53・癒すだけの聖女じゃないことを、思い知らせてやります
ヴォルドレッドに馬車を走らせてもらい、瞬く間にウィンディーナの森に着いた。
森の中程に、さっきの男が言っていた小屋を発見する。私は能力向上によって聴力を上げ、中の会話に耳を立てた。
「この儀式が成功すれば、魔竜が復活するはず……! そして勇者に魔竜を倒させた後、宝玉を騙し取れば、膨大な魔力が手に入るぞ」
「あの勇者は馬鹿だから、適当におだてて口車に乗せれば、宝玉を奪ってやれるだろうしな」
「ははっ、宝玉の魔力を得て、邪魔な奴らを一掃してやれば、地位も女も、欲しいものがなんでも手に入るな!」
(……そんな目的のために、子ども達を攫ったっていうの?)
その卑劣さに吐き気がして、私はもはや行儀も気にせず、扉を蹴破った。バン、と大きな音がして、男達の視線が一斉にこちらに向く。
「あんたらみたいな屑の思い通りになんかならないわよ。子ども達は返してもらうわ」
小屋の中では、十数人の子ども達が床に倒れていた。見たところ大きな外傷はなく、魔道具で眠らされているようだ。死者はいないようなので、ひとまず内心で安堵する。
子ども達以外の人間としては、ボスらしき男の他に、三人の仲間がそれぞれ武器を持っていた。
「誰だ!? な……最近街で噂になってた、フェンゼルの聖女……!?」
「あなた達の企みはわかっているわ。おとなしく子ども達を解放して、その子達を攫った罪を償いなさい」
今の私は、国の貴賓だ。男達は、私を敵に回すのは得策ではないと考えたのだろう。引きつった笑いを浮かべ、必死に取り繕おうとする。
「な、何のことでしょうか? 誤解です、聖女様。我々は何も企んでなどおりません」
「だったら、その子達は一体何なのよ」
「それは……ま、魔獣に襲われていたところを、保護したのです。今から、家に帰してあげようと思っていたところでした」
「そんな言い訳が通用すると思っているの? さっき、魔竜を復活させるだの、何でも手に入るだの言っていたの、聞いていたのよ。それに、あなた達のお仲間からも話は聞いているわ。観念しなさい」
男達は苦虫を噛み潰したような顔になったが、往生際悪く粘ろうとする。
「お待ちください、聖女様。魔竜はいずれ復活するものです。だったら、いつ復活したって同じでしょう。我々は国の皆のために、魔竜の問題を早期に解決しようと思ったまでです」
「論点をズラさないで。問題なのは魔竜復活の方法についてよ。大勢の子どもを生贄にしようなんて、大罪だとわかっているでしょう」
「そ、そんな……聖女様は、慈悲深い存在でしょう? どうか我々の罪をお見逃しください」
「別に私は慈悲深くないし、そもそも本当に慈悲深い聖女だったら尚更、子ども達が危険な目に遭うのを見逃さないでしょう」
当然の言葉を返していたのだが、彼らの中のボスらしき男が、恨みがましい目で睨んできた。
「……いいかげんにしろよ」
(いや、いいかげんにしてほしいのは、どう考えたってこっちなんだけど)
男は、言い訳が通用しないとわかって逆切れしたようで、私に剣を向ける。
「俺はなあ、領地もない下級貴族で、上級貴族達みたいに優雅な暮らしなんてできなくて、身分の格差のせいでずっと辛い思いをしてきたんだ! だから宝玉の力に縋るしかないんだ! 聖女なのに、俺達から希望を奪おうとするな!」
「いや、大勢の子どもが犠牲にされそうになっていたら、普通止めるでしょ。しかも下級貴族ってことは、平民よりはいい暮らしをしているんじゃないの」
「黙れ! お前なんかに俺の何がわかる! お前は聖女だろ、楽でいいよなあ! 恵まれた人生送ってるお前なんかに、俺の苦しみはわからねえよ!」
(……楽でいいなあ、だって?)
