舞踏会は俺が主催した、聖女殿を歓迎するための会だ。不平があるのなら、俺が聞こう」
ブレードルの両親は、あからさまにたじろいでいる。「ちょっと治癒ができるだけの小娘」を見下していたら、国の頂点である陛下がお出ましになったから、今更になって怯んでいるのだろう。
「ふ、不平というわけでは……。ただ、ピピフィーナが、聖女……様の騎士に冷たくされたそうなので。女性には優しくすべきでしょう?」
「だとしたら、聖女殿も女性だが? 聖女殿には、目の前でパートナーに手を出されそうになるのを我慢しろというのか? そもそもそれ以前に、聖女殿歓迎の舞踏会で、主賓より目立つ装いをすること自体がマナー違反だろう。俺は自由を尊重はするが、それでも今宵の主役は聖女殿なのだ。そこは弁えよ」
両親はぐっと言葉を詰まらせる。しかしブレードルの母は、ここで引くわけにはいかないと思ったのだろう。あるいは「私は間違っていないのだから、ちゃんと説明すれば陛下は味方になってくださるはず!」とでも考えているのかもしれない。眉を吊り上げて口を開く。
「問題はそれだけではありません! ブレードルが、王宮で聖女の騎士と決闘し、負けたなどという根も葉もない噂が出回っているようなのです。これは勇者に対する侮辱ですわ。そのような噂を流している者達を処罰するべきです!」
「その話なら、真実だ。俺がこの目で見ていた」
陛下に即答され、ブレードルの両親は目を見開く。
「そ、そんなわけがありません! ブレードルは勇者なのですよ!?」
「勇者と言っても、実戦経験はほとんどないだろう。この前の決闘を見て、やはりそれが致命的だったのだとわかった。勇者だと主張したいのであれば、もっと魔獣退治などに力を貸すべきだったのだ」
「そんな、ブレードルは勇者なんですよ!? 魔獣退治なんかして、何かあったらどうするんですか!」
「そこらの魔獣退治でどうにかなるような者であれば、魔竜など倒せんだろう」
まるで学校にクレームを入れるモンスターペアレントのようだが、ブレードルは幼い子どもではなく成人男性だ。だからこそ周りの貴族達も、ブレードルの両親に白い目を向けていた。
「そもそも俺はこの舞踏会にお前達を招待していない。何度も言うが、今宵は聖女殿を歓迎し、楽しんでもらうための会なのだ。これ以上聖女殿の気分を害するようなら、今すぐ王宮から出ていけ」
「いいえ! 悪いのは聖女達です、陛下!」
「これだけ言っても無駄なようだな。……騎士達よ、こいつらをつまみ出せ」
「かしこまりました、陛下」
ブレードル達一行は、警備の騎士さん達によって広間から連れ出される。
「そ、そんな! お待ちください陛下、陛下っ!」
「ふえぇ~、こんなのってないよぉ~!」
抵抗は空しく、彼らはずるずると引きずられていく。その醜態に、他の貴族達は苦笑いを浮かべていた。
「聖女殿、あいつらがすまなかったな。気を取り直して、楽しい時間を過ごしてほしい」
「はい。ありがとうございます、陛下」
やがて二曲目の時間となり、再び美しい演奏の中で、ダンスに耽った。
メイちゃんも、王宮の文官さん達と踊ったり、他の人達の歓談や、立食形式での豪華な食事を楽しんでいる。今日の主賓は私なので、私達の望むようにしていいとのことで、私とメイちゃんも一緒にダンスを踊ったりした。
「ふふ、楽しいね、お姉ちゃん!」
「ええ、本当に」
メイちゃんも、憧れの「異世界の舞踏会」という空間を満喫できたようだ。
夢のような時間は、瞬く間に流れた。やがて舞踏会も終盤になり――
(楽しい……けど、いろんな人と挨拶して、少しだけ疲れたかも)
とはいえせっかく陛下が開いてくださった舞踏会なのだから、笑顔はしっかり保ち続け、「聖女」の体裁を守るようにした。
表情にも、言葉にも出していなかったけれど。いつも私を見ているヴォルドレッドだけは、私の内心に気付いてくれたらしい。そっと手を引かれ、バルコニーの方へ誘導される。
「ミア様、少し外の風に当たりましょう」
「ええ、いいわね」





