56・馬鹿親には黙っていただきます
聖女歓迎の舞踏会が開催されると決まってから、私とメイちゃんはその準備をしながら日々を送っている。一緒にダンスを習ったり、ユーガルディアのマナーを勉強したり。
当日は大勢の貴族が来ることになるから、メイちゃんも前もってそういう空気感に慣れておいた方がいいだろうと考え、今日は二人で王都貴族街を訪れていた。ドレスや装飾品のお店などを見学し、怪我や呪いに困っている人がいたら治癒しながら、穏やかな時間を過ごした。
「すごいなあ。こういう街並み、本当に異世界って感じ」
「ふふ。なんだか物語の中に迷い込んだみたいよね」
そうして、王宮への帰り道を二人で歩いていたときのこと。
前方から、派手な服に身を包んだ婦人が近付いてきて――
「あなたが、噂の聖女とその姪ね」
「え……? はい。何かご用でしょうか?」
婦人は、じっと私を見る。聖女の力で治癒や解呪をしてほしい、という雰囲気ではなく、こちらを見る目には敵意が宿っている気がした。
「あなたが、ブレードルをいじめたのね」
「…………はい?」
(あ。まさか、この人……)
「私、勇者ブレードルの母ですけどもね! 私の可愛いブレードルをいじめるなんて、一体どういう了見なの!? うちの子は勇者なのよ!?」
「落ち着いてください。私は彼にいじめなど行っていません」
「そんなわけないでしょう!? 今度王宮で、あなたを歓迎する舞踏会が行われるそうじゃない。勇者の血筋である我が家は招待されて当然なのに……他の貴族達には招待状が届いているそうなのに、うちには届いていないのよ! あなた、うちのブレードルを仲間外れにしようとしているんでしょう! 国王陛下に取り入って、ブレードルを招待するなと唆したんでしょう!? なんて意地の悪い!」
私は別に、ブレードルを招待するなとは言っていない。ただ、陛下は以前の決闘で私とブレードルの関係性を知っているから、私のために、彼を招待しないよう配慮してくれたのだろう。
「私は陛下に何も言っていません。国王主催の舞踏会に関して不平があるのであれば、直接陛下におっしゃってはいかがですか?」
「なっ……。そ、そんなことできるわけないでしょう! いくらうちが勇者の血を引く高貴な一族だと言っても、国王陛下に、簡単に謁見なんてできないもの」
(こういうクレーマーじみた人って、相手を選んでやっているのよね。私になら強く言ってやっても大丈夫そうだって、下に見て、舐めているからこそ言っているんだろうな)
おとなしそうだから、地味だから、反撃してこなさそうだから。攻撃的な人間は、そういう相手を標的にしているのかもしれないけど――なんで、真面目に生きている人間がサンドバッグにされて、心を削られなきゃならないんだ。
理不尽に屈する気はないので、私は少し声のトーンを落とし、淡々と詰めることにした。
「国王陛下に言えないから、陛下に隠れて私に文句を言うということですか? 私が、陛下が認めたこの国の賓客であると理解していらっしゃるのでしょうか?」
「な……だ、だって、許せないわ! うちのブレードルが、聖女の騎士と決闘して負けたなんていう、根も葉もない噂が流れているのよ!? うちの子が負けるはずがないのに! そんな噂を流しているのは、あなたでしょう!? なんて陰湿なの!」
「私はそんな噂、流していません。事実もろくに確認せず、一方的な決めつけだけで私を非難するあなたは、陰湿ではないおつもりですか?」
実際私は、その話を言いふらしたりはしていない。噂を広めているとしたら別の誰か……多分、ブレードルの取り巻きだった女性達じゃないだろうか? ヴォルドレッドに負けたブレードルを見て、彼に愛想をつかしていた様子だったし。
「うちのブレードルが、聖女に嫌がらせをされたと言っているのよ! 私の可愛い息子が嘘をついているっていうの!?」
「はい、その通りです」
