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57・地味女だと思っていましたか? では、ドレス姿をお披露目します

 舞踏会当日――


「まあ、聖女様。とてもお美しいです!」


 私は使用人さん達に手伝ってもらいながらドレスに着替え、髪や化粧などの支度も全て終えた。王宮の髪結師さんや化粧師さん達が、とても丁寧に仕上げてくれて……鏡を覗き込んだら、プリンセスにでもなった気分だった。


「それにしても、聖女様がお渡ししてくださった化粧品はとても上質ですね。この化粧品、是非ユーガルディアにも輸出していただきたいです!」

「ええ。それに聖女様の髪も、とても艶やかで……一体どんな洗髪剤を使っていらっしゃるのか、お教えいただきたいです」


 化粧師さんも髪結師さんも、興奮してキラキラと目を輝かせていた。確かにこれほど上質な品々はこの大陸のどこにもないだろう。何せ、聖女の加護つき化粧品だから。


「ありがとうございます。化粧品や洗髪剤の輸出については、いずれフェンゼルに戻ったら、リースゼルグ陛下にも相談してみます」

「はい、是非お願いいたします!」

「こんな素晴らしい品々があれば、日々の仕事がいっそう充実します!」


 私の力がないと作れないものだから大量生産はできないけど、逆に希少価値が出るだろうから、王族や貴族向けの需要が高まると思う。フェンゼルの景気を今より良くできるかもしれないし、国が潤えば福祉だってもっと充実させられる。そう考えると心が弾んだ。


 とはいえ今は商売の話より、舞踏会だ。ちょうどそのとき、部屋の扉がノックされて……


「ミア様、入ってよろしいでしょうか」


 私を迎えに来たのは、もちろんヴォルドレッドだ。いつも聞いている声なのに、不思議とドキドキしてしまう。……この姿を彼が見たら、どんな反応をするんだろう? そんな、微かな不安と淡い期待が胸を揺らす。


「ええ、どうぞ」


 答えると、部屋の扉が開いて――


「――――」


 お互いに、言葉を失った。

 相手の姿に、見惚れてしまって。


(ヴォルドレッドは、もともと綺麗だけど……)


 舞踏会用の洗練された装いも、彼によく似合っている。凛としているのに、仄暗く重い愛が滲み出るように妖艶な空気を纏っていて……淑やかな貴婦人達が見たら、あまりの色香に卒倒してしまうのではないだろうか。


 彼は、どこか妖しい魅力を秘めた紫の瞳で私を見つめたまま、口元を綻ばせる。


「……ミア様。あなたはいつも、この上なくお美しいです。夜空の星よりも、地上の花よりも。私の世界に、あなた以上の存在はありません」

「そ、そんな歯の浮くような台詞を……」


 だけど今日の彼が言うと、すごく様になる。騎士らしくもあるけれど、まるで甘い恋物語の王子様のようだ。


「今宵のそのお姿も。とてもよくお似合いで……美しいです」

「ありがとう……あなたも、素敵よ」


 もっと気の利いたことを言えたらいいのだけど、胸の鼓動がうるさくて、上手く言葉が喉を抜けない。それでも、彼は柔らかく微笑んでくれた。


「しかし、ミア様のそのお姿……私以外の者の目に触れさせたくないですね」

「いや、それは無理でしょう。他の人達もたくさん集まっているし、私の歓迎会なんだし」

「このまま駆け落ちし、どこか遠い国で、誰にも邪魔されず二人だけで静かに暮らせば、私以外の者がミア様に近付く危険がなくなりますが」

「何かに追われているわけでもないのに、駆け落ちする必要がないから」


 いつもの調子でツッコミを入れると、ヴォルドレッドはふっと笑みを深める。


「そのくらい、あなたが美しいということです。ミア様」


 甘い言葉と微笑みに、まだ一滴もお酒を飲んでいないというのに、頬が熱くなってしまう。


(やっぱりストレートな好意には、慣れないわ……)