元の世界で両親に愛されず、毎日仕事と、自分以外の分の家事まで押し付けられた挙句、妹に婚約者を寝取られて。突然異世界召喚されたかと思えば、「偽聖女」とかさんざん理不尽に罵られ、追放されて。人の命を奪うかどうかの葛藤の末に、文字通り死ぬような思いで国王を倒して、やっとの思いで平穏を掴んだのだ。
確かに今は幸せに暮らしているけれど、ここに至るまで、本当に紆余曲折あったし、辛い目にも遭ってきた。聖女だというだけで、何も知らない人間から「恵まれている」と言われる筋合いはない。他人から見えないだけで、私には私で過去の傷や苦悩がある。それは、人と比べて「どうせお前は楽だろ」なんて言われていいものではないのだ。
「人の痛みを軽んじながら、自分の痛みだけ尊重してもらえると思わないでくれる? それから何度も言うけど、話を逸らさないで。私が問題視しているのは、あなた達が子ども達に危害をくわえようとしていること。今は生い立ちを主張する時間ではないわ」
アリサやブレードルもそうだけど、こういう人達は、自分に都合が悪くなると話の焦点を逸らして逃げようとする。「今、全然そんな話してないでしょ」ってことを持ち出して噛みついてくるものだから、時間の無駄だ。
「テメェ! 聖女だからって調子に乗ってんじゃねえぞ。自分の立場わかってんのか!?」
男は威嚇するように、小屋の中の棚を、剣で叩き斬った。ガシャンと派手な音がして床に木片が散乱する。私は冷めた気持ちでそれを見ていたが、こちらが無言なのを、相手は自分に都合よく解釈したようだ。
「はは、怯えて声も出ないのか!? 所詮聖女サマなんて、守られてばっかで荒事には慣れてないもんなぁ!」
(ああ、そうか。こいつ私のことを、治癒だけの聖女だと思っているんだ。『傷を移して攻撃される』なんて、夢にも思っていないのね)
はっきり言って、私はこんな男達、全く怖くない。聖女領域にストックしてある傷を移せば、一瞬で倒せるのだから。
なのに何も知らない彼らは、「こんな女なんかに俺達が負けるはずない」とばかりに、武器を構えてニヤニヤしている。最初は「聖女の機嫌を損ねず穏便に見逃してほしい」と思っていたようだが、「聖女を殺して逃走する」にシフトしたらしい。……本当に、愚かな奴ら。
「貴様ら。ミア様への無礼な発言、今すぐ撤回しろ」
ヴォルドレッドが剣を構える。しかし男達はやはり、馬鹿にして笑うだけだ。
「はは、ほら聖女、お前はこうやって、困ったら他人の力を借りるしかないんだろ! 楽な立場だから、簡単に甘えられるんだよなぁ! だが、その騎士に守ってもらおうったってそうはいかねえぞ。数ならこっちが多い!」
(どうやら……一度痛い目を見せてやらなきゃ、わからないみたいね)
「ヴォルドレッド、あなたはメイちゃんのことをお願い。こいつらは……私にやらせて」
「かしこまりました」
ヴォルドレッドは、メイちゃんを一旦外に連れていってくれた。私は小屋の中に残り、男達と対峙する。幸い、魔道具によって、囚われの子ども達はまだ眠ったままだ。
「おいおい、あの男、行っちまったじゃねぇか! 普通、お前みたいな女を置いていくか!? お前、見捨てられたんだぞ!」
男達は、腹を抱えて笑う。私を馬鹿にしきっている。
だから――あなた達が一方的に見下している存在だって、牙を剝いてくることはあるんだって、教えてあげる。
「ヴォルドレッドが私を置いていったのは、私なら大丈夫だと信じてくれているからよ」
「お前に何ができるってんだ。聖女なんて所詮、痛いの痛いの飛んでけーすることしかできない無能だろ!」
「そうね。あなたの言う通り、確かに私の力は『痛いの痛いの飛んでけー』だわ。……それを無能と捉えるかは、あなた達次第だけど」
「何わけのわからないこと言ってんだ? まあいい、やっちまおうぜ、お前ら!」
「ああ。おとなしくさせて……その後は、皆で楽しませてもらうとするか。あんまり肉付きがいい女じゃないのは残念だがな」
男達は私の身体を舐め回すように眺め、勝手に品評して、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべる。
そしてボスを含めた四人が、一斉に武器をこちらに向け、襲いかかってきて――
「ひ……ぎゃあああああああああああああ!!」
バシュ、と――四人全員が一瞬にして全身傷だらけになり、血を噴き出して倒れた。
もちろん、聖女の力だ。死なない程度に、だけど死ぬほど苦しむように加減してある。
「うわああああああっ! 痛い、痛いぃっ!」
「なっ、何が起きた……!?」
「何って、『痛いの痛いの飛んでけー』してあげただけよ? ……痛いのが飛んできたご気分は、どうかしら?」
床に倒れ、悶え苦しんでいる彼らを見下ろす。
「お、お前の力なのか……!? せ、聖女は、人を癒すものじゃないのかよ!」
「違うわ。聖女は人を癒すだけじゃなく、悪しき心に染まってしまった者に罰を与える存在でもあるのよ」
「俺が、悪だっていうのか!? ふざけんな! 俺は下級貴族なんかに生まれちまったせいで、上級貴族との格差に苦しんできたんだ! 俺はかわいそうだろ!」
「身分の格差に苦しんできたというなら、あなたは、自分より身分の低い平民に気を配ってきたのかしら? ……気を配ってきたのであれば、こんな事件は起こさなかったでしょう。あなたにどんな事情があったとしても、他者を害していい理由にはならないのよ」
「違う! 俺はかわいそうなんだ! 聖女なら、かわいそうな人間を救えよっ!」
傷だらけの男は、自分は被害者だと主張する。悲劇のヒロインならぬ、悲劇のヒーローである自分に浸っているようだ。だけどやはり、同情の余地はない。私達が来たから子ども達が無事ですんだけれど、一歩間違えば、多くの犠牲が出ていたのだから。
「私を、無能だと言ったのはそちらでしょう? 無能に救われたがるなんて、おかしいわね。……覚えておきなさい。聖女だって普通の人間だって、自分を見下してくる相手を救ってあげようなんて、思わないものなのよ」