というか、ブレードルはとっくに成人しているはずなんだが。百歩譲って、親はいくつになっても子どもが可愛いものだよね、といっても、この母親は過保護すぎる。
「そもそも、私は噂は流していないとはいえ、ご子息が自分から私の騎士に決闘を申し込み、敗北したことは紛れもない事実です。これは国王陛下や、王宮の大勢の方々が見ていて、証言できる人はたくさんいます」
「はあ!? 何言っているの、我が家に代々受け継がれている光の剣は、勇者の特別な力を宿した剣よ! 初代の勇者様が魔竜に勝利してからも、魔竜が復活するたび、我が一族が倒してきたの! 勇者が魔竜を倒してきたことは、様々な文献にも記録されているんだから! 光の剣の所持者であるブレードルが、負けるはずないわ!」
「かつての勇者達は魔竜を倒してきたのかもしれませんが、少なくともご子息には、魔竜を倒す力はないように見受けられます。私の騎士に、手も足も出ませんでしたから」
「その言葉自体が侮辱よ! 勇者に対する敬意がないわ! 御託はいいから、謝罪しろと言っているのよ!」
「そうですか」
あまりにも鬱陶しくて、私はアイテムボックスからとあるものを取り出し、彼女に差し出した。
「これをどうぞ。舞踏会の招待状です」
国王陛下から、「聖女殿の知り合いで誘いたい者がいるなら、自由に誘っていいぞ」と頂戴していたのだ。本当に太っ腹な国王様である。
「まあ、わかっているじゃない。最初から素直にそうしておけば……」
「この招待状を差し上げますので、先程までの言葉、当日、国王陛下に直接おっしゃってください」
「は……な、何を言っているの!?」
「先程、簡単に陛下に謁見なんてできないと言っていたでしょう? その招待状があれば王宮の舞踏会に来られますよ。私は陛下と懇意にさせていただいているので、直接お話しする場も設けましょう」
「へ……陛下はお忙しいのだから、そんなことでお時間をいただくわけにはいかないわ! 大体、このことは陛下には関係ないでしょう?」
「陛下は私の騎士とブレードルの決闘をご覧になっていますし、そのことを考えて、ブレードルを舞踏会に招待しなかったのでしょう。ですから言いたいことは、陛下におっしゃってください。あなたの意見が正しいのであれば、直接陛下に言えるはずですよね?」
ブレードルの母親は、ぐっと言葉を詰まらせる。
「どうしたのでしょうか。まさか、私のような小娘相手には好き勝手言えても、国王陛下や他の貴族達の前では黙り込むおつもりですか? あなたは、自分が正しいと思っているのですよね? なのに皆の前で堂々と主張はできず、格下だと思い込んでいる相手だけを選んで喚き散らすのでしょうか?」
彼女はだらだらと汗を流しながらも、ここまで来て後には引けないと思ったようだ。腕を組んでふんぞり返る。
「わ、わかったわよ! ふん、馬鹿ね、陛下は勇者の一族である私達の味方よ! 陛下の前で、私達が正しいのだと証明してあげるわ!」
陛下、面倒なのを押し付けてすみません、という思いはあるが……そもそもこの人はユーガルディアの民だし、ブレードルの家の奴らがここまで増長しているのは、これまで彼らを放置してきた、国の責任でもある。だから何とかしてほしい。
ブレードルの母は、奪うように私の手から招待状を取ると、捨て台詞のように乱暴な言葉を吐いた。
「ふん! あなた、聖女って言ったって、平凡で地味じゃない。うちの子の婚約者のピピフィーナの方がずっと愛らしいわ! あなた達なんか豪華なドレスを着たって似合わないし、どうせダンスだってまともに踊れやしないでしょう。一体どんな無様を晒すのか、舞踏会で拝んでやるのが楽しみだわ!」
彼女は、高笑いを浮かべながら去ってゆく。ブレードルと、ものすごく、似た者親子だ。
「あの自称勇者の一族って、本当に面倒な人ばっかりなんだね。お姉ちゃん、本当にお疲れ様……」