「……では行きましょうか、ミア様。本当はあなたを独り占めしてしまいたいですが、舞踏会を楽しむあなたの笑顔は見たいですからね」

「……あなたはいつも一言余計で、しかもその余計な言葉が恥ずかしいのよ」

「申し訳ございません。恥ずかしがっているミア様も、大変お可愛らしいので」

「だからそういうのが……いや、もういいわ」


 ヴォルドレッドが私をエスコートしてくれて、やがて会場である、王宮の大広間に辿り着く。メイちゃんは先に、文官さん達に案内されて中に入っているはずだ。


 大広間に足を踏み入れると――ザワッ、と会場中がどよめいた。


「あの方々が、聖女様とその騎士様か? なんとお美しい……」

「ダンスをするより、ずっとお二人を眺めていたいくらいだ」

「本当に。まるで絵画の中から抜け出して来たかのようなお二人だな」


 人々が、私達を見てほうっと息を吐き出す。

 こちらに集まる視線は熱を帯びていて、好意的なものであるとわかり、内心でほっと胸を撫で下ろす。「聖女のくせに貧相な女」だの「期待外れの地味女」だの言われなくてよかった。これまでの経験上、そう言われることも覚悟していたけれど、完全に杞憂だったようだ。皆さん目を輝かせ、尊いものを見るように私達を見ている。


(第一印象は成功ね。……ブレードルの母親達が期待するような、笑い者になんて、なってやらないわ)



 ◇ ◇ ◇



●ブレードル&ピピフィーナside



 一方、ブレードルの母がミアから半ば奪うようにして手に入れた招待状で、会場に入っていたブレードルと彼の母、そしてピピフィーナは――


「ブレードル、ちゃんと招待状もらえて、よかったねぇ。一緒に踊れるなんて、嬉しいっ」

「ふ。勇者であるこの俺が招待されるのは当然だ」

「二人とも、今日の衣装もとても華やかで、似合っているわぁ! さすが私の息子とその婚約者ね!」


 貴族達の間では、「ブレードルが聖女の騎士に決闘を挑んで負けた」という話は出回っている。しかし、わざわざ当人の前でそんなことを言う者はいない。皆、ブレードル達のプライドを逆撫でしないように接していたため、和やかな空気を保っていた。……表面上は。


「ピピフィーナ様、本日も……お美しいですね。さすがは勇者様のご婚約者」

「そのドレスも、大変華やかで……お似合いです」


 実際、今日のピピフィーナはとても華やかだ。

 ブレードルと彼の親は、この舞踏会はミアを見返してやる好機だと考え、こぞってピピフィーナを着飾らせたのである。ピピフィーナ本人も調子に乗って、豊満な身体を見せつけるように、過度に胸を強調したドレスをリクエストし、ノリノリで着ている。非常に派手で扇情的で、まるで本日の主役のようだ。


 これが、ブレードルの家が開催した夜会であるならともかく。今日は聖女ミアを歓迎するための舞踏会であり、主賓はミアである。明確な主役がいる夜会で、主役よりも目立つ装いをするのはマナー違反だ。ユーガルディア国王が自由を尊重する人物であるとはいえ、決して褒められたものではない。結婚式に、新郎新婦を無視して派手な白の衣装を着るようなものである。


 実は他の貴族達も、その非常識さに内心では引いていた。だがブレードル達は「機嫌を損ねたら面倒な相手」と認識されていることもあり、人々は社交辞令としてピピフィーナを褒める。その賛辞が上辺だけのものだと気付かず、ブレードル達は、鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌だった。


「ふふっ、みんな、ありがと! ピピ、嬉しい~!」


(えへへ、ピピって可愛いよねぇ☆ 今日はミアちゃんを歓迎するための舞踏会らしいけどぉ、ピピの方が目立っちゃうかもぉ。ミアちゃんにちょっと悪いかなぁ? でも、この前の決闘で、ミアちゃんってば本当にピピ達に対して酷かったんだもん! だから、しょうがないよねっ)


