54・悪気がなければ許される? 限度ってものがあります
間もなくして、ユーガルディア騎士団が馬で駆けつけ、犯人達を連行していった。
この国において現代日本のような「警察」という機関はなく、代わりに王国騎士団の警備部隊がその役割を担っている。罪人の捜索や捕獲も、騎士団の仕事なのだ。
子ども達を拘束していた魔道具を外すと、皆、目を覚ます。命にかかわるような大怪我をしている子はいないようだったけれど、念のため聖女の力で全員治癒をした。
「せーじょさま、ありがとうございます!」
「これで、お母さん達のところに戻れるんだよね!? よかったぁ……!」
「こわかったよぉ……。助けてくれて、ほんとにほんとに、ありがとうございます!」
「皆、怖かったわよね。もう大丈夫よ」
子ども達も騎士団に保護され、一件落着だ。
すると騎士さんの一人が、私に質問する。
「聖女様。聖女様が最初に遭遇したという男について、別の部隊が捕獲しに行ったのですが、見つからないそうで……」
「口頭では、場所がわかりづらかったかもしれませんね。呪いで動きを封じたまま放置してあるので、ご案内します」
騎士さん達に場所を教えるため、元いた場所まで馬車で戻ると――
(――え?)
呪いを与えたため、一歩も動けないはずなのに、男はその場にいなかった。
(もしかして、別の仲間が来て回収していった? 馬車に乗せて連れていったとかなら、ありえるかも)
騎士さん達と共に、周辺を捜索してみる。
すると、少し離れた人気のない道で、あの男を発見した。呪っておいたはずなのに、何故かごく普通に歩いている。
そして、その男と一緒にいるのは――
「ピピフィーナ? あなた……何をしているの」
「あっ、ミアちゃぁん。さっきたまたま通りかかった道でぇ、ピピ、この人を見つけたのっ。怖い人にね、動けなくなる呪いをかけられちゃったんだってぇ。だからピピ、この人の呪いを解いてあげて……」
ピピフィーナがほわほわと笑顔で説明している間に、男は私を見て、まずいと思ったようだ。ダッシュで逃走を図ろうとする。が――
「逃げられると思うんじゃないわよ、誘拐犯」
私が再び、聖女領域にストックがあった「動けなくなる呪い」を与えると、全力疾走中だった男は途端に足が動かなくなり、勢い余ってその場にバタンと倒れた。男は「ぐげっ」とまるで魔獣が潰れたような声を上げる。
「ミアちゃん、何するの!? その人、かわいそうだよぉ!」
「この男は、子どもを攫って生贄にしようとした凶悪犯よ。だから呪いで動きを止めておいたの」
「ふぇ、そうなのぉ? 動けなくて困ってたから、ピピ、呪いを解いてあげたんだよぉ」
(ピピフィーナが呪いを解いた? ……この子、そんな力があったの?)
解呪の力は特別なもので、誰もが持っているようなものではない。まして私がこの男に与えた呪いは、絶対に動けないようにするための強力なものだった。それを解いたというのは、さすがに驚く。
ピピフィーナの能力を把握しておこうと、無詠唱で鑑定能力を使ってみるものの……ステータスは総じて低く、特別な力も記載がなかった。
(どういうこと? 本人に解呪能力があるわけじゃなく、何か消費型のアイテムを使ったとか……?)
「ねえねえ、その人、悪いことしたのかもしれないけど、呪っちゃうなんてかわいそうだよぉ。許してあげなよぉ」
「許せるわけないでしょう。こいつは凶悪犯だって話、聞いていた? ピピフィーナ、あなたは犯罪者の逃亡に手を貸すところだったのよ。場合によっては更なる犯罪が起き、犠牲者が出ていたかもしれない」
「ふえぇ……? でもでも、ピピ、そんなこと知らなかったんだもん! ただ、この人がかわいそうだと思っただけだもんっ!」
ピピフィーナは、じわりと目に涙を浮かべる。ユーガルディア騎士団の方々は、困惑と呆れが半々のような顔で、息を吐いた。
「まあ……犯人は無事確保できましたし、知らなかったということなら仕方がありません。今回は見逃しますが、これ以降は気をつけてください。不審者を見つけた場合は、早急に我々にお知らせください」
「はぁい。わかりました」
「聖女様、誠にありがとうございました。ユーガルディア騎士団一同、聖女様に感謝を捧げます」
そうして、犯人を連れ、騎士さん達は去っていった。
この場には、私、メイちゃん、ヴォルドレッド、ピピフィーナの四人が残る。
「ピピフィーナ。あなた、呪いを解く力があるの? だったら、カイル君にその力を使ってあげればよかったじゃない」
「カイル君? んぅ~、誰だっけぇ?」
「……あなたが以前お見舞いに行った、呪われた男の子よ」
「ふぇ? あ、そういえば、そんなこともあったかも! でも、もうずっと前のことでしょ? ピピ、そんなの覚えてないよぉ~」
「あなた、カイル君に『いい子にしていれば、呪いは治る』と言ったんでしょう。あの子はずっと、それを覚えていたのよ」
「ふぇ? ピピそんなこと言ったっけぇ?」
ピピフィーナはきょとんと首を傾げる。その、何の罪悪感も抱いてなさそうな様子に、モヤモヤが募る。同時に、カイル君の悲しそうな顔も蘇った。傷つけた側は自分の適当な発言を忘れていて、傷つけられた側はいつまでも縛られていたというのは、やりきれない。
「……百歩譲って、その言葉を言ったのは、悪気がなかったにしても。呪いを解く力があるなら、どうして、あの子の呪いは解いてあげなかったの」
「ふえ~。だってピピ、いつでもこの力を使えるわけじゃないもんっ。ピピの力は、ブレードルのおかげだから」
「ブレードルのおかげ?」
「そうだよぉ。ミアちゃんはブレードルのこと馬鹿にするけどぉ、ブレードルに特別な力があるのは、本当なんだよっ? ブレードルの力は勇者様の力だから、普通の人には通じないだけ! でもね、魔竜にだったら、ぜったいぜったい効果があるはずだもん!」
ブレードルのステータスは以前鑑定した通りだし、あの「光の剣」とやらについても、鑑定した。だけど、確かにあれは「ただの剣」だったのだ。年代物であるだけの、ごくごく普通の剣。なのに、特別な力があるとは……?
「勇者も、勇者の婚約者であるピピも、いい子なのにぃ。ミアちゃんは聖女なのに、どうしていつも、みんなと仲良くしてあげられないの?」
「――え?」
(今度は、一体何を言い出すの……)
ピピフィーナやブレードルと話していると、宇宙人と話している気分になる。私達はお互い異世界人だからその表現もあながち遠くはないかもしれないけれど、他のこの世界の人達と話していても、これほど理解できないことはない。
「さっきの男の人だってぇ、悪いことしたんであっても、捕まえるんじゃなくて、もっと別の方法があったと思うの! どうしてミアちゃんは乱暴な方法ばっかりなの?」
「……なら、『別の方法』って、どんな方法があったというのよ」
「それは、わからないけどぉ……」
「自分ではわからないのに、私のことは責める気なの? 現状に文句を言うなら、せめて代案くらい出すのが筋でしょう」
「文句とかじゃないよ! わからないからこそ、みんなで考えなきゃ! この世界に、本当に悪い人なんていないもん。ちょっと間違うことがあったって、本当はみんないい人なんだから!」
「……あのね。何度も言うけど、あの男は罪のない親子に武器を向け、幼い子を生贄にしようとしたのよ。他にも、何人もの子ども達が捕らえられていたわ。罰を与えるのは当然でしょう。捕らえなければ、再犯の可能性だってあるんだから」
「そんなことないよ! ちゃーんと心を込めて説得すれば、悪いことする人なんてゼロになるんだからぁ!」
いくらなんでも理想論すぎる。そんな綺麗ごとで悪人をゼロにできるというのなら、世の中に犯罪なんて起こらない。そんなに上手くいかないから、皆苦しんでいるというのに。
「それに、ピピはあの人のこと知らないけどぉ、あの人にだって、きっと辛い過去とかあったはずだよ!」
「それはあなたの妄想でしょ。というか、悲しい過去があったら何をしても許されるわけじゃないわ」
「ふえぇ。ミアちゃん、冷たいよぉ。みんなの笑顔のために、もっとちゃんと考えてよぉ!」
(いや、自分で考えなさいよ)
心の中でため息を吐く。……私はアリサが大嫌いだけど、それでもアリサはまだ、「お姉ちゃんに嫌がらせをしてやろう」という明確な悪意があったぶん、ある意味では清々しかったかもしれない(もちろん、それでも嫌な奴は嫌な奴だけど)。
ピピフィーナは、完全に自分が善だと信じている。悪意なく迷惑を振りまく。何ら現実的じゃないお花畑な思考で周囲を傷つけ、被害を起こす。
「どうしてそんな目でピピを見るの? ミアちゃん、怖いよぉ……メイちゃんだって傍にいるんだよ? もっとニコニコしてなきゃ、かわいそうだよぉ~」
その言葉に、私よりも先にメイちゃんが反応した。
「何を言っているんですか? 勝手に私を『かわいそう』なんてことにしないでください」
「ふぇ? だってぇ、隣にぷんぷんした人がいたら、メイちゃんも嫌な気分になっちゃうんじゃないかなって。ピピはメイちゃんのこと、心配してるだけ!」
「余計なお世話です。というか私は、あなたがお姉ちゃんにおかしなことを言う方がよっぽど嫌な気分になるので、やめてください」
「んぅ、どうしてミアちゃんを庇うの? あ、そっかぁ。メイちゃんはお母さんが罪人だから、そのぶんミアちゃんのことが大切なんだね。だから……」
「ピピフィーナ、変な話をしないで!」
止めたものの、少し遅かった。メイちゃんは今の言葉を聞いてしまったようだ。
「…………私のお母さんが、罪人?」
その事実は今まで、メイちゃんには隠してきたのに。今の発言のせいで台無しだ。
「うん。フェンゼルの偽聖女さんは罪人として投獄されたって、ピピ、知ってるよ。ユーガルディアにも、その話は伝わってきたもん。偽聖女って、ミアちゃんの妹さんだったんだよね? 妹さんを牢獄に入れるなんて酷いって思ってたから、よく覚えてたんだぁ」
(この人……その娘の前でそんな話をして、相手がどんな気持ちになるか、考えないの?)
「……そう、だったんだ……」
「ふぇ、メイちゃん、もしかして知らなかったの? そんな大切なこと、ミアちゃんは隠してたんだね……。メイちゃん、やっぱりかわいそうだよぉ。ねっ、ピピとブレードルのところに来なよ! ピピ達だったら、たくさんメイちゃんに優しくしてあげるし、みんなで仲良くできるよ!」
ピピフィーナがメイちゃんに手を差し出し、握手をするように、無理矢理掴んで――
メイちゃんは、その手を振り払った。
「勝手なことばかり言わないでください。あなた達のところに行くなんて、絶対にお断りです」
彼女は毅然と、ピピフィーナの誘いを断る。
「お姉ちゃんは、私が真実を知って傷つかないようにしてくれていたんだって、私はちゃんと、わかります。――私はお姉ちゃんが大好きです。勝手に『かわいそう』なんて言って、哀れんでいるふりで私達を見下すのはやめてください!」
読んでくださってありがとうございます!
最終的には悪役は全員破滅しますのでご安心ください!