「国王陛下に叱られて、少しはおとなしくなってくれればいいのだけどね。ああいう人達って、自分より上だと認識している人間の言葉じゃないと聞く耳を持たないし」
「いっそ舞踏会で思いっきり暴れてくれれば、他の貴族の人達にも、『あいつらやばい』って知れ渡るのにね。上手くいけば処罰されるかもしれないし♪」
メイちゃん、可愛い顔して、言うときは言うんだよね。私の姪なだけはある。
そして確かに、実はそれが狙いでもある。ブレードルとピピフィーナは、強敵でこそないものの面倒な人達ではあるから、いっそ自業自得で牢にでも入ってくれたら楽だ。
(とはいえ……ブレードル達も舞踏会に来るからには、本格的に、無様を晒すわけにはいかないわね)
今回の舞踏会は私を歓迎してくれる場であっても、もともと貴族が集まる会というのは、社交の場であり、ある意味では戦いの場でもある。自分にとって有益な情報を集め、人脈を築くための。
(フェンゼルに戻った後も、ユーガルディアの貴族とは、何らかの付き合いがあるかもしれないし。今後あんなふうに舐められないためにも、第一印象は大事だわ)
どうするべきかと考えを巡らせながら、私とメイちゃんは王宮に戻る。
メイちゃんと一緒に自室に入ると、私はアイテムボックスからとあるものを取り出した。
「お姉ちゃん、何するの?」
「舞踏会に備えて、ちょっと試したいことがあってね」
テーブルの上に置いたのは、化粧品だ。ユーガルディアを訪れる際に、フェンゼルから持ち込んだ物。ユーガルディアに入国する際、アイテムボックスの中身は全て検査を受けて持ち込むことを許可されている。
(以前、からあげにだって聖女の加護を付与することができたんだし。これだって、もしかしたら……)
私は化粧品に掌を向け、聖女の力を使う。
そうして、その化粧品を鑑定してみると――
■聖女の加護つき化粧品
・聖女の加護によって、能力が上昇した化粧品。
通常の化粧品よりも、肌の調子や潤いを向上させる。
「……ちょっと挑戦してみたんだけど、本当に思い通りの効果になってるわね」
あらためてなんだけど、聖女の力、チートというか便利すぎでは?
「お姉ちゃん、すごい! アイテム強化とか、まさに異世界ものって感じ!」
「まあ、どのくらい効果があるかはわからないけど……後で、シャンプーやリンスも作りましょう」
聖女の力に関してはチートだけど、そもそも私もメイちゃんも、異世界人だというハンデがある。この世界の舞踏会では、この世界で幼い頃からマナーやダンスを学んできた貴族達にアドバンテージがあるのだ。ならこちらだって、使える手札は使わせてもらう。
化粧品で顔を全て変えられるわけではないけれど、この辺りの国においては、顔の造形も大事だが、髪や肌の艶が重要視されるそうだ。シャンプーやスキンケア用品があまり発展していないからこそ、そういった部分が美や高貴さの指標となるのだろう。
(私、この世界に来た頃はよく『貧相』とか言われたけど。元の世界と違う生活環境のおかげで、だんだん変わってきたし……)
この世界に来たばかりの頃は、やつれて、隈ができていたけれど。毎日美味しい食事をしてちゃんと睡眠をとっているうちに、豊満とは言えないけど、健康的な体型にはなってきた。今なら以前より自信を持って、綺麗なドレスだって着られると思う。
(ブレードル一家に舐められたくないという理由もあるけど……せっかくだから、できるだけ綺麗な姿で、ヴォルドレッドの隣に並びたい)
自然にそう考えてしまった後、はっと我に返る。
(乙女チックなことを考えてしまったわ……。う~む、なんだか、こんな自分にムズムズする)
ムズムズするけれど、ソワソワもする。
大切な人達と楽しい時間を過ごし、見下してくる人達を見返すことになるだろう舞踏会が、始まろうとしている――
読んでくださってありがとうございます!
次回は「地味女だと思っていましたか? では、ドレス姿をお披露目します」です!