「本当に愛らしいぞ、ピピフィーナ。これならあの極悪聖女より視線を集めてやれるな!」

「ええ。舞踏会の主役の座を奪って、私の可愛いブレードルをいじめたあの性悪聖女に、屈辱を味わわせてやりましょう」

「うんっ! ちょっとかわいそうだけどぉ、ミアちゃん悪い子だから、いい子になってもらうために、仕方ないよねぇ~?」

「あんな生意気女のこともかわいそうだと言ってやるなんて、お前は優しいな、ピピフィーナ。だがお前の言う通り、これはあの女の心を入れ替えてやるために必要な、正義の行いだ。あの女は調子に乗りすぎだから、俺達がしっかり躾けてやらなければ」

「うんうんっ! ミアちゃんにわかってもらうために、ピピ頑張るよぉ!」


(ふふっ! おめかししたピピの姿を見たら、きっとヴォルドレッドさんも、ピピのこと好きになってくれるよね~。ミアちゃんの目の前で、ミアちゃんのこと捨ててくれるかなぁ? 結婚とか申し込まれちゃったらどうしよう~☆)


 ピピフィーナはすっかり、ヴォルドレッドが自分に惚れる妄想を繰り広げていたが――そんなふうに考えていられたのは、ミアとヴォルドレッドが会場に足を踏み入れるまでだった。


 ミア達が入場すると、ザワッと周囲が色めき立ち、皆の視線は「美しい聖女様と騎士様」に釘付けになったからだ。


「聖女様、なんとお美しい……」

「本当……あの髪の艶、肌の潤い、素晴らしくて言葉にできないわ……」

「それにお美しいだけじゃなく、お優しい御方だよな。この前も、街で子どもを治癒なさっていた。聖女様のおかげで、皆が救われている」

「ああ。希望の光そのもののような御方だ。ずっとユーガルディアにいてくださればいいのに」


 会場内はたちまち、ミアへの賛辞で埋め尽くされる。もう誰もピピフィーナ達のことなど見ていない。ブレードル達すら、ミアの美しいドレス姿に驚愕していた。


「あ、あれが、あの極悪聖女? 馬鹿な……! あの女、あんなに美しかったのか……!?」

「嘘よ……! 地味で冴えない女だと思っていたのに……!」


 ブレードルと母は、悔しそうに唇を噛む。ミアに屈辱を味わわせるはずが、どう見ても、屈辱を感じているのは彼らの方だった。ザワザワとミアに見惚れる人々の中に立ち尽くし、ショックを受けている。


 もはや主役の座を奪うことなど絶対に無理だろうに、無駄に露出しているピピフィーナもまた、普段のぶりっ子を忘れて呆然としていた。


(ミアちゃんに華やかなドレスなんて似合わないって思ってたのに、どうしてあんなに似合っちゃってるの? 髪も肌も、ピピより綺麗だし……。こんなのおかしい! ミアちゃんのための舞踏会で、どうしてミアちゃんが一番目立ってるのぉ~~~!?)

読んでくださってありがとうございます!

次回は「私とダンスを? お断りします(byヴォルドレッド)」です!

言っている相手はもちろんミアではありません!


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私も皆さまがツッコんでいる箇所で盛大にツッコんでおりました。   ミアちゃんのための舞踏会だもの。 当たり前ですがな。
≫ミアちゃんのための舞踏会で、どうしてミアちゃんが一番目立ってるのぉ~~~!? “ミアちゃんのためのー”なのだから当たり前。 露出魔のような痴女ドレスでやってきたピピちゃんはパートナーのブレードルを楽…
>ミアちゃんのための舞踏会で、どうしてミアちゃんが一番目立ってるのぉ~~~!? 日本語でおk